第3話 障子の怪物①
響の飛ばした警告はほんの少しばかり遅かった。
目を合わせてしまった数人は血を吐きながら、崩れ落ちる。
その中には高見もいた。痙攣し目や耳、鼻からも出血がある。
「た、助け……て」
消え入りそうな声でつぶやく高見と響は目が合った。まるで自分がやったのかと思うくらいの罪悪感と、この状況を打破しなければという使命感がぶつかり合っていた。
「全員下を見ろ!」
宮田が叫ぶ。彼は運良く障子から目を離していたようだ。他にも2人ほど無事な探索者がいる。
1人は先程怯えていた彼女だ。黒髪のショートカットで、大きな瞳は涙で潤んでいる。
「なんでぇ……ここEランクダンジョンじゃなかったの……?」
彼女は吉見梨沙。D級覚醒者であり、先日探索者としての資格を得たばかりだ。ダンジョン経験は上級組合員との探索1度きり。実質今回が初めての探索になる。
「くそ! 何人やられたかわかりゃしねぇ!」
無事だったもう1人大柄な男は不安を掻き消すように大声で怒鳴った。
「……6人」
「なんだって?」
「6人が目を合わせてしまったようです」
響は障子が視界に入らないようゆっくりと眼球を動かし、出来る限りの状況を把握した。
最弱の覚醒者はこの非常事態において、この場の誰よりも冷静だった。
「すみません、俺がもっと早く言っていれば……」
「いや、君が言ってくれなかったら全滅していた。4人動けるだけでもまだマシな方だ」
宮田は悔しいそうな顔で礼を言った。攻略隊のリーダーとしての自分の不甲斐なさを呪った。
──でも、この後どうすれば……? 巻物に続きはなかった。目を合わせないだけじゃ何も始まらない。ここはダンジョンで、あれはきっとモンスターだ。それなら……必ず何か攻略法があるはずだ!
だが問題は山積みだ。視界はかなり限定的で、敵の動きはわからない。それに加えこちらの戦力は半数以下。まだ死んだわけではないが、恐らくは重症だ。
その時、大柄の男神谷が立ち上がった。
「何をしている!? 分からない状況で動くんじゃない!」
「動かないでいつまでじっとしてるつもりだ? 明日か?明後日か? そうなりゃどの道餓死だ。別に俺は目を合わせようってんじゃない。ただ、あの障子をコイツでぶっ壊してやろうと思ってるだけだ」
神谷は目を瞑りながらも巨大な鉄製のハンマーを振り回し、右肩で担いだ。
確かに通常の障子ならハンマーの一撃をくらえば跡形もなく破壊されるだろう。
──多分、それじゃあ駄目だ。
響は直感でそれを悟っていた。なぜか、と言われれば理由は答えられない。故に神谷を止めることも出来なかった。
神谷は一瞬目を開け床を確認し、目を瞑ると障子の方へ歩いていった。
「おォりゃあああァァァッ!」
雄叫びと共にハンマーを振り上げ、障子に向けて力の限り振り下ろす。
が、障子はびくともしなかった。
そして不思議な事に、神谷はくの字に折れ曲がり後方へと吹っ飛んだ。
「──かはッ! お、俺の攻撃が……跳ね返っ、た……?」
神谷の言う事が本当ならば、障子を攻撃してもそのまま自分に返ってきてしまう。理屈は不明だが、モンスターの能力など大体の事は説明がつかない。
そして自身のフルパワーを不意にくらった神谷は、あろう事か目を開いてしまった。
そして勿論、無数の目が神谷を見ていた。
「ぐぁぁぁ──ッ!!」
悲痛な叫び声と共に崩れ落ち、全身から血液を垂れ流す。
「くそ! 一体どうすればいい!」
「落ち着いてください宮田さん。もう一度巻物を見て見ます。もしかしたら見落としがあるかもしれない」
「響君……すまない。俺とした事が、そうだな。俺ももう一度出来る限りこの部屋を探ってみる」
「わ、わたしも手伝います!」
こうして死の緊張と隣合わせの中、再び部屋の探索が始まった。
「これは──?」
先程は確かになかった文字が巻物に書かれている。見落としや見間違いなんかではない。
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