第8話


 周囲が薄暗くなってきたのもあって、僕はユイを連れて例の宿――『モーラ亭』に泊まることに。


 そこには宿主のモーラさんがいるからっていうのもあるけど、異世界なのに実家のような安心感に包まれるっていうのが大きいんだ。それだけ最初に経験した家っていうのが印象深いのかな。


『モーラ亭』へ入って早々、僕はロビーで宿主さんに出会った。


「おや、クルスじゃないか。あらあら、今日は一人じゃないのね」


「は、はい」


 モーラさんはユイのほうをちらりと見たあと、僕のほうに目配せしてきた。


「その人って、もしかしてあんたの恋人なのかい? あたし、嫉妬しちゃうわー」


「あ、い、いえ! モーラさん。彼女はユイっていって、恋人じゃなくて僕のお友達です」


「あら、そうなのかい?」


「はい? 恋人ですけど⁉」


「ユイ……」


「じょ、じょーだんです! どうも、ユイといいます。お邪魔します!」


「あいあい、本当だったらちょっと悪戯してやろうかと思ったよ」


「えぇー? そんなことしたら、私も悪戯で返しますよ? 脇腹の辺りをくすぐらせてもらいます!」


「あははっ、面白い子だねえ。よろしくね、ユイ。あたしはモーラっていうんだ」


「はい、よろしくです、モーラさん!」


「キュキュッ……」


 ん、なんか鳴き声がしたと思ったら、窓辺にルルが座って夕陽を眺めていた。シーカーラビットっていう耳が翼になったウサギだ。


「あ、ウサギちゃんがいるんですね! って、この子、耳のところが翼になってますよ……⁉」


 ユイがルルの頭を撫でつつも仰天している様子。僕は動物に耐性があまりないのもあって恐る恐る撫でてみたけど、怯えた様子が全然なかったので安心する。もふもふだし凄く大人しい。さすが看板兔。


「この子はねえ、シーカーラビットっていう種類の飛べるウサギなんだよ。向こうの世界から来た人は、みんなこの子の飛ぶ姿を見てびっくりするよ」


「へえ~……。あ、この子ってなんていう名前なんですか?」


「ルルっていうんだよ」


「へえ~! ルルちゃん、よろしく!」


「ヴヴッ」


 ルルが返事しつつうなずいたし、頭も良い子なのかも。


「さて、あたしは用事があるからそろそろ失礼するよ」


「あ、はい」


「またです!」


 モーラさんは意味ありげにウィンクして部屋を出て、ルルも窓の外へふわふわと飛び立っていった。僕とユイは恋人同士でもなんでもないけど、気を使われてるっぽい。


 僕たちはそれから、室内で雑談する。今後はどうしようとか、召喚士のこととか色々。寝るまでの間、特にやることがなくて暇だからね。


「あ、そうだ。ねえユイ、巫女さんってどんな仕事――」


「――くー……」


「……」


 巫女について聞こうとしたらもう寝ちゃってる。無防備な子だなあ。


「あ、そうだ……」


 そこで僕はとあることを思いついた。もちろんエッチなこと……じゃなくて、今こそ【互換】スキルの隠された効果を試そうと思ったんだ。


 まず、対象と同種類のスキルを一種類のみ、しばらく入れ替えられるというもの。


 そういうわけで、早速【互換】スキルを使い、これとユイの【観察眼】スキルを入れ替えてみることに。お、できた。


 何々……対象の基本ステータスが見られるだけでなく、自分が知りたい情報を深掘りして、括弧付きで知ることができる、だって。


 それなら……やスリーサイズもわかるのかな? ちょっと見てみるか。ごくり……。



 変動ステータス


 名前:赤理 結

 性別:女

 レベル:3


 HP:8/10

 SP:2/5

 腕力:1

 俊敏:1

 器用:1

 知力:1

 魔力:1

【体験人数:0人】

【スリーサイズ:83.60.85】


 固定ステータス


 才能:B

 人柄:A

 容姿:A

 運勢:C

 因果:A


 スキル:【糸】【互換】


 装備:皮の鎧 皮の靴 棍棒



 なるほどなるほど。こんなこともわかっちゃうんだなあ。でもなんだか、スリーサーズ程度じゃ物足りなくなってきた。もっとこう、も【観察眼】で見えてこないかな? まったく、僕ってやつは最低だ……。


「えっ……⁉」


 そんな感じのことをモヤモヤと考えてたら、どんどんユイの服が透けて見えてきた。


 うわ、こんなものまで見られるんだ。ま、まずい。このままじゃ下着まで透けて、本当にユイの裸が見えてしまう……。で、でも、これは偶然だから、わざとじゃないから……。僕は目を見開きつつ、をじっと待った。


「……」


 って、あれ? あともうほんの少しってところで元に戻っちゃった。おいおい、なんでだよ……って、そうか。対象とスキルを入れ替える場合は時間制限があるんだった。はあ。


 とはいえ、冷静に考えるとやっちゃいけないことだった。僕は知力を100にして無理矢理賢者タイムに突入する。す、凄い。ありとあらゆるアイディアがどんどん浮かんでくる感じだ。


 よーし、この状態ならなんでもできそうだし、【互換】スキルのもう一つの隠された効果である、アイテムの説明を入れ替えて効能を変えられるっていうのにチャレンジしてみるか。


 まず、僕の持っている弓を【互換】で調べる。


 弓:ヒビが入った壊れそうな弓


 うむ、そのまんまの説明だ。この壊れそうなっていう部分を【互換】で別の言い方に換えてみよう。


 弓:ヒビが入った【修理の余地がある】弓


 よし、いい感じだ。今度はこの説明の前後を入れ替えてみるか。


 弓:【修理の入った】ヒビがある弓


 修理が入ったのであれば、ヒビは取れるはず。


 弓:【修理でヒビが除去された弓】


 おぉ、本当にヒビがなくなったぞ!【互換】で説明の前後を入れ替えたり、言い方を変えただけで新品の弓の完成だ。これで弓を買い換える必要もなくなった。


 そうだ。矢筒のほうもなんとかならないかな? 僕は良いことを思いついたものの、SPがないのか【互換】が使えなかったので、ちょっと休憩してから再チャレンジだ。


 SPが溜まったタイミングで、僕は矢筒から矢を全部抜いた。


 矢筒:矢が一つも入ってない矢筒


 矢が一つも入ってないっていう言葉を、に置き換えればいいんだ。


 矢筒:【矢が一つも減らない矢筒】


 よし、矢が一つも入ってないという矢筒の説明を、矢が一つも減らないという説明に【互換】できた。


 これは凄いアイテムが完成したかもしれない。試しに10本の矢を矢筒を入れて、窓から遠くに見える木の根元に向かって矢を1本放ってみる。


 矢は見事に命中し、木の根っこに突き刺さった。さあ、どうだ? 数えてみたところ、矢が10本のままだった。


 おおっ、矢が減らない魔法の矢筒の完成だ。これでいちいち矢を補充する必要がなくなった。ただ、複数同時に放つ場面もあると思うので満タンの30本にしておきたい。


 なんだか工夫すればもっと凄いのができそうな感じもするけど、今日はこれくらいにしておこう。


 よく考えたら腕力、器用、知力を100にしてHPが1のままだったのでどっと疲れた……。

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