第19話 大物女優の売春

『勇源会』の組長、時沢は暗澹たる気分だった。鳴海の助手に手を出しただと。


 そんな事が鳴海に知れたらこの組はどうなる。いや俺はどうなると組長の時沢は震えた。


「この馬鹿やろうが、何やってやがるんだ」


 と近くにあったクリスタルの灰皿で四人を殴り飛ばした。


「すんません、オヤジ」


 と額から血を流しながら謝ったが後の祭りだ。詩芽は事務所の前で、一人が仲間を事務所に担ぎ込んでいる時に鳴海に連絡を取って事の事情を話した。


「おい、詩芽、無茶するなよ。しかしまぁ、お前も成長したもんだな。わかった。こっちは終たから直ぐにそっちに行く」


 時沢はどう鳴海に言い訳したら助かるだろうかと考えていた。


 こいつらは確実に処分しなければならないだろうとは思っていた。ただそれだけで済むかどうか。


 そう思っていた時、最悪の『災厄神』が来てしまった。


 事務所の中は水を打ったように静まり返っていた。始末をしでかした四人はそれこそ心臓も止まりそうになっていた。


「鳴海さん。申し訳ない。この通りだ」


 と時沢は床に手をついて土下座をした。


「こんな事で許されるとは思ってねーが、俺は本当に何も知らなかったんだ。こいつ等が勝手にやりやがった。こいつ等にはきっちりと落とし前をつける。だから許して欲しい」


「お前さ、お前はここの責任者だろう。部下の管理も出来ないのか。それでよく頭を張ってられるな」

「すんません。本当に申し訳ありません」


 周りにいた手下達も全員土下座していた。みんな震えていた。それだけ鳴海が怖いのだ。


 なのにこの四人は何て事をしやがったんだと、みんなの憎しみの目が彼等に向いていた。


「詩芽、もう帰っていいよ。明日があるだろう。ここは俺が決着つけとくから」

「いいんですか、これで」

「ああ、いい。ご苦労さん」


 じゃーと言って詩芽は事務所を後にした。ここでこれから何が行われるか。


 それはもう気にしない事にした。あいつらは私をレイプして殺そうとしたんだからと。


「俺の身内は俺と同じだ。それに手を出したと言う事は俺に手を出したと同じだよな、時沢。お前はそんな事も部下に教えられないのか」

「すいません。わかってます」


 その時室内の温度が何故か下がったように感じた。そして恐ろしい殺気が室内に満ち溢れた。それこそ全員息が出来ない程に。


「舐めるなよ、屑ども。次は手加減しないと言っただろうが。この責任は誰が取るんだ」


 その言葉と共に殺気は益々強さを増していった。これ以上強くなったら俺達は本当に死ぬと全員がそう思った。


 まるで心臓を手で握られ締め付けられているようだ。まさかこれ程の相手だったとは。


 この前の事がまるで遊戯の様に思えた。全員が死を覚悟した時、その恐怖が突然去った。


「いいか、ようく覚えておけ。俺の仲間や俺に関係のある者には指一本触れるな。逆らう事も許さん。その時はお前ら、生きて人生を全う出来ると思うな。わかったか」

「はい。肝に銘じまして」

「それとこの事は、お前らの末端に至るまで叩き込んでおけ。例え誰一人が掟を破っても全体責任だ。お前ら全員にその責めを負ってもらうからな。わかったな」

「はい、わかりました」


「時沢、お前は大阪の長谷川組の傘下に入れ。話は俺がつけておく。直ぐに大阪に飛んで盃を受けて来い。嫌だとは言わんよな」

「いいえ、決してそんな事は。了解しました」


 これで東京での手足が出来る事になる。そうすれば神原も仕事がやり易くなるだろう。


 それは同時に『エリハルコン・プロダクション』の助けにもなるはずだと鳴海は考えていた。


 大阪の長谷川にこの件を伝えた。ただし向こうの手下が詩芽を襲った事は伝えなかった。


 そんな事をしたら長谷川は『勇源会』の全員を皆殺しにするだろう。


 ともかくこれで東京での足係りが出来た事になる。勿論例の四人はそれ以降誰も見なかったと言う。当然だろう。


 そして長谷川との盃は、東京にいる神原と時沢との間で兄弟分の盃を交わす事で話がまとまった。


 ただし貫目は7分3分だ。これはもう親分子分の盃に等しいが、時沢に文句の言える余地はこれっぽっちもなかった。


 神原は東京に長谷川組の看板を掲げた訳ではない。そんな事をすれば地元で摩擦が起きる。


 今はまだその時ではないと言う事で、神原はあくまで『マルサン・プロダクション』の相談役として入っていた。しかし実権は以前の『勇源会』よりも強い。


 その頃仕事先等で、亜里沙に相談を持ち掛ける者が多くなった。それは亜里沙があの『マルサン・プロダクション』から抜けた事を知っているからだ。


 あそこから抜ける事はなかなか出来ないと言うのは業界でも有名だった。


 それだけ社長が金に汚くて傲慢でその上強力なやくざのバックがついている。


 逆らったら何をされるかわかったもんじゃない。普通では不可能な事だと思われていた。それを亜里沙がやったのだからみんな驚いていた。


 だから同じ様な悩みを抱えたタレント達が亜里沙に相談に来たのだ。出来れば助けてもらいたいと。


 以前ならとてもそんな相談には乗ってやれなかった。だが今は鳴海がいる。


 そして弁護士の瀬能も。それを鳴海に話したら相談に乗ってやると言った。


 勿論状況次第で出来る事もあれば出来ない事もあるとは付け足したが、亜里沙は鳴海に出来ない事は何もないと信じていた。


 鳴海にしてみれば『北斗トラブルシューティング』出張版みたいなものだった。


 だから当然仕事として料金は取る。相手はタレントだ。多少の料金など気にもならないだろう。上手く移籍出来れば。


 そうなると東京にいる時間が少し長くなる事が多かったが、大阪ではリンが上手く捌いてくれていた。リンは実に優秀な男だ。ある意味では鳴海よりも。


 しかも彼は天才的なハッカーでもあった。だから必要とあらば、どんな所にも侵入して情報を引き出せた。これは鳴海に取っても大いに助かった。


 大阪にいても東京の芸能プロダクションのコンピューターに侵入して向こうの情報を引き出す事が出来るからだ。


 だから四六時中東京にいる必要はない。それに実働部隊が必要ならいつでも『勇源会』を動かせる。


 そう言う形で数名のタレントを移籍させ、何人かは亜里沙の事務所にやって来た。勿論直に入って来た者や希望者もいた。


 そう言う形で『エリハルコン・プロダクション』は少しづつ大きくなり、それと共にここは『駆け込みプロダクション』とも言われるようになった。


 そんな時、亜里沙のロケ先で、ある大物女優が話があると亜里沙に接触して来た。


 今晩仕事の話があるからと言う事にして会ってくれないかと言う事だった。特に私のマネージャーにはそう言って欲しいと言う。


 それで亜里沙は話を合わせてその大物女優、太井峰子に会った。話は移籍の話よりももう少し深刻だった。


 自分は今脅されてやりたくない事をやらされている。それを何とか助けてくれないだろうかと言う話だった。


 そしてあなたにはそう言う方面のプロがついていると聞いたと言う。


 何処からそんな話が出たのかは知らないが、恐らくは移籍出来た誰かから聞いたんだろうと亜里沙は思った。


 それを鳴海に相談したら、やってみようと言う事だった。


 ただ問題は彼女には監視がついているらしくて、外で部外の第三者と会う事がなかなか出来ないと言っていた。


 ショッピングなんかには出かける事が出来るのかと聞くと、そう言う事は出来るそうだがやはり監視がいると言う事だった。それなら簡単だと鳴海は思った。


 では今度の土曜日に買い物に出るように。こっちで監視を解除するので、それがすんだらホテルに部屋を取っておくので携帯のメッセージを見てそこに来てくれと伝えてくれと亜里沙に言った。


 峰子は亜里沙の指示に従って土曜にショッピングに出かけた。その後を鳴海が追ってみると確かに監視がついていた。


 後ろに一人、そして通りを挟んで反対側に一人。多分探偵社当たりのプロに頼んでるんだろう。しかし鳴海から見たらガキの監視みたいなものだった。


 まずは通りの反対側にいる者の意識を奪った。それから後ろについている者の意識も奪って両方とも通りの見つかり難い所に寝かしておいた。


 それから峰子に帝国ホテルのスイートに来てくれとメッセージを送った。


 鳴海が先に行って待っているとその女優がドアをノックした。ドアを開けるとそこにいるのは鳴海でも知っている有名な女優、太井峰子だった。


 中に入ると峰子はいきなり鳴海に近づき抱きついて身体を寄せて来た。


 ほのかな薫りは男を十分に虜にする匂いだった。しかし鳴海は峰子を引き離して


「では仕事の話をしょうか」と言った。

「流石ね、あたしの抱擁をこうも簡単にかわした人は貴方が初めてよ。なるほど頼りになると言うのは本当のようね」


 彼女によると以前に付き合っていた彼氏とのベッドシーンの写真を撮られて、それをネタに政界や経済界の大物達の夜の相手をさせられていると言う。


 それを指示しているが今のマネージャーの坂崎らしい。ただその坂崎もバックの誰かから指示を受けてる様だと言う。


 そう言うバックがいるのでそこから逃げる事も出来ないらしい。


 しかも相手が相手なので下手に逃げようとしたら殺される可能性もあると言う。ただそのバックが何処の誰なのかはわからないと言った。


「なるほど、そう言う事か。何処にでもくだらない奴らはいるようだな」

「どう、何とかなりそう」

「大丈夫さ。解放してあげるよ」

「でもどうやって」

「餅は餅屋と言ってね。今度その予定が入ったら日時だけ教えてくれ。場所は必要ないから。亜里沙にその日時に10日を加えて教えてやってくればいい」


「で場所はどうするの」

「それはあんたにもわからないんだろう。そこが何処なのかは、その場に来てみないと」

「それはそうだけど」

「なら聞いても無駄だろう」

「でもそれじゃーどうして知るつもりなの」

「それは結果を見てくれればわかるさ」


 そして会見は終わった。帰り際に峰子は、


『随分と不遜な男ね。あたしにあんな口をきくなんて。でも楽しみではあるわね。彼に何が出来るか』


 亜里沙に知らせた予定の日、峰子は営業と言う名の売春に動いた。


 しかし鳴海は、既に彼女に気のマーキングをつけていたので、何処に向かったかは一目瞭然だった。


 今回は都心から少し離れた高級ホテルに向かった。


 恐らく部屋は既に予約が入っていて、ボディーガードも近くの部屋に待機しているのだろう。


 前回のやり方と全く同じだ。進歩のない奴らだと鳴海は思った。


 ホテルの予約部屋はすぐに分かった。何も彼女の気を辿らなくても澱んが気が三つあった。


 一つは大きな部屋、後二つが小さな部屋だ。ボディーガードだろ。これも同じパターンかと呆れた。


 鳴海は先に、ボディーガード達の部屋のドアの隙間から気体の睡眠ガスを流し込んで眠らせておいた。後は本人だけだ。


 峰子は下の駐車場までマネージャーに送られて、そこから直通のエレベーターで上がって来た。これなら他人に見られる事も少ないだろう。


 鳴海が意識を消して待ってると峰子がそのドアの前まで来てドアを四回ノックした。それが恐らく合図なんだろう。


 ドアが開いた時、峰子について鳴海も中に入ったがそれに気づいた者は誰もいなかった。


 待っている男は既にガウン姿になっていた。よっぽど待てなかったんだろう。有名な大女優が抱けると言う事で。


 鳴海がこの男の顔を見た時、何処かで見た顔だなと思った。確かテレビでだったか。


 何かのインタビューで偉そうな事を言っていた男だと思いだした。名前は確か。


 その時峰子はイライラしていた。もうここまで来てると言うのにあの男は何処にいるのか。


 本当に助ける気があるんだろうか。あの男もまた口先だけの男だったのかと。


 間違ってもこんな豚の様な男には抱かれたくないと思った。


「峰子ちゃん、わしはね昔から君のファンだったんだよ。君の映画は全て見たよ。わしのコレクションには全て揃っているんだよ。そしてどれほど夢見た事か。こうして君と一緒になれる事をね。さーおいで。ベッドに行こう」

「オッサンそこまでだ」

「な、何だおまえは。何処から入って来た」

「ドアからに決まってるじゃねーか。馬鹿じゃねーのか、お前は」


「お前、こんな事してただで済むと思ってるのか。死刑だぞ。覚悟しろ」

「死刑ね。いくら法務大臣でも自分に死刑は出せないだろう。そうだろう」

「な、何だと」


「さっきお前が言ってたダサイセリフな。ちゃんとビデオに撮ったから覚悟するのはお前だろう」

「よ、よせ。やめろ。それを買い取ろうじゃないか。いくらだ。いや、もっといい条件がある。どうだ話し合わないか」

「話を引き延ばして時間稼ぎをしても無駄だ。向かいの番犬共は来ないぞ。眠ってるからな」

「な、なんだって。そんな」


「やっぱり来てくれたのね鳴海さん。信用してたわ。あっごめんなさい。言っちゃった」

「相手が法務大臣だとわかって俺の名前を出して保険のつもりか。あんたも食えない女だな」


「な、鳴海だと。まさかお前があの鳴海じゃないだろうな」

「ほー俺の事を知ってるのか。何処まで知ってる」

「いや、わしは何も知らん。本当だ」

「そうかい。それなら結構だ。あんたはここから帰ってくれ。下で待ってるマネージャーには相手に急用が出来たので途中で切り上げたとでも言っとけばいいだろう」

「わかったわ。それじゃーまたね。鳴海さん」

「ほんと女狐だな」


「さて、それじゃー話し合いと行こうか。法務大臣さんよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る