第5話
「あー、よく寝たあぁ……」
あくる日、僕は清々しい気持ちで朝を迎えることができた。
コーンスープに浸したパンを頬張りつつ、宿の二階の部屋の窓から異世界の村の様子を眺める。
この宿はそんなに広くないけど、一泊+朝食+昼食+夕食のセットで銅貨10枚だからお得なんだ。
正直なところ、昨晩はちょっとホームシックになりかけたけど、もうこの世界の空気に慣れたみたいだ。
「って、あ、あれは……⁉」
三角屋根や尖塔の合間を、耳が翼になったウサギがゆったりと飛んでいたので驚く。
あ、宿主のモーラさんが食器を片づけに来たので聞いてみよう。
「おや、クルス。どうしたんだい?」
「あ、モーラさん、あれってなんですか?」
「ああ、あれはね、シーカーラビットっていうんだよ。名前はルルっていってうちの看板兔でね、空のお散歩中さ」
「へえ~」
シーカーラビットっていうのか。もふもふで可愛いなあ。
ちなみに、モーラさんには銅貨10枚を返したので残り10枚になったけど、また稼げばいいので問題ない。
「あら、クルス。もう行くのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そ、そういうわけにもいかないので!」
僕は冒険者ギルドへ行くべく、駆け足で宿を出た。モーラさんは人柄がSってことで依存しちゃいそうだから困る。昨晩も多忙なのに僕の質問に色々と答えてくれたからね。
レベルは10ごとにステータスが変化するとか、この世界にはエルフやドワーフや魔族はいても、魔王は存在しないとか。
魔王が存在しないってことで、あの召喚士が僕たちをこの世界に呼んだ理由が尚更気になる。でも、それについては何も知らないんだそうだ。
やつの目的も気になるけど、この異世界で生き抜くためにもまずはレベル上げやお金稼ぎが先だ。ギルドへ着いて早々、貼り紙のあるエリアへ向かう。
同じF級でも今日はスライムじゃなくて気分転換に別の依頼にしたい。
しばらく迷ったあと、僕は大ネズミ10匹の討伐依頼を受けた。このモンスターに関しては、家畜や農作物の食害等、かなりの被害が出てるそうだ。
名前:来栖 海翔
冒険者ランク:F(1/3)
受けている依頼:大ネズミの討伐(0/10)
依頼期限:一週間後の夜
依頼を受けたのち、僕はオルトン村からほど近い森林へと向かった。ここに大ネズミたちは多く生息しており、数が一定数以上増えると近隣の村を群れで荒らす確率が高くなるのだという。
期限は一週間もあることから、かなり数がいて困ってる様子。危険だから受ける人が少ないのかな? 報酬は銅貨15枚で、同ランクのスライム討伐よりも多いし一層気を付けたほうがいいのがわかる。
大ネズミは少数だと大人しいものの、群れると狂暴になるんだとか。そこで、僕は森林の入り口の木陰からそっと様子を窺うことに。
お、いるいる。遠目にもわかるほど大きなネズミたちがひしめき合い、ちょろちょろと動いていた。
みんな目が赤くて、今にも狂暴化しそうな感じだ。あれを一匹ずつ狙った場合、何匹かこっちに来そうで危ないので策を講じる。
逃げながら矢を放とうか? いや、器用が100なら、もう細かいことなんて考えずに、10発まとめて矢を射れば全部当たるんじゃ?
「ギリリッ……」
あ、なんか歯ぎしりするような音が聞こえてきたと思ったら、こっちに気が付いたらしい。音も立ててないのに何故? 匂いで気付かれたのかな?
うわ、群れでこっちへ向かってくる。ええい、もうどうにでもなれ! 僕は10本まとめて矢を放つことに。
「ピガガアァァッ!」
「えっ……」
適当に放った矢が全部ネズミたちの額に命中しちゃってる。
10匹の討伐にあっさり成功した上、灰色のネズミ型の魔石も二つ出てるし……。レベルも上がってるのかと思ってステータスオープンで調べたら3から7まで上がってた。
もうすぐ念願のレベル10だ。そのときにどんな風になってるのか、ステータスを見るのが今から楽しみだな。
僕はほかの大ネズミたちに気づかれないよう、そっと魔石を拾うと森から抜け出して村へと戻り始めた。もちろん、その間に何かあったらいけないのでHPを100に戻しておくのも忘れない。
「依頼が完了しました」
「クルス様、もう大ネズミの討伐を終えられたのですね。さすがです……」
ギルドへ行ったら、受付嬢が僕のギルドカードを見て脱帽といった様子。
前回のこともあるのか耐性はついてそうだけど、それでもやっぱり仰天していた。
右列のやつらもいて、苦虫を噛み潰したような顔で僕のほうを見ていた。二回連続で討伐に成功したんだから、もう偶然だのまぐれだの言えないだろうし。
「大ネズミの魔石2個も、一つ銅貨5枚で買い取らせていただいたので、併せて報酬の銅貨25枚です。どうぞお受け取りください。お疲れ様でした!」
「どうもありがとう」
これで持ち金が銅貨35枚になった。少しずつだけど増えてるし順調だ。
ただ、もう弓矢が残り10本だ。それに、弓自体がぶっ壊れそうなのでそろそろ買い換えるか。僕はギルドを出て武器屋へ向かう。
「お、お願いします。見逃してください!」
「……」
ん? 狭い路地の前を通ったら、向こう側から悲愴な感じの女性の声が聞こえてきた。
どうするべきか迷った結果、僕は脇道のほうへ向かうことに。もしかしたら事件かもしれないしね。
「いいから寄越せって言ってるんだ。何度言えば気が済む?」
「ダメです! これだけは渡せません!」
お、声が近くなってきた。多分、あの通路の角のすぐ傍だな。
「……」
そっと覗き込むと、男性と女性が向かい合っていた。
どっちも僕みたいに異世界人じゃないっぽいな。男性のほうはいかにもチンピラって感じで、女性のほうはなんとなく巫女さんっぽい雰囲気だ。
「俺は今、ちっとばっかし金に困ってんだよ。頼むよ」
「でも……」
「それとも、右列から抜けるつもりか? スライムを一匹ずつちまちま倒すのにやっとのお前じゃ、この厳しい異世界で生きていけねえだろ。折角、左列からはぐれた独りぼっちのお前を仲間にしてやって、装備まで買ってやったってのに」
「そ、それについては感謝していますけど、もう全額返しましたよ? それに、このお金は私が必死にスライムを倒して、それでやっと貰った報酬なんです。なのに全部寄越せだなんて、さすがに無茶です……」
「……」
あの男の人、女性が稼いだお金まで取り上げようっていうのか。まるで奴隷みたいな扱いだ。
「なあ、いいじゃねえか。ちゃーんとあとで返すからよ。それとも、体で払うか? あぁ⁉」
「そ、そんなっ。あ、あの、ちょっと用事がありますので……!」
「おい、逃げる気か⁉ って、体が動かないだと。くそがっ、お前、スキルを使いやがったか!」
「ご、ごめんなさい!」
おお、なんかスキルを使ったみたいで、男が動かなくなった。
でも、女性のほうは逃げる途中で派手に転んだ。あちゃー……。早く起き上がって逃げてほしいのに、男のほうが先に動けるようになってしまった。
「このクソ女、俺に逆らいやがって。ボコボコに殴って教育してやる……!」
「……た、た、助けてえぇっ……!」
このままじゃまずいと思って、僕は急いで岩陰から飛び出ると女の人の前に立った。
「な、なんだ、てめえは⁉」
「あ、あの、無抵抗の女の人に手を出したらダメかなって……」
「はぁ⁉ だったらクソガキ、てめえのほうからボコボコにしてやるってんだよ!」
「……」
やっぱりそうなるよね。でも、僕はガキじゃないんだよなあ……。
「言っとくが、俺はレアスキル【怪力】持ちだからな? 死ぬかもしれねえが覚悟しろ……。歯食いしばれ、オラアァッ!」
鉄のナックルが顔面に当たる直前、僕はそれを左手一本で受け止めてみせた。
「なっ……⁉」
こういうこともあろうかと、岩陰から飛び出す前に腕力を100にしておいたんだ。
「ぐわああああぁぁっ……!」
僕はおじさんの手首を右手で掴むと、そのまま投げ飛ばしてやった。
うわ、手加減して軽く投げたのに、二十メートルくらい先にある壁に激突しちゃってる。さすが腕力値100なだけあって凄まじいパワーだ……。
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