ネトラレが嫌な主人公が貴族の五男に転生した話
あれい
①
大陸の中心にある大国、セントラル王国。
その南部の大部分をコンラート公爵家が治めている。
今年10才になる「エル」はコンラート公爵家の五男として生まれた。
領都の大きな城で何不自由なく育ったエルだが、ある秘密を抱えていた。
それは前世の記憶を持つことだった。
エルの前世は日本人で、大学卒業を間近に控えた青年だった。
そして彼は不幸のどん底を味わっていた。
付き合っていた彼女がサークルの陽キャイケメンにネトラレたのだ。
彼女は誰もが認める美人でエルにとっては自慢の存在だった。
ネトラレが発覚したショックで呆然と夜道を歩いていたところ運悪く交通事故にあった。
それが原因で死んで、次に気づいた時にはコンラート公爵家の五男になっていた。
ちなみに、赤ん坊である。
前世の記憶があるエルにとって美人はこりごりだった。
もし結婚するならネトラレの心配のない地味な女性と心に決めていた。
――例えば、今、エルの視線の先にいる少女なんてあり得なかった。
コンラート公爵家では数ヶ月に一度、城でパーティーが開かれる。
付き合いのある貴族、商人、知識人を招いて親交を深めるのだ。
このパーティーについて、庶民からの受けは良くない。税が重いのに自分たちだけ贅を尽くしているとコンラート公爵家は陰口を叩かれている。悪徳領主なんて噂もある。だが、パーティーでの社交は有益な情報交換の場であり、貴族の大事な仕事の一つだった。
そして、数年前からエルも顔を出していた。
前世はごく普通の一般人だから当主の父親に言われて嫌々であるが。
「それにしてもリリアン嬢は目を引きますな」
「ああ、あと数年もすればコンラート領で一二を争う美女になること間違いなしですな」
「あそこの会長も鼻が高いことでしょう」
ここ最近のパーティーの話題をかっさらっているのは、エルより少し年上の少女だった。
名前をリリアンと言う。
老舗商会であるウェーバー商会の会長の娘だ。
蜜を垂らしたような亜麻色の髪はふんわり巻き毛で、目はぱっちりしていて、青い瞳はサファイアのきらめきにも劣らない。
リリアンの周りには年頃の男たちが集まっていた。
なんとか気を引こうとしたり、ダンスに誘ったりしている。
リリアンは愛想を振りまきながらもダンスは断っているようだった。
エルはその様子をげんなりと見ていた。
関わり合いにならないよう隅の方で食事しながら時間を潰していた。
公爵家とはいえ五男坊に注目する人はごく僅かだった。
そして、ごく僅かの一人がエルのもとに歩み寄ってきた。
――ウェーバー商会の会長だ。
「エル様、ご機嫌よう」
「こ、これはノルマンさん、お久しぶりです」
「あはは、私とエル様の仲ではありませんか。そう固くならずに」
「はは……恐縮です……」
「うちの娘とは話をしましたかな?」
「いえ、リリアン嬢は人気ですから僕なんかでは近づけませんよ」
「ふむ……では、私の話し相手になってもらえませんかな?」
ノルマンはコンラート公爵領に根を張る老舗商会の会長であるからパーティーに出席するのはおかしいことではないのだが、決まってエルに話しかけてくる。それも親しげに。
エルからしてみればそうする理由が皆目検討もつかない。
困惑しきりだが、彼との会話は嫌いではなかった。
商人視点で領内のことが聞けるからだ。
「なるほど、魔物の被害が増えている、ですか」
「公爵様が頑張ってはいらっしゃいますが、最近は本当に数が多い。私どもの商会でも販路の縮小を考えています」
コンラート公爵領の東には未開拓の森が広がっている。
天然資源が多くあると予想されているが、セントラル王国は手を出せないでいた。
その理由が魔物だ。
魔物は動物に似た姿形をしているものが多いが、より凶暴で、人間を食らう人類共通の敵だった。
そんな魔物が東の森には数多く生息している。
そして、東の森から溢れ出した魔物がコンラート公爵領内に侵入してくるのだ。
それを公爵家は私兵でもって倒している。
だが、戦線は東の森との境界の広くに渡っており、現状、私兵の数が足りず荒らされる村が後を絶たない。
そのせいで村を行き来する商人がそこを避けるようになっているという話だった。
商人が来なくなれば、さらに村の荒廃は進み、果ては廃村となるだろう。
結局この日のパーティーでは、エルはノルマン以外とは話すことなく終わった。そそくさと自室に戻り、正装から室内着に着替えくつろいでいる。
そんなエルに専属メイドのタルテが慣れた手付きでお茶を出す。
タルテは十代後半の少女で、化粧も薄く地味な見た目をしているので、前世の記憶を持つエルとしては見ていて非常に心が落ち着く。彼女が専属となってもう二年となる。
「それで、エル様」
「うん?」
「今日こそはリリアン様とお話になられましたか?」
「……話してないよ」
タルテは心底残念そうに息をつく。
タルテのことは気に入っているが、唯一の欠点が謎のリリアン推しだった。
リリアンがパーティーデビューを飾ったその日から事あるごとにエルの背中を押してリリアンとの接点をもたせようとしてくるのだ。
「エル様の婚約者にはリリアン様がお似合いだと思うのですが……」
「年齢的にはね。見た目が釣り合わないよ」
「そうでしょうか」
「そうそう。あっちは領内一二を争う美女予定なんだし。もし婚約者になんかなったら、彼女を狙うイケメン貴族とかイケメン執事にネトラレる未来しか思い浮かばない」
「それはエル様の思い込みでは?」
「いいや、絶対そうなるね。断言できる。そんなことより、明日のどこでもいいから父上と話せないかな。ルーカス兄上も一緒にいてほしい」
「後で確認しておきますね」
「お願い……それで、タルテ、こっちにきて」
エルはソファの自分の座っている横を叩く。
タルテがしずしずとそこに座ると、エルは体を倒して彼女の膝に頭をのせる。タルテもそれを受け入れエルの髪を優しくすき始める。
これは最初、タルテの方から申し出たことだった。
生前の大人の思考を持っていたエルは素直に子供になりきれなかった。
また、エルが五男なこともあって、彼の両親は放任気味で、エルは少し寂しい思いをしていた。
そんな彼の心の内を見抜いたタルテがエルを甘えさせ、最初は躊躇していたものの、今ではエルの方から甘えている。
さっきの婚約者云々だが、エルとしてはタルテが良いと考えていた。優しく、何より、地味な見た目でネトラレる心配もない。
だが、タルテ自身にも選ぶ権利がある。
それに加えて、貴族の婚約者というのは自分の意見だけではどうにもならないとエルも分かっていた。
将来のことを憂いながら、エルは静かに目を閉じた……。
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