第126話 妖の母

 4人は洞窟内を進みながら、いくつかの小部屋のようなものを発見した。


 湖のある大きな空間を抜けると、再び通路のようになっていて、そこに沿って設置されている形だ。京介が薪を見つけて来た小部屋もあって、ずいぶんと長い間放置された様子が見て取れる。

 明らかに人の出入りしていた形跡があるようだが、ここは古墳ではなかったのか。いや、古墳だから人が出入りした形跡があるのか、狛にはよく解らなかった。


「そう言えば、あの実理って妖怪ひと亜那都姫アナツヒメは女王卑弥呼に封じられたって言ってなかった?でも、邪馬台国って吉野ケ里遺跡のある九州とか、京都の方にあるって言われてなかったっけ…どういうこと?」


 そう、現在狛達がいるのは静岡県である。普通に考えて、京都や九州からは遠すぎる位置だ。ましてや、まともな交通手段のない古代に、そんな遠くの場所からわざわざ亜那都姫アナツヒメを封じに来たりするものだろうか?或いは、もしかすると邪馬台国はこの辺りのどこかにあったということなのか、そうだとしたら、大変な発見である。しかし、その疑問に答えられるものは、誰もいなかった。


「俺も流石にそんな頃には産まれてなかったしなぁ…」


「件の論文というのには何か書いていなかったのですか?」

 

 黒萩こはぎの問いかけに、京介は首を振った。今まではそんな事無かったのに、意識をしてしまってからというもの、狛は京介が気になって仕方がない。かと言って、まともに目を合わせようとすると恥ずかしくて顔から火が出そうになる。これが一体なんなのか、こちらに対する答えは知識として持っているものの、何故か認めたくないという気持ちになる狛であった。


「生憎と、俺はその論文をちゃんと読んだわけじゃなくてね、細かい所までは知らないんだ。概要を、筆者であり本当の依頼主である八十紙教授から聞いて知っているだけさ。…俺自身、その頃はまだこの国にはいなかったしな」


 まるで、別の国で産まれて生きていたような口振りに狛は一瞬首を傾げたが、京介の横顔を見ると、そんな疑問は恥ずかしさで吹き飛んでしまった。くるくると変わる狛の百面相には誰も気付いていない。


 そんな話をしながら進んでいくと、所々に坂道や階段があり、上がったり下がったりしている気がする。場所によって風の流れをわずかに感じられるのでとにかく進むしかないだろう。そうしてそのまま、しばらく道なりに進んだ頃の事だ。


「石の扉…か。玄室か?ここが」


 玄室というのは、遺体を納めた石棺などが置かれた場所のことで…大概の場合はその古墳の主が眠る部屋である。この場合、亜那都姫アナツヒメの墓所ということになるのだろう。しかし、猫田は自分でそう言いながら少し首を傾げているようだ。京介と黒萩こはぎはそれぞれ明かりを持っているので、狛が前に出て、ゆっくりとその扉を押した。


「んっ、重…!」


 分厚い石の扉は、見た目通りにかなりの重量があるようだ。狛はかなりの怪力を宿しているが、それでも重いと感じるのだから相当なものである。しっかりと腰を落とし、全身の力を使って押すと足先が土に沈み込み、そこでようやく扉が開く。


 ゴゴゴ…という低く擦れる音と共に開いた先は、大きな石棺が二つあるだけの簡素な部屋であった。片方の石棺はとても大きく、普通の人間が何人も入れそうなほどのサイズである。奇妙なのは、どちらも蓋が開いていて中には何も入っていないことだった。


「ありがとう、ご苦労様。…でも、まだ顔が赤いかな?熱は無さそうだけど」


 そう言って狛の頭を軽く撫でた後、京介はそのまま額に手を当て、熱を確認している。どうも京介にとって、狛は小さな子どものような感覚でいるらしい。しかし、不意を打たれた狛は驚きと恥ずかしさのあまり、真っ赤になってフリーズしてしまっていた。

 

(…コイツ、わざとやってんじゃねーだろうな?)

 

 猫田はほんのちょっぴり狛に同情しつつ、京介の行動に呆れている。一方、黒萩こはぎは三人に目もくれず、興味深そうに石棺や玄室を調べていた。


「この大きな石棺は、先程倒したあの大きな怪物のものかもしれませんね。そして、もう一つが狛に成りすましていた方の、かしら。すると、あれは…」


 黒萩こはぎの視線の先には、奇妙な壁画が描かれている。小さくたくさんの不思議な怪物らしきもの達と、それを取り纏めるかのような一対の大小の怪物…その更に上には、大きく両手を広げ、それらを包み込むようにしている女性の姿だ。よく見ると文字のようなものも記されているが、何と書いてあるかは読めそうにない。

 京介は壁画の前に立ち、軽く指先で触れてみた。カラカラに乾いた石壁の表面に描かれたそれは、一般的な壁画よりも、かなり絵心のあるものだ。特に女性は、美しささえ感じられるほどである。

 

「この一番上に描かれているのが亜那都姫アナツヒメだろうね。恐らく彼らは親衛隊のようなもので、墓所の守護者だったんだろう。…二体同時にかかって来られたら、もっと苦戦していたかもしれないな」


 京介の言う通り、彼らがもし連携を取って戦闘になっていれば、より危険な相手であったのは間違いない。というよりも、それを想定したコンビであったようにも思う。恐るべきスピードとパワー、それはまさに理想的な関係である。


 実際に戦った猫田と黒萩こはぎは、その想定に思わず身を震わせた。実際に戦うのであればまた違うはずだが、なまじ手合わせをしているだけに厄介な部分ばかりが頭に過って、苦戦する想像が先行してしまう。考えたくもないと言った表情で、猫田はその想像を忘れようと頭を振っている。


「あー嫌だ嫌だ…そんなもん冗談じゃねーぜ。しかし、ここで行き止まりか?他に道があったようにゃ見えなかったが」


「あれ…?私、これなんて書いてあるのか読めるかも。えっと、ア・ナ・ツ・ヒ…スク、ナ…?ヒ・ミ・ノ…うーん、かすれちゃってるなぁ…」


 その時、再起動した狛が壁画に触れて、謎の文字を読み始めた。所々が読めないのは経年劣化のせいだろうが、何故狛がそれを読めるのかは謎である。


「狛…お前、何で解るんだ?」


「いや、私にもなんでだかは…あ、でもこの壁画は、たぶんただの壁画じゃないよ。これ、さっきと同じ扉みたい」

 

「何?」

 

 驚く猫田達を尻目に、狛は再び力を入れて壁画の描かれた壁を推し始めた。先程よりも大きな一枚岩に見えるが、既にコツを掴んだのか、狛は腰を落として全身をバネにし、扉を押し込んでいく。数秒の間があった後、扉はゆっくりと動き出し、開かれたその先には信じられない光景が広がっていた。


「な、なんだこれは…!?」


 その先は大きく広い空間だったが、壁面や床はまるで生き物の胎内のように蠢き、全体が薄く赤い光を放っていた。鼓動のように定期的な振動をしていて、血生臭い独特の臭気が漂っている。女性である狛と黒萩こはぎは何かを連想したのか、酷く顔をしかめ、元医者である京介は、かつて何度か目にした生き物の胎の中にそっくりであると感じていた。

 

「すげー妖気だ…!こいつは神野に肩を並べるくらいのヤツかもしれねぇ」


 そう猫田が呟いたのと、周囲の空間全てが異界化したのはほぼ同時であった。あの壁画の描かれた扉は、これを封じる為のものだったのかもしれない。もはや、振り向いた所で、先程までの洞窟や玄室の面影はどこにもなく、生物の内臓を思わせる肉の壁がどこまでも広がっている。


「見て下さい、あそこを」


 黒萩こはぎは先に進み、何かを指差していた。三人は後を追いかけ、身を屈めながらそれを見てみる。視線の先には若い女が一人、上半身だけを晒していた。腰から下は肉に取り込まれて、柱のようになっている。狛はどこかでこの光景を見た事があった気がするが、思い出せない。

 やがて、女は突然目を見開き、絶叫と共に天を仰ぎ始めた。それと共に、肉の地面から見覚えのある腕が生え、徐々に抜け出そうとしている。


「あ、あれは…!?」


 ぐちゃぐちゃと水気のある気味の悪い音を立てて、その腕の持ち主が産み出される。それはあの、強大なパワーを持った巨大な怪物だった。つまりここは、あの怪物達を産みだす醜悪な魔の胎…妖の子宮だったのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る