第18話


「……」


 おや? 脇にある茂みのほうに小さな影が複数見えた。


 ゴブリンか何かか? 倒れた久遠桜のところへ近づいていくのがわかる。餌として持ち帰るつもりだろうか。僕は射撃体勢に入った。


「あ……」


 その正体がわかり、僕は狙撃するのをやめた。それはあの愉快な山賊たちだったからだ。


 ドワーフたちは久遠桜を担いで走っていく。


 そういえば、あの女も彼らについて言及していたっけ。ってことは、山賊たちのボスが久遠桜だったってことか。


「ユイ、急いで追いかけよう」


「……あ、はいです!」


 ドワーフの再登場でユイも呆気に取られてたみたいだ。


 追跡中、僕はユイから【観察眼】を借りて、念のために周囲の様子を窺う。モンスターの姿や罠は見当たらない。激しいバトルの影響で周辺から一掃されたのかもね。


 それからほどなくして、僕たちは山小屋を見つけることができた。


「あそこにいるっぽいね」


「ですね。いかにも山賊のアジトって感じですし……」


 おそらく、ドワーフたちはあそこにいる。僕はユイと顔を見合わせたのち、慎重に近づくことにした。


 よく考えたら、あのドワーフたちはステータスが見られなかったんだよね。だから、正確な強さは把握できてない。


 エルフの国が脅威だって召喚士のガリュウが話してたのが思い出される。ドワーフもエルフ同様に強いとしたら……?


 山賊のボスの久遠桜を倒したことで激怒し、本来の力を出してくるかもしれない。


「……」


 いよいよ小屋が目前まで迫ってきた……って、あれ、ドアが半開きになってる……?


 やたらと不用心だ。中へ入ると、ドワーフたちが三人、僕たちを見上げていた。


「おぬしら、頼む。ボスを許してほしいのじゃ! ボスは右列を憎んでいるだけであって、悪い人間ではないのじゃ」


「そうだ! 頼むからボスを見逃してくれ!」


「頼みます! ボスをお許しください!」


「い、いやいや。許すも何も、悪い人じゃないのは知ってるし、僕たちは彼女を説得しに来ただけだから」


「ですよ。安心してください、ドワーフさん。私たち、あの人を心配してここまで来たんです」


「おおっ、そうなんじゃな! それなら入ってもよいが、銅貨1枚必要じゃ!」


「お前たちなら、銅貨1枚くれるなら入っていいぞ!」


「あなた方であれば、銅貨1枚頂けるのなら、どうぞ中へお入りください!」


「……」


 結局金を取るのか。まあいいや。室内を見渡すと、小さな三段ベッドやテーブルが置いてある。まるで小人の家のようだ。


「ぐぐっ……」


 苦しそうな声がした方向に僕は目をやる。そこには大きめのベッドがあって、久遠桜が横たわっていた。あの様子だとしばらく目覚めそうにないな。


 おや、ドワーフたちが近づいてきた。


「そうじゃ、おぬしらに自己紹介したい。わしの名はオルドじゃ!」


「あっしはシャックだ!」


「わたしはグレースと申します!」


「そうなんだ。よろしく。僕はクルスっていうんだ」


「私はユイっていいます。よろしくね、ドワーフさん!」


 僕とユイがそう返すと、ドワーフたちはお互いの顔を見合わせて白い歯を出した。


「おぬしらになら、わしらのことを話しても大丈夫そうじゃな」


「そうだな。オルド、お前が話せ」


「オルド、頼みますよ」


「言われんでもわかっとるわい! わしらはオルトンの村で鍛冶の仕事をしていたのじゃが、ボスの言う右列の連中に追い出されてしまったのじゃ……」


「え、やつらはなんでそんなことを?」


「それが、右列の中には鍛冶系の当たりスキル持ちがいるから、お前たちは用済みであり商売敵でしかない、死にたくないなら出ていけと、そう言われたのじゃ……」


「そ、そんなの、あまりにも酷すぎです……」


「だね……」


 これにはユイも珍しく憤慨している様子。


「もちろん、わしらも納得がいかんかったのじゃが、やつらは抵抗するなら親しい者にも危害が及ぶと警告してきたため、わしらは村を出るしか選択肢がなかったのじゃ……」


「なるほど、いかにも右列がやりそうな手だ……。それで山賊を?」


「うむ! 右列の者たちが許せなかったのもあり、わしらと同じく村を追われたボスとともに、山賊として右列を襲撃しようと思ったのじゃ」


「右列どもなら、金なんて絶対渡さないからわかりやすいんだ!」


「ですね。右列は殲滅すべし!」


「シャック、グレース、おぬしらは黙っとれ! 今はわしが会話しとるんじゃぞ!」


「なんだよ、オルド、お前偉そうだぞ⁉」


「そうです。オルド、あなた生意気ですよ⁉」


「……」


 ドワーフ同士で喧嘩が始まってしまった。


「――う……?」


 あ……騒がしかったのか、久遠桜が目覚めるのがわかった。


「ボ、ボスッ!」


 ドワーフたちが喧嘩をやめて彼女を取り囲む。


「お前たちが私をここへ運んできてくれたのか……? って……!」


 久遠桜がこっちに気づいて目を大きくする。


「ボス、彼らは右列ではないのですじゃ!」


「オルドの言う通り、あいつらはいいやつだ!」


「彼らは何枚も銅貨をくれました。だから右列ではないです!」


「オルド、シャック、グレース……お前たちがそこまで言うのだから、右列じゃないのは本当みたいだな。疑ってすまなかった……」


 久遠桜は、別人のようにしおらしくなっていた。それだけドワーフたちの言葉が効いたってことだね。


「もういいよ。そんなことより、怪我はなんともない?」


「大丈夫ですか?」


「少し痛むが、もう大丈夫だ。それより、あんなに化け物染みた強さなのに、何故左列に……?」


「そりゃ、一見外れスキルだって思われたからね。実際は違ったけど。ねえ、ユイ?」


「はい、私もそうでした。クルスさんはそんな私を誘ってくれたんです」


「……そうだったのか。私もこの異世界へ召喚されたと思ったら、外れ扱いで兄さんとともに左列に並ばされた。そこまでは外れだし仕方ないと我慢できた。でも……」


 久遠桜がベッドのシーツを掴む。なんか凄く嫌なことを思い出したみたいだ。


「ゴブリンたちに襲われ、兄さんは私を庇って怪我をしてしまった。それから私が兄さんに肩を貸しながら逃げていると、誰かに声をかけられたんだ」


「誰か?」


「ああ。どうしてなのか顔をよく思い出せないが、そいつらは二人組の男女だったと思う。優しい口調で声をかけてきて、『自分らは右列だけど、同郷の身だからその男を治してあげるよ』って」


「右列が? なんだか怪しいね……」


「私もそう感じたが、兄さんの怪我を治してもらえるなら是非って頼んだら……豹変して私たちに暴行し始めたんだ。外れスキル持ちの左列に人権はないと言って……」


「うわ……そりゃ酷い……」


「まさに外道ですね……」


「……気付いたとき、私を庇うように覆い被さっていた兄さんは、二度と起き上がることがなくて……」


「……」


 それ以上はもう言葉にならなかった。そんな沈痛な空気の中、僕たちも今までの経緯を話すことにした。


「――なるほど。そんなことがあったんだな……。エルフの国か。私も同行してもいいだろうか?」


「もちろんだよ。ねえ、ユイ。そのふざけた二人組もやっつけたいし」


「ですね……。私も熱烈歓迎します。あの【バルーントラップ】なんてとっても便利ですし!」


「よかった……。ありがとう。私は久遠桜。サクラと呼んでほしい」


「うん。よろしく、サクラ。僕は来栖海翔。どう呼んでもいいよ」


「私は赤理結です。よろしく、サクラさん!」


「あぁ、よろしく、クルス、ユイ」


「……」


 やっぱりこの人も僕のことクルスって呼んじゃうか。

 

「オルド、シャック、グレース、お前たちも一緒に来るか?」


「もちろんですじゃ、ボス! ただ、エルフの国だけは……やめといたほうが……」


「あ、あっしも、エルフは苦手だ……」


「わたしも同意であります……」


「……」


 ありゃ、ドワーフたちが露骨に嫌がってる。


「じゃあ、エルフの国ってやっぱり悪い国ってこと?」


「悪い国というか……わからずやが多いんじゃ。すぐに人を見下すというか……」


「そうそう! 偉そうなエルフとだけは仲良くなれそうにない!」


「エルフは毛虫より嫌いです!」


 エルフの悪口を言い合うドワーフたち。でも、話を聞いてるとあくまでもエルフの特徴が嫌ってだけなんだよね。それならエルフの国っていうのがそこまで悪いってわけでもなさそうだ。


 じゃあここに残るかというボスの声に、ドワーフたちは揃って行きたいと即座に反応したのが証拠だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る