第61話 ある狙撃事件
2か月後まではしばらく静かな日が続きそうだと鳴海は思っていた。
リカは機嫌よく『族狩り』を継続している様だった。始めは京都に攻め入るつもりにしていた様だが、今京都には藤堂圭吾が帰っている。
彼は本来大阪で『族狩り』の様な事をしていた。ただ彼に人を轢き付ける将の様な性質があった為、族の大将になってしまった。
まぁ、彼がいるなら京都は取り敢えずは外していいかとリカは神戸を攻める事にした。
ただまぁ、あんまり無茶をしない様にとリンからも釘を刺されていた。
奈良の金高源次の所に送り込まれた益男は過酷な修行を強いられていた。
しかし益男はよく耐えていたと言えるだろう。しかも流水拳の基礎が詩芽によってよく仕込まれていた。
元々喧嘩で磨いた攻防の勘は優れていた。ただ無鉄砲な所があるので、その長所が生かされていなかったが、詩芽に負け鳴海に負けて、自分の至らなかった所に気が付いた。素質はある。だから習得も早かった。
「なるほど、これならしごき甲斐もあると言うもんじゃ」
と金高源次も上機嫌だった。これは2ヵ月後が楽しみだ。
その日、鳴海は芸能関係の仕事でお台場に来ていた。仕事も終わったので、少し散歩を兼ねて夢の大橋を渡って、国際展示場の方に行こうとしていた。
その時、指向性の意識を感じたが、それは自分に向けられたものではないとわかった。
ただ自分の近くに向けられている様だった。それで鳴海はその根源を探ってみた。
するとそれは東に位置する東京ビッグサイトの一つのビルの屋上からだった。
それは明らかに狙撃の指向性だとわかった。狙われているのは斜め前をあるいている男性だろう。
ビジネスマン風の男だ。手には少し大きめのアタッシュケースを持っている。
さてどうしたものかと鳴海は考えていた。その狙撃が当たるかどうかはわからない。
距離にして550メートルはある。鳴海なら助けてやる事は出来るかもしれないが、また厄介事に巻き込まれるだけかもしれないと思った。
それにその男には狙われる理由があるのかも知れない。狙撃と言う手段を使われると言う事は、まず普通ではないと言う事だ。
自分を狙ったのでなければいいと言う事にしようと鳴海は無視した。この辺りの感覚は、常人とはちょっと違うようだ。
そして銃は発射された。その直後鳴海は、「危ない。伏せろ!」周囲に警告した。その声でうろたえながらも周囲の者達は地面に頭を抱えて伏せた。
男はきれいに心臓を射抜かれていた。550メートルからなら良い腕だ。やはりプロか。
鳴海は狙撃手がもういない事を確認してから男の脈を調べたがもう死んでいた。
そこに駆けつけて来た警備員が救急車を呼ぼうとしたので、「無駄だ。もう死んでいる。警察を呼べ」と鳴海が言った。
そして鳴海はそこから引き上げようとしたが、その警備員が、事情を聞きたいので警察が来るまで待ってくださいと止められた。
「ちぇっ、面倒な」と思ったが、ここで逃げる訳にもいかないので待っていた。
するとしばらくして警察が来て現場検証をし、鳴海に事情を聞いた。
鳴海は見た通りの事を言ったが、年配の刑事は少し訝っていた。
「あなたは、みんなに『危ない。伏せろ』と言われたそうですが、何故ですか」
「普通はそう言いませんか。狙撃があれば」
「確かに。ですがどうして狙撃だとわかりました?」
「銃声がして、目の前の男性の心臓の後ろから血が吹き出して倒れれば誰でもそう思うでしょう」
「あなた以外に銃声を聞いた人がいないんですが」
「かすかな音でしたからね。私はきっと耳がいいんでしょう。東京ビッグサイト近くで聞き込みをすれば、銃声を聞いたと言う人も出て来るんではないですか」
「何故、東京ビッグサイトなんですか」
「狙撃はきっとそこのビルの屋上辺りからでしょう」
「何故、そう思われるんですか」
「向こうのビルの屋上で何かキラっと光った様に思いましてね。それと撃たれた人の位置関係を見れば、大体その辺りでしょう」
「あなたは随分とそう言う事にお詳しそうですが、ご職業は」
「芸能プロダクションの社長をしてます」
「芸能プロダクションですか。宜しければお名前と、住所をお伺いしたいのですが」
鳴海は面倒なと思ったが、一応答えておいた。
「私はもう良いですかね、まだやる仕事がありますので」
「わかりました。ですがまた必用があれば、お伺いするかもしれません」
「わかりました」
「なぁ、吉住、どう思う」
「なにがですか、長さん」
「あの男だが、落ち着き過ぎてないか。目の前で人が撃たれて死んだんだぞ。それなのに淡々と答えていた。しかも弾道まで正確に言い当ててな」
それは鑑識の報告でも、その場所からの狙撃だと確定されていた。
「駆けつけた警備員が救急車を呼ぼうとしたらしいんですが彼が、『無駄だ。もう死んでいる。警察を呼べ』と言ったそうです」
「あいつは何者だ。普通の人間じゃないだろう。ちょっと調べてみるか」
「いいんですか、犯人でない事は確かですが」
「わかってる。しかし気になるんだ」
早速捜査会議が開かれ、吉住刑事が報告していた。
「殺されたのは、黒蜜洋介、42歳、横浜に本社を置く島本貿易の貿易部の課長だそうです。取引先はロシアや中央アジアが多いと言う話でした」
「特に仕事上でのトラブルはないと言う話でした。家庭は妻と息子が一人、今中学2生だそうです。家庭も近所の評判は悪くありませんした。女性関係も見当たりません」
「なら、そんな男が何故狙撃されるんだ。狙撃だぞ。しかもこれはプロの仕業だ。普通のビジネスマンが何故プロのスナイパーに狙われる。おかしいだろう。その辺をもっと突っ込んで探ってみてくれ」
「わかりました」
会議の後、課長が長谷部長治巡査部長に
「なぁ、長さん。お前さん、何か気になる事があるそうだが何だい」
「いえね課長。ちょっと今回の第一発見者が気になりまして」
「長さん、第一発見者と言ってもあそこでは皆が見てた。ただ彼が一番近くにいたと言うだけの事に過ぎんだろう」
「そうなんですがね、どうも引っかかるんですよ」
「まぁ、長さんがそう言うのなら、納得するまで調べたらいいが、本筋を外さんでくれよ」
「わかりました」
長さんこと、長谷部長治は叩き上げのベテラン刑事だった。
後5年もすれば定年を迎えるのだが、その刑事としての手腕は上司からも認められていた。
長谷部刑事は相棒の吉住刑事と供に、『エリハルコン・プロダクション』に聞き込みに行った。
当日の鳴海のスケジュールを確認する為だった。すると証言通り、当日はここの仕事でお台場に出向いていた事は間違いなかった。
するとやはりあれは偶然だったと言う事かと長谷部は思ったが、自分でも一体何が気になるのか、もう一つはっきりしなかった。
一つにはあの鳴海と言う男が余りにも落ち着いていたと言う事だ。そして狙撃に関してもそこそこの知識を持っていた。
もう一つあった。死体を見てもお驚いてないと言う事だ。それどころか自ら死亡を確認している。まるで医者の様に。
これだけの条件に当てはまる職業と言えば何だろうかと考えてみた。医者では生死に関する事は納得出来るが、狙撃に関しては外れる。
ならやはり元警察関係者か自衛隊関係者と言う事になるのか。
そうでないとすると、そう言う環境にいた人間と言う事になる。人が死に撃たれる環境だ。
それは裏社会の人間と言う可能性もあるが、戦争地域にいた人間かも知れない。つまり戦場で従事していた。
しかしそれは日本では自衛隊員しかいないだろう。でなければ傭兵をやっていたと言う線も考えられる。そう考えると納得出来る事が多い。
そう思って長谷川はその事を鳴海にぶつけてみた。
「あなたは海外の何処かで傭兵をやっていた事はありませんか」
「それと今回の事件と何か関係があるのですか」
「特にはありませんが」
「それならそれは無意味な詮索ではありませんかね。それよりも犯人を見つける方が先じゃありませんか」
「確かに仰る通りです。ただちょっと気になったものですから」
「ところで殺された方はどう言う方だったんですか」
「新聞でも発表されてる様に、ごく普通の貿易会社に勤める会社員です」
「どんな仕事をされていたんですか」
「何でもロシアや中央アジアを中心に輸出入の仕事をしていたそうですよ」
「ロシアですか」
「それが何か」
「いえ、でも相手がプロの狙撃手となると犯人を見つけるのも大変でしょう」
「何故、犯人がプロだとお思いですか」
「あの距離から一発で心臓に当てるのは素人では無理ではないかと思ったものですから」
「随分と銃にお詳しい様ですが、使われた経験でも」
「いえ、想像ですよ」
「想像ですか。わかりました。どうもお邪魔した」
「どうでした長さん。疑問は晴れましたか」
「晴れたと言えば晴れたが、晴れない部分も出てきた」
「何ですかそれは」
「彼の素性だよ」
「でも長さん、それと今回の事件と何か関係があるんですか、彼が狙われたと言うのなら話は別ですが」
「確かにそうだな。じゃーもう一度、害者の関係者に当たってみるか」
そう言いながらもやはり長谷川には鳴海が気になった。
鳴海は鳴海で今回の被害者の事を考えていた。彼を狙ったのは恐らくロシアの工作員だろう。
あの後鳴海は狙撃手にブックマークをつけていた。するとそのターゲットはロシア大使館に逃げ込んだ。
真昼間から大胆な事をすると鳴海は思ったが、日本の警察が立ち入る事の出来ない逃げ込み先があれば、それもまた可能だろう。
ではロシアの工作員に狙われる人物とは一体何者だったのか、もしくは何をしたのか。
そう言う問題だろう。もし身元に問題がないと言うのなら彼の仕事内容に問題があるか、もしくは個人的にロシアと絡んでいた事になる。
ちょっと調べてみるかと鳴海は思った。こう言う仕事は人海戦術に限る。
そこで鳴海は『五泉会』の会長、竹林に連絡を取って、島本貿易と黒蜜洋介と言う殺された貿易部の課長の周辺を洗わせた。
特にロシアとの取引関係を徹底的に調べろと命令しておいた。
その結果、黒蜜は頻繁にウラジオストックに行ってる様だと言う報告が届いた。
名目は海産物の買い付けと言う事になっているが、その辺りは大手商社が絡んで北海道や新潟辺りのルートで日本に入って来ている。横浜くんだりの貿易商社の入る余地はないだろう。
しかし実際にはそれなりの商取引が成り立っていると言う。これはある意味おかしな事と言えるかも知れない。
余程のコネがないと、後進の小さな貿易会社が入り込める余地はないはずだ。
鳴海はもしかするとそこに、裏取引があったんではないかと考えていた。今回はその事で、話が拗れて制裁されたのではないかと思った。
ではその裏取引とは一体何なのか。どっちみちこの情報は横浜の梶木組から上がって来たんだろう。
それなら直接梶木組に行って聞いた方がいいかも知れないと思い、鳴海は横浜に飛んだ。
それともう一つ、こう言う国際的な裏社会の事に関しては、日本のやくざよりも華僑の方が良く知ってるだろう。
ならもう一度横浜の華僑のボス、耀梓轩(ヤオ・ズーシェン)に会う必要がありそうだと鳴海は考えていた。
ついでだから、久しぶりに「ミクスチャーズ」の連中がどうしてるか様子でも見て来てやるかと思った。
そこで鳴海は梶木組の事務所に顔を出した。組長の梶木は何とも複雑な気持ちでいた。
それはこの鳴海が本家をも動かせる人間だと知っている事と、それともう一つは、この男が『やくざ狩り』だと知っている事だ。
言わばやくざの敵だ。しかし前回の『サンファンカン』の事では借りがある。
本家もどうやらこの男の為に動いている様だ。それならまたこの男の指揮下に入るより仕方ないかと梶木は思った。
そしてまた義男を案内役に付けた。
「鳴海さん、今回はどんな用事なんです」
義男は前回、仲間の「ミクスチャーズ」を助けてもらったので、今度は鳴海を丁重に扱っていた。
「ところで義男、あいつらはどうしてる?」
「あいつらって、昌平達の事ですか」
「そうだ」
「何とかやってますよ。今ではあの中華系のハングレ達の邪魔も入らなくなったので生活し易くなったと言ってました。これも鳴海さんのお陰です」
「そうか、それは良かったな」
「鳴海さん、どうですか。一回訪ねてやってくれませんか。皆きっと喜ぶと思いますんで」
「そうだな、じゃー行ってみるか」
そう言って鳴海はまた義男の案内で「ミクスチャーズ」を訪ねてみる事にした。
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