地上最強の傭兵・鳴海正人
薔薇クルダ
第一部
第1話 傭兵の帰国
一人の男がいた。名を鳴海正人(なるみまさと)と言う。
この男は20代前半でヨーロッパの外人部隊に入り戦線を転々とした。そこでついたコードネームは『イエロードラゴン』だった。
また別名を『戦場の死神』とも呼ばれていた。しかしこの二つ名を本人から聞いて生き残っていた者は誰もいなかった。
そして彼は傭兵の世界では地上最強の傭兵と呼ばれていた。
ともかくこの男が歩いた後には屍しか残らないと言われ誰も近寄りたがらない。
近くにいてとばっちりを受けて死んだ者も多い。まさに『疫病神』以外の何者でもなかった。
そして何故か、いつも彼一人だけは無事に生還して来た。そして彼に敵対したものは全て殺戮された。
まさに皆殺しだった。誰一人彼の前から生きて、逃げ延びた者はいないと言われている。
そしてやがて彼は外人部隊を退役し独立して自由契約の傭兵となった。彼の傭兵としての契約金は破格だった。
しかしそれだけの働きを彼はいつも果たしていた。いや、それ以上の働きを彼はたった一人でやってのけたのだ。
一人で一個師団を壊滅させたと言う噂もある。その真偽を確かめた者はいないが、敵勢力が彼の起用によって壊滅したと言う話には事欠かない。
彼の存在は各国の諜報員の間でも有名になり、彼の為に作戦の失敗を余儀なくされた事も数々あった。
中には彼の暗殺を企てた組織もあったが、その全ては返り討ちにあって壊滅させられた。
それ以降、彼の事はアンタッチャブルと呼ばれ、誰も手を出さなくなった。
そして彼の名前は地上最強の傭兵として各国の諜報機関のトップシークレットに記載された。
彼がどう言う戦い方をしたのかは誰も知らない。つまりその戦場で生き延びていたのは誰もいなかったからだ。生きていたのはいつも彼一人だったから。
その為彼の起用は単独専行の作戦が多かった。たった一人で敵の軍団を殲滅させる作戦に彼は起用された。そして唯の一度たりともその期待を裏切る事はなかった。
戦場では彼の事を人ではないと言う噂が流れていた。化け物だと言う。人なら既に数十回、数百回は死んでいるだろうと言われた。
その真偽がわからぬまま、ある日彼は忽然と戦場を離れた。
彼は今、ニューヨークのマンハッタンにあるプラザ・ホテルと言う所に泊まっている。そのホテルはマンハッタンの5番街と59丁目の所に建っている。
ニューヨークでも屈指のホテルの一つで、ニューヨーク市歴史建造物保存委員会のランドマークにも指定されているホテルだ。
そこからの展望は素晴らしい。広大なマンハッタンの中央に位置するセントラル・パークが一望出来る。
セントラル・パークは南が59丁目、北が110丁目に至り、東は5番街、西はセントラル・パーク・ウエストに囲まれ、南北4km、東西0.8kmの広さがある。
そのセントラル・パークの中を走る道路も土日ともなれば、車は通行禁止となって市民に開放される。
そこでは様々なストリート・パフォーマンスが行われ、ランニングやサイクリング、またはローラーブレードやスケートボードと言ったもので休日を楽しむ人達も多い。
1日中そこでそれらを眺めていても飽きない、ニューヨーカーの憩いの場所でもある。
その風景を眺めながら正人は、
「そう言えばセントラル・パークの68丁目の西側には、『ターバン、オン・ザ・グリーン』と言うレストランがあったな」と思いだしていた。
今でもそのレストランはある。しかしそれは以前の「ターバン、オン・ザ・グリーン」と全く同じと言う訳ではない。
そこは2009年に一度倒産して閉められた。そして2014年に再びオープンされた訳だが、規模も小さくなり、以前の様なファンシーなイメージはすっかりなくなっていた。
『そう言えばあそこではThanksgivingの時に、家族で良く食事をしたものだ』
と思い出に耽っていたが、しかしこの男は一体何時の事を思い出しているのだろうか。この男にもそんな過去があったのだろうか。
『あれからもう10年が経つのか。早いものだな。一度日本に帰ってみるか。しかし俺がまだ生きていて、帰って来たと知ったら驚くやつもいるだろうな。まぁ、それもまた面白いか』
そう言って正人は、久し振りに日本への帰国を決意した。
帰国の途中正人は飛行機の中で一瞬意識を失った。地上最強の傭兵としては珍しいと言うかあってはならない事だったがそれは起こった。
そしてしばらくして正人は意識を取り戻した。まるで何処か遠くへ旅をしてたような錯覚を持って。
『あれは何だったんだ。俺は夢でも見ていたのか。面白い夢ではあったが』
鳴海正人の年齢は30代前半だが、見かけは20代中程にしか見えない。
178センチ、78キロ、着痩せして見えるが、必要な所には必要な筋肉が張り付いている。そして無駄な筋肉は何一つない。
無駄に盛り上がった筋肉などはつけてはいなかったが、全てが必要な物を動かすに足り得る筋肉だ。
そしてその効率は100%に近い。野生動物のしなやかさと敏捷性、そして瞬発力を備えた筋肉を持っていた。
しかしそれは表面上のものでしかない。本来彼が持ってる物に比べたら天地の開きがある。
つまりそれは誰かが噂した、彼は人間ではないと言う事に同意語でもあった。
詳しい事は何も知らされてはいないが、少なくとも世界的危険人物が日本の土を踏む事に変わりはない。その情報は内閣情報調査室にもたらされ検討に入った。
内調の責任者、松前世根彦(まつまえよねひこ)と総理大臣、麻崎健太郎(あさざきけんたろう)、法務大臣、米山正文(よねやままさひふみ)が雁首を揃えて思案していた。
「米山法務大臣、君はどう思うかね、彼の事を」
「そうですな総理、確かに要注意人物かは知れませんが、日本は法治国家です。銃器に関する管理は他国の何処よりも厳重に行われております。一般人に重火器がそう簡単に手に入れられるとは思えません。ここは戦場ではないのですから」
「つまり君はそれほど心配する事はないと言うのかね」
「そう思いますが」
「松前君、君はどう思う」
「彼に関しては正直な所、まだ詳しい事は何もわかってはいないと言うのが現状です。ですが今までの情報を精査してみますと、然程安心も出来ないのではないかと」
「それはどう言う事かね」
「彼は素手で300人の敵兵士を殺害したと言う報告がなされております。それを思えば、彼がその気になれば、こんな平和ボケした我が国では、やくざの事務所でも、いえ、警察署や自衛隊の駐屯所ですらも容易に襲撃して銃器を手に入れる事も可能ではないかと思われます」
「その鳴海と言う男は、それ程の男なのかね、松前君」
「はい、 CIAやKGB、FI6にモサドも個々に非合法工作員を差し向けて暗殺を謀ったそうですが全員返り討ちにされたと報告されています。以降、各諜報機関は彼に対する敵対行為は止めたそうです」
「まさかそれ程の男だったとは」
「では、彼に敵対さえしなければ、被害も出ないと言う事ではないのかね」
「それは確かに一理あるのですが、心配なのは、もし何処かの誰かが彼を傭兵として雇い、我が国の要人の暗殺やテロを要請したらと言う事なのです。彼の能力から推し量ると都市の一つ位は破壊する能力があるかと推察されます」
「なんと言う事だ。しかし待てよ。彼は傭兵を引退して日本に帰って来たんじゃないのかね」
「そう言う触れ込みにはなっていますが、彼が本当に傭兵を引退したのかどうかはまだ不明です」
「総理、如何いたします」
「ふむ、難しい所だね。こちらが騒ぎ立てて寝た子を起こしたくはないが、かと言って野放しにも出来んだろう」
「では総理、しばらくは監視対象と言う事で動静を探ると言う事にしては如何でしょうか」
「まぁ、今はそれしか出来んだろうがくれぐれも相手に気づかれないようにしてくれたまえ」
「畏まりました」
「しかし総理、厄介な者が帰って来たものですな」
「まったくだね、米山君」
そんな政府の内情など何処吹く風で、鳴海は久しぶりの日本の美しい風景を楽しんでいた。日本は本当に自然に恵まれた美しい国だと鳴海は思っている。
この四季の移り変わりの美しさは、恐らく世界の何処に負けないだろう。それだけ鳴海は日本の国、いや、日本の国土、自然を言うものを愛していた。
今はまだその自然も辛うじて維持されているが、今日本に住んでいる人間達は、その自然環境を金儲けの為に破壊し、自然や人にも悪影響のある環境に変えようとしている。そして人としての質の低下によって、その保護姿勢さえ失いかけてる。
廃墟と化した戦場を歩いて来ただけに、守るべき何が大切なのかと言う事が鳴海には逆に良くわかるのだ。
だから鳴海は考えていた。日本に帰ったら、まず日本の国のこの素晴らしい自然は守らなければならないと。
そしてその自然を破壊し、蹂躙しようとするものは人であれ、組織であれ、または国であっても許さないと。
しかし戦後ここまで堕落した正義感や、自己主張のみを優先し、国を思う心や国に対する矜持をなくした国民に、この国の自然を守る意思があるのだろうか。
日本は確かに平和な国だと言われている。しかしそれは自らが勝ち取った平和ではない。
他国に庇護された平和でしかない。一見それはそれで良さそうに見えるがそれは所詮籠の中の鳥、本当の自由ではない。鳥は自らの力で大空を飛んでこその鳥だ。
自由とは与えられる物ではなく自らが勝ち取るもの。鳴海は長年の傭兵生活の中でそれを嫌と言うほど見てきた。そしてまたその庇護を失った時の悲惨さも。
自らの身は自らが守る。それは人も国もまた然り。いやそれが世界の常識だ。
だから日本の様に自国を守る軍隊を持たない国など他に類を見ない。
地理的に海で隔離されている事と、経済力に優れていると言う事で今はまだ守られている。
しかしそれだっていつまでも持つと言う保証は何処にもない。何処の国だって、自国の利益を排して他国を守ってくれる国など何処にもないのだ。
それは戦場を渡り歩いて来た鳴海には痛いほど良くわかっている。
庇護を失った途端に崩壊して行った国々の事を。少なくとも国の庇護を確保する為には国レベルでの等価値交換が必要だ。
でなければ色々な事にごり押しされるだけで何も反対出来ない従属のみの国となってしまう。そんな環境が本当に自由で平和な国と言えるのだろうか。
そこには自国に対する矜持もなく、ただ盲目的に服従する奴隷根性しかないと鳴海は思っていた。
しかしもし国がそれを望みまた国民もそれを望むなら、それもまた一つの生き方かも知れないが、鳴海はそんな従属的な生き方は真っ平なことだと思っていた。それは鳴海が強者だからかも知れない。
ただそれは回りとの均衡の中で培っていかなければならない事でもある。だから自由と我がままとは違うのだ。
自由には権利と供に守らなければならない義務と言うものがある。
ましてそれが国民レベルで権利だけが一人歩きすれば、道徳も秩序もなくなり、ただ単に自由の尊重に名を借りた暴力に過ぎない時もある。
そして親の権威も地に落ち、自分の子供すらまともに躾の出来なくなった親が増え、増長したガキ共が我がまま顔で、好き勝手な事をやっている今のこの日本だ。
平和ボケして何の精神の歯止めもなくなった社会など、むしろ害だと鳴海は思っていた。
まぁ、そんな事が思えるのも、また鳴海が特別な存在だからかもしれない。
鳴海は東京にはいずれ出て行こうと思っていたが、まずは大阪でこれからやるべき事の試作を兼ねたテストケースを始めた。
大阪には大きな繁華街の中心が二つある。「キタ」と「ミナミ」だ。「キタ」よりも「ミナミ」の方が庶民的で活気がある。ただ洗練されていると言う点では「キタ」、特に「北新地」と言われる辺りだろう。東京で言えば銀座界隈に当たる。
鳴海は「キタ」の中埼町界隈に安い事務所を借りた。そこなら大阪の梅田駅から東に歩いて10分と掛からない。
それは雑居ビルの様な所だった。そのビルの二階の一室が鳴海の事務所になった。
そこに鳴海は「北斗トラブルシューテング」と言う看板を掲げた。「トラブルシューテング」とは一体何をする所なのか。名前からではよくわからない。
要するに「揉め事処理屋」と言う事だ。それも暴力団専門の。
相手が暴力団でなくても仕事は引き受けるが、非合法や暴力が介在する案件を専門にしていた。普通ではなかなか引き受ける所のない仕事だろう。
そうとも知らず不倫調査を頼みに来た者もいたが、すげなく追い返されブツブツと不満を漏らしていた。
まぁ、無理もない、普通の探偵社の様なものだと思っていたのだろう。
それともう一つ、ボディーガードも業種の一つに加えていたがこれを知る者は殆どいなかった。個人でボディーガードを必要とする者など日本ではまず稀だろう。
そうなると顧客は少なくなる。よっぽど切羽詰った者しかやって来ない。
それで商売が成り立つのかと思えたが、本人は至って呑気にしていた。
別に商売にならなくても鳴海は食って行くのに困る事はなかった。
傭兵時代に稼いだ金がスイス銀行に眠っている。それも相当な額が。
だから収入に関してはあまり気にしてはいなかった。ここは仮の宿、隠れ蓑みたいなものだと思っていた。
このビルの一階には「ブランカ」と言う喫茶店がある。ここではコロンビアコーヒーをメインに出している。
それはここのマスターの趣味/拘りだとも言える。それにモーニングのトーストが結構旨い。
だから鳴海はいつもここで朝食を取っていた。いや、それだけではなく暇な時は良くここで時間を潰していた。
そんな時いつもマスターが、
「鳴海ちゃんええんか。いつもこなんとこで油売ってて」
「自分の店をこんなとこはないんじゃないのかい、マスター」
「まぁ、それはそうなんやけど、鳴海ちゃんの事を心配してやってるんやで、仕事せんでええんかいな」
「まぁそのうちにね」
「それでやっていけるんならええんやけどな」
そう言う会話がよく繰り返されていた。マスターも、この人は本当に働く気があるんだろうかと心配していた。
それにしても切迫感のない不思議な人だと。こんなのでよく事務所が開けたものだ思うのだが、本人はトンと気にしてないようだ。
その割には家賃が停滞してるとか、何処そこにツケが溜まってるとか言う話は聞こえて来ない。
ならそれなりにはやれているんだろうとマスターは思い、余計な事は言わなくなった。
では鳴海は何をしていたのか。時々ミナミの繁華街を徘徊しては、目に付いたやくざに喧嘩を吹っかけていた。
とんでもない揉め事処理屋だ。自分から揉め事を作ってどうする。
喧嘩はいつも簡単に起った。それこそ通りのど真ん中を堂々と肩で風切って歩いているやくざの前に出てやれば良い。
「こら、邪魔じゃ、どかんかい」
とか
「われ、何処に目つけとんのじゃ、殺されたいんか」
とか
「こら!ぶつかっといて挨拶もなしか、えー」
と言った定番の言葉が返ってくる。
それで睨み返したら即喧嘩になる。やくざとは実に単純な人種だった。
それでボコッて、後は組事務所に乗り込んで全員を叩きのめす。そう言う喧嘩を何度も繰り返していた。
数ヶ月もすると鳴海の名前は、ミナミのやくざ界でも有名になっていた。
「うちもやられた」
「うちもやで」
そう言う会話が、よくやくざ達の間で聞かれた。
ミナミで大きな勢力を誇る佃組の組長が、苦虫を噛み潰した様な顔をして
「いつまで好き勝手させとくんじゃ、何とかせんかい」
と部下にハッパをかけていた。
「オヤジ、俺に考えがあるんですわ。今回はちょっとプロを使うてみようと思とるんですわ」
「プロのヒットマンを送るちゅうんか」
「そうです」
「もしうちがやられとったら、自分らで落とし前つけんと面子が立たんとこやけど、うちはまだ被害を受けとらんからな、それならええやろう」
「はい。ほな手配します」
ただ彼らにしても、ミナミでやくざ狩りをしているのが何処の誰かと言う所までは把握してなかった。
それに鳴海がやくざ狩りをする時は、少し普段とは雰囲気を変えていた。
まぁ、言ってみれば一種の変装のようなものだ。特に意味はない。やたら追い掛け回されるのも面倒だと思っての事だった。
普段は凡庸な風体に見せているが、垂れている髪を真上に逆立てると一気に精悍な顔立ちになる。
そして伊達メガネを外し、服装も普段のものとは違う物を着る。
いや、それはリバーシブルの上着だったので裏返して全く違う色柄にしていただけだったが、これだけでも随分と雰囲気が変わってしまう。
そこに緩んだ雰囲気の気から、本来の気に戻したのだからまるで別人だった。
これがトラブルシューティングの鳴海とわかる者はまずいないだろう。
その容姿でミナミを徘徊し、行きつけの店を大国町に作った。それは鳴海の罠だった。
いずれは誰かが自分を狙って来るだろと予測していたので、襲撃し易い場所を準備してやったのだ。
目論見通り、ヒットマン達はその情報を得てその店を調べに行った。
ここはいいと思った。表通りからはわかり難い地下の店だ。それに鳴海はいつも店の入り口に背を向けたカウンターでコーヒーを飲んでいる。
ヒットマン達は、これなら後ろから狙えば一発だと思った。
今回雇われたヒットマンは二人だ。二人は至近距離攻撃を専門にする者達だった。
しかも傭兵の経験もあると言う。拳銃の扱いもプロだ。
これならまずしくじる事はないだろうと、彼らを雇った佃組の頭、安本はそう思っていた。
そして襲撃当日、鳴海が店に入った事を確認した二人は、階段を下りて店に近づいた。
ドアを開けると4メートル手前に、背を向けた鳴海がカウンターのスツールに座っていた。
これならまず外す事はない。そう見て取ったヒットマン達は瞬時に拳銃を抜いた。
しかしその瞬間信じられない事が起こった。背を向けているはずのターゲットが、何故か自分達と向き合っていた。一体いつ向きを変えたのか。
ヒットマン達にもそれはわからなかったが、そこで怯むようではプロにはなれない。
二人は即座に引き金を引いた。拳銃の轟音が店に轟き、店の客達は何が起こったのかわからずしばらく呆然としていた。
無理もないだろう。平和ボケした日本の民衆に、拳銃の音がどんなものなのかわからないのが普通だろう。身近にそんな事の起こる国ではなかった。
ただとんでもない事が起こってる、と言う事だけはわかったが、それでどう言う対処をすればいいかなんて訓練は受けてはいない。
だからただ呆然として固まっていた。そしてやがて蜘蛛の子散らすように慌て散乱して行った。
問題はターゲットだ。二発の弾丸は、確実にターゲットの心臓を狙ったはずなのに、何故か弾がそれて、ターゲットは冷静に、冷ややかな目でヒットマン達を見ていた。
「まさか。何故だ」
次弾を発射しようとしたその瞬間、物凄い衝撃と共に、一人のヒットマンは店の外まで弾き飛ばされた。
腹部に蹴りを受けたとは本人にもわからなかっただろう。それほど目にも止まらない速さだった。
隣にいたもう一人のヒットマンも、次弾を撃とうとしたがそこにターゲットは既にいなかった。いつの間にかその男は自分の横に来ていた。
相棒は店の外に飛ばされ今度は自分の側頭部に衝撃が来た。そして彼はそのまま意識を失ってしまった。
まさかあの瞬間に裏拳を打ち込まれていたは思いもしなかっただろう。
ただ薄れ行く意識の中で、傭兵時代に絶対に手を出してはいけないと言われていた者の名前を思い出した。
確かあれは『イエロードラゴン』と言ったか。
店主の通報を受けて、警察が駆けつけて来た時には、全てが終わっていた。
店の入り口に転がる二人。死んではいないが意識がない。そしてそこに転がる二挺の拳銃。両方とも発射されていた。
店主や客の証言で、その二人は一人の客目掛けて拳銃を発射したと言う。
証言通りカウンターの酒の陳列ケースから、めり込んでいた二発の弾丸が回収された。
で、その狙われた客と言うのは何処に?
何処にもいなかった。店主に聞くと、何も言わずに去って行ったと言う。
良く来る客ではあったが、それが何処の誰なのか名前も知らないと言う。
手掛かりは何一つなかった。そうなれば、狙った方から糸を手繰り寄せて行くしかないだろうと刑事達は思っていた。
ただ一つ、店主が言わない事があった。それは鳴海が店を出る時に、「迷惑料だ、修理の足しにしてくれ」と50万円を置いていった。
「そしてこれは、警察に言う必要のない金だ」とも言った。店主はありがたくその金を受け取っておいた。
警察病院では、まだ二人の意識は戻らなかった。ただ医師が首を傾げていた。どんな攻撃を受けたのか、その見当がつかないと言う。
軽い打撲痕の様なものは一人の腹部に、それともう一人の側頭部に見受けられるが、それでどうこうなる様な強力なものではない。
それに内臓の損傷もなければ、頭骨の破損も一切見受けられない。なのに何故意識が戻らないのかと医者も首を傾げていた。
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