第149話 狛の意外な弱点

「こいつ、大蝦蟇ガマか!?」


 猫田が驚くのも無理はない。大蝦蟇ガマは猫又のように長い時を経て巨大化し、妖力を得たヒキガエルが妖怪へと変化した存在である。古くから日本各地の伝承に残っており、妖怪の中ではメジャーな存在なのだが、最近ではそこまで長く生きる個体がそういない為ほとんど姿を見かけないからだ。

 ちなみに今、三人の前にいる個体は、通常の大蝦蟇ガマの中でもかなり大型の部類に入る、稀有な存在と言える。

 

「おおー、また大物が釣れたねぇ~。まさか、あの自来也の従えてた個体…ってことはないよね、流石に」


 緊張感のない真の言葉は気にも留めず、大蝦蟇ガマは怒りを込めた声を三人に投げ掛けた。


「おのれ、舐めた真似をしくさったのは、ぬしゃらどもか!?ようも儂の縄張りに、クチナワなんぞばら撒いてくれよったのう!許さんぞ!」


 巨大で丸い蛙の瞳が、赤紫色に染まっている。どうやらかなりご立腹のようだ。横長の楕円形であるはずの瞳孔は、真一文字に絞られて相当な怒りを表現しているようだった。そんな大蝦蟇ガマの右腕には、既に動かなくなっている蛇が何匹も握られている。


「クチナワって、蛇のこと?お父さん、なにしたの…?」


「いやぁ、この屋敷に来てから一度も、のが気になっててね。もしやと思って迷宮を歩きながら、式神の蛇を潜ませていたんだけど…大当たりだったみたいだねぇ」


「あるはずの、物?」


「ええい!儂を無視するでないわ、小童共がぁっ!」


 大蝦蟇ガマは地団駄を踏むように、足元を踏み均して威嚇している。青筋を立てて怒る姿は中々コミカルだ、そのせいか、真は全く恐れる気配もなく、あっけらかんと笑顔を見せていた。


「まぁまぁ、そう怒んなさんな。こんな大きな図体をして、あんなちっちゃい蛇を恐がって怒るなんて、可愛いもんじゃないの。そう悪い存在じゃないのかもねぇ」


 煽るような物言いに、大蝦蟇ガマからブチっと何かが切れるような音がした。堪忍袋の緒が切れたか、或いはこれ以上ない程に浮かんでいる血管が切れたのか、どちらにしても、もはや我慢の限界といった様子である。


「こ…殺すっっ!!」


 大蝦蟇ガマが叫ぶと、土気色の肌が隆起して、全身にあるいくつもの瘤から煙が噴き出した。ただの煙に見えたその靄は、身体に纏わりつくようなを持っていて、まるで水中に引きずり込まれたかのように狛達の身体から自由を奪っていった。


「な、なにこれっ!?」


「ちぃっ!?」


 咄嗟に猫田が巨大な猫に変化し、狛と真を咥えて距離を取る。さっきまで三人が立っていた場所には、大きな棍棒のようになった大蝦蟇ガマの舌が激しい音を立てて振り下ろされていた。


「おお、あっぶない!いやいや、面白いなぁ。猫田クンもあの大蝦蟇ガマも大したもんだよ、うーん、帰ってきて正解だったな」


「面白がって感心してる場合かよ、怒らせるだけ怒らせやがって…!どうすんだ?ここから」


「どうするってそりゃあね。俺達の仕事は退魔士なんだ、人に仇なす妖怪をどうするかなんて、答えは一つしかないよ。解るよね?狛」


「へ?あ、う、うん!」


 猫田に咥えられているとはいえ、ずいぶんと久し振りに父に抱き締められて、狛は妙にソワソワしている。恥ずかしいような、でも、どこか嬉しいようなそんな気持ちのようである。


 猫田が二人を地面に降ろすと、狛は気合を込めてイツを解き放ち、己の身に宿らせた。


「行くよっ!はあああああっ!!」


「おお、これが人狼化…狗神走狗の術か。ううーん、なるほどなるほど」


 輝く尾と狼の耳を立てて、九十九つづらを纏った狛が突撃する。余談だが近頃の狛は、制服の下に反物状になった九十九を腹巻のようにして隠し持っている。狛の霊力を受けて形を変え、狛の身体に合わせて元の着物になっているのだ。


 真は興味深そうに変化した狛の動きを見つめていた。足の運びに身のこなし、そして、格闘の…どれも、真は狛に教えてはいない。ハル爺やナツ婆といった面々が訓練の一環で教えているのだが、人を大きく超えた動きをみせる狛にとって、それが正しいのかを見極めているようだった。


「でやああああああぁっ!!」


 飛び込みながらの強烈な右ストレートは、それを防いだ大蝦蟇ガマの左腕を弾き飛ばし、態勢を大きく崩れさせた。


「ぬぐっ!?なんという膂力…その姿といい、貴様、人間ではないのか!」


 驚愕する大蝦蟇ガマに向かって、間髪入れずに左の拳をアッパー気味に腹へ叩き込むと、大蝦蟇ガマの巨体はくの字に曲がった。そこへ、今度は両手で猛烈な連打を浴びせ掛けていく。


「ぐぉふ!げば?!ごぼぼぼぼっ!」


 殴られる度に不気味な声を出す大蝦蟇ガマだったが、それを見ている猫田と真には、決して狛が優勢だとは思えなかった。今の狛が放つ拳には、相当な威力がある。その一発一発が必殺の一撃といって差し支えないパワーであるはずなのだ。以前戦った両面宿儺の場合、アナツヒメからの妖力の供給と、死んでも再生する不死性が付与されていたから耐えられたのである。

 もし仮に人狼化した狛が全力で人を殴れば、生身の人間の身体など一発で粉砕出来るだろう。文字通り、粉々にだ。しかし、大蝦蟇ガマはあれだけの連打を受けてもけろっとしている。もちろんノーダメージではないだろうが、それでもあの耐久力は異常だ。


「このぉっ!!」

 

 攻撃している狛もその異常さを感じているのだろう。渾身の力を込めて、更なる一撃を大蝦蟇ガマの腹に入れた。すると。


「ごっ!ごっごごご!ごぉ、ゲェェェッ!」


 今までで最も強烈な一撃を受けた大蝦蟇ガマは、大きくのけ反った後、とびきり不快な声と共に何かを大量に口から吐き出した。大小様々なそれは、狛の足元や頭に降り注ぐ。狛は慌てて一歩後ろへ飛び退ってから、頭についたそれを振り払い、確認した。


「ひっ!?い、いいいいいいい…!いやあああああああああああっっっっ!!」


 もぞもぞと蠢くそれは、一つ一つが微量な妖気を放ち七色に輝くナメクジだったようだ。それを見てしまった狛の絶叫が荒野に木霊し、混沌とした戦場はより混迷を深めていくのであった。

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