第17話


「ちょ……ちょっと待って!」


「なんだ、この期に及んでまだ言うことがあるのか⁉」


「あのさ……そんなに興奮しないで少しは冷静になってよ。こっちの話くらい、まともに聞いてくれないかな?」


「そうですよ! 私が右列にいたのは事実ですが、クルスさんがそうだったっていう証拠でもあるんですか⁉」


「そ、それはだな……」


 お、ユイの台詞が効いたのか、相手の勢いが弱まった感じがする。


「ないなら、僕の話くらい聞いてくれるかな?」


「ぐぬ……」


 女は、渋々といった様子で小さくうなずいた。よしよし、とりあえずこっちの願いが通じたみたいだ。


 どうしたって戦うしかなさそうな状況だっただけによかった。相手が人柄の悪い右列ならともかく、左列なら話し合いで解決できるはずだ。


 まず、念のために相手のステータスを確認しておこう。



 変動ステータス


 名前:久遠くおん さくら

 性別:女

 レベル:17


 HP:16/16

 SP:36/111

 腕力:1

 俊敏:1

 器用:1

 知力:1

 魔力:10


 固定ステータス


 才能:A

 人柄:B

 容姿:A

 運勢:D

 因果:B


 スキル:【バルーントラップ】【魔力50%上昇】【SP+100】


 装備:皮のマント 皮の服 皮の靴 ロッド



 真っ先に人柄を見るとBだった。あと、容姿がユイと同じAなのでびっくりする。荒れた格好をしていて目つきも鋭かったからよくわからなかった。レベルも結構高いなあって思ったら才能がAってことで納得。


 この久遠桜って人は、左列の人でほぼ間違いないと思う。この人が例の罠を仕掛けてたんだね。SPがいっぱいあるしあれだけ大量に仕掛けられるのもわかる。


 さて、左列の人だと判明したこともあって早速説得開始だ。


「僕が右列にいたっていう証拠はないよね? あと、ここにいるユイは確かに一時的に右列にいたよ。でも、もうそこからはとっくに脱退してる。ねえ、ユイ」


「そ、そうですよ。クルスさんは嘘をつきません! 私自身、右列に入ったことに関しては今でも後悔してます……」


「ふむ……」


 お、相手が考え込んだ様子で頬をポリポリと掻いてる。ってことは、僕たちの話を聞いて気持ちが変化してきたのかな?


「で、言いたいことはそれだけか?」


「え……」


 僕とユイは唖然とした顔を見合わせた。


「こんなことで私が騙されるとでも思ったか? 証拠ならある。それは私が張り巡らせた罠を潜り抜けられるほどの当たりスキルを持っているとうことだ。そうやって右列じゃないことにして、私を仲間にした途端に殺す気だろう!」


「はあ……」


 こりゃダメだ。完全に僕たちのことを敵だと認識してしまっている。まあそれだけ右列から酷い仕打ちを受けたってことなんだろうけどね。兄さんの仇とか言ってたし。


 となると、左列の人たちを殺したのはゴブリンだけじゃなかったってことになる。


 どさくさに紛れて左列を襲った人が右列の中にいたのかもしれない。詳しいことは彼女の口から聞かないとわからないけど。


「どうした、もう話は終わりか? どうやら私を騙すのは諦めたようだな。覚悟しろ……外道の右列どもっ!」


 女性が怒号を上げ、小さな杖を掲げる。


 すると杖の先から錐のような尖った大きめの石が幾つも出現した。こ、これは……? 地魔法で作り出したものなのか。


 僕は器用値を100にして、魔法の石を矢で落とす作戦も考えた。


 でも、それだと魔法速度に負けてしまいそうだ。何より魔法で作ったものに対しては物理攻撃が効かない可能性もあるしね。


 そうだ、それならがある。


「ユイ、ここは僕がなんとかするから伏せてて」


「え、クルスさん? でも……」


「いいから」


「は、はいっ!」


 僕はユイをその場に伏せさせると、自分に攻撃が来るように前へ出た。


 ユイのスキル【糸】は敵の侵入を防ぐことができる。でも、物理攻撃や魔法攻撃を防ぐことはできないんだ。


 なので、僕はを100にして、敵の攻撃に備えた。


 左列の人と戦うことは僕の本意じゃない。なので、今回はあくまでも相手の戦意を失わせるのが目標だ。


「ふん、そうやって女を庇って自分だけ死ぬつもりか? 外道にも絆はあると見せかけて油断させるか、あるいは負けたときに慈悲を乞うつもりだろうが、そんな手は通用しない!」


 女が叫んだ瞬間、幾つもの鋭い石が弾丸のように向かってきた。普通なら避けられない速度だ。それを僕はマトリッ〇スのワンシーンのように躱す。


「なっ……⁉ ば、化け物なのか……⁉」


「……す、凄いです、クルスさん……!」


 敵と味方から上がる驚嘆の声。これには伏線があった。知力値を100にしたとき、僕は異常に感覚が研ぎ澄まされたんだ。


 つまり、そのとき知力=反射神経だと確信できた。だからこうして余裕で魔法を避けることができたってわけ。


 銃弾を回避するくらい、無茶なことをやってのけたんだ。これくらい衝撃的なシーンを見せつければ、相手も戦う気力なんて失うはず――


「――ぬ……ぬううううぅっ! めえぇ、絶対倒すっ!」


「え……」


 予想が外れてしまった。そういえば彼女は僕たちのことを右列、すなわち仇だと信じ込んでるんだった。


 知性を上げすぎたせいか、感情の部分までは読み取れなかった……。


「食らええええぇぇっ!」


「なっ……」


 やつの杖の先から溢れ出す大量の水。このままじゃ僕たちは魔法の水に飲み込まれてしまう。


「ユイ、こっちに!」


「は、はいっ!」


 僕は腕力値を100にすると、ユイの体を抱えて大跳躍してみせた。


 うっわ……これ一体どこまで跳ぶんだろうってくらい、見る見る地面が遠くなっていく。これ多分、50メートル以上は跳んでる。


「す、凄いっ! 高いですうぅうっ!」


「……は、ははっ……」


 こんな恐ろしい状況なのにユイの声が弾んでる。


 僕なんて怖くて心臓が止まりそうだ。彼女は巫女さんなだけに高いところが平気なんだろうか?


「あ……例の罠がどんどん仕掛けられてます!」


「え……」


 そうか、【バルーントラップ】か。そういやそんなのがあったっけ。


 僕は器用値100で矢を放って罠を潰していく。落ちていく方向は一方通行なので、どこに罠があるか確認する必要もない。


「……かかったなあ……!」


「え……」


 勝ち誇った声が聞こえてきて驚く。なんと、僕らに向かって火球まで放たれていた。なるほど、二重の罠を用意されていたわけだ。


 こうなったら……。僕は魔力値を100にして、対抗するべく魔法を作り出すことにした。魔法を使うのは初めてだから不安だけど、今はそれしか手段がない。


「くっ……⁉」


 すると、僕らの体が浮き上がるほどの凄まじい颶風が発生した。寸前まで迫っていた火球はたちまち搔き消されていく。


「う……うわああぁぁぁっ!」


 地上にいた女の体も勢いよく転がっていき、木に激突して倒れた。起きてこないし、どうやら気絶したみたいだ。


「――ふう……」


 器用値を100にして風に乗ったおかげで、僕たちは難なく着地できた。とりあえず彼女が起きるまで待って、また説得を試みてみようかと思う。それでもダメなら、もう仕方ないね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る