酔いつぶれてたドラゴン少女拾ったら魔王になりました
アントロ
第1話・魔王になりました
君は酔いつぶれたドラゴンを見たことがあるかい?
俺はある。
「クピー…クピー…」
今直面しているのだ。
俺は広田直樹。31歳男である。
なぜこうなったのか、それを説明するには俺の転生からだろう。
俺は元々普通の世界の人間だった。君たちのような、現代の人間。親の脛齧って蜜吸って。友達? そんなもん全員逃げていったさ。まぁそれも俺が金借りて返さなかったからだけど。唯一最後までいた友達も、気づけば結婚し、いつのまにか消えた。母さんは俺に結婚して欲しそうだったが、そんなん無理だろ、こんなのが結婚とかさ。
ただ、そんなニート生活を満喫していたのだが、ある日の事。
「母さん、晩飯まだ?」
「…」
「母さ…」
「キエエエエエエ!」
遂に堪忍袋の緒が切れた母さんは、持っていた包丁で俺の頭をかち割った。
そうして死んだ俺は、気づけば知らない世界の知らない町で野次馬に囲まれ倒れていた。目を覚ましてかち割られた筈の頭を触るが、痛みは感じず、傷もない。何なら血が飛び散った筈の服も、殺される直前の物になっている。
夢だったとは思えない。あの時感じた痛みは絶対に現実の物だった。鮮明に思い出せる現実とは裏腹に、俺は生きている。
知らない異世界で。
野次馬をかき分けて俺の前に現れたのは杖を持った仙人のような爺さんだった。野次馬の反応を見るに、そこそこの地位にいるらしく、爺さんが一言
「どいておくれ」
と言うだけで野次馬が道を作る。そんな爺さんは俺にこう言った。
「神様に呼ばれたようじゃな、小僧」
「…はぁ?」
「いつまで寝ぼけておるのじゃ! 目を覚ませ!」
そんな風に怒鳴られ杖で頭を叩かれる。母さんの包丁攻撃より断然痛くて、頭を抱えてうずくまっていると、爺さんは話を続けた。
「お前さんの元いた世界とは別の世界じゃよ、ここは」
「…マ?」
「ワシの恰好を見てみなさい。お前さんと全然違かろう」
そう言われ辺りを見回す。確かに、普通の洋服なんて誰も着ておらず、ゲームに出てくるようないわゆる【冒険者】みたいな恰好ばかりだった。爺さんなんてそれこそどこぞの亀の仙人みたいな道士服を着ている。だから最初に仙人みたいに見えたのだろう。それに加えハゲた髪と白髭。いかにも仙人。
「取り敢えず、この町の町長に話を付けに行こうかの」
「えっと…何で?」
「そんな事も分からん程馬鹿だったのか。この町で暮らす為に説明しないといけないだろうが」
「えっ、帰れないの…?」
爺さんが当たり前にここで暮らす準備を進めようとしていた事に動揺し、そう質問した所で思い出した。
「って俺、死んでるもんな…」
「神がここで暮らせと決めた事。抗わない方が吉じゃろう」
「まぁ…どうにもできないか」
そう言われあの家での暮らしを思い出す。ずっと稼いでくれた父、ずっと家事をしてくれた母。こんな事なら…こんな事なら…二度とあの家に帰る事ができないなら…。
もっとエッチなフィギュア集めときゃ良かったな…。
話が長くなるので軽く説明すると、その後町長からは二つ返事で空き家を貰える事になり、俺は家賃を稼ぐ事になったのだが…。
「無理無理無理無理無理―っ!!!」
「…」
「いやいやいや、だってこれ、働くって、事でしょうがあぁ!」
「お前さぁ…」
「人生で一度だって働いた事ないもん! 絶対嫌だ!」
「ほれ、低級の魔物が来たぞ、狩れ」
「ひいいいい」
俺はいい歳して森の中情けない声を出す事となった。ただの仕事でも嫌なのに、その内容が山に湧く魔物を倒す事。爺さん曰く弱い低級魔物しかいないらしいが、それでも十分怖い。支給された武器はボロボロだし防具なんてものはない。
「じゃあ、今月の家賃分集まったら帰って来なさい。またの~」
「うおおおお爺さああん!! 置いて行かないでえええ!」
すがりつく俺を杖で一突きし、痛みでうずくまる俺を放ってスタスタと帰っていった。
そんな時、後ろの茂みからガサリと音がする。
「ひっ」
魔物…て、低級だよな…。
「プフィ~」
「ひぇっ」
変な声…まさかやばい奴!?
段々とこちらへ近づいてくる足音に足がすくんでしまう。何ならこのまま漏らしそう。
ガササッ!
大きく茂みが揺れ、月明かりによる逆光で真っ黒になった影が飛び出す。
「ぎゃおー!」
「ひぎゃああああ!」
「うひひ、食べてやるじょ~」
「お、お助けをぉおお!!」
喰われる事を覚悟して、目を瞑る。
…が、いつになっても喰われない。そっと目を開けると、美少女が目の前で眠っていた。よく見るとドラゴンのような漆黒の角と尻尾が生えており、ロングの髪の色はカスタードクリームのような美味しそうな色をしている。
「プフィー…プフィー…」
そう。こうして冒頭に戻るのである。
「…おーい」
「ふにゃ…へひひ…」
「どうしたものか、これ」
ひとまず、強そうなので眠っているうちに逃げようかと考えた。
がしかし。
「家賃、どうしよう…」
家賃を稼ぐまで帰れない。でも戦うのだけは嫌だ。
「…こいつ多分レアだよな…」
「クカー…」
こいつ売れば…高いんじゃね?
そう思った時にはもう尻尾を掴んで引きずっていた。見た目が美少女なのでちょっと申し訳ないが、お姫様抱っこできるほどの体力は持ち合わせていない。
引きずって数分。やっと森を抜けた。低級魔物には何度か出くわしたが、この少女の顔を見るなり逃げ去っていったので、やはり中々の強さらしい。
もうちょっとで町…という所で後ろから声がした。
「おい」
「ん?」
「おいってば」
「…?」
ふと後ろを振り返っても誰もいない。何か下から視線を感じるので下を見ると、先ほどまでうつ伏せになって酔っぱらっていた少女は、翡翠色の瞳でしっかりとこちらを見ていた。
「ぎゃあああ!!」
「ぎゃあ! じゃねぇよ。何寝てる女の子の尻尾掴んで攫ってるんだよ変態」
「すんませんっした!」
「よいしょ…で、何で攫ったの。どこ連れていこうとしてたの」
少女は起き上がると両手を腰に当てて仁王立ちした。こうして見下ろされると、やはり顔は整っており、特に月光に照らされ輝く瞳は魅力的だ。
「あの…お金がなくて、売ったら高いかなって、町に…」
「売るなよ」
「あっスミマセン」
「売るな! こんなに! 可愛い! 美少女ドラゴン魔王を!!」
「…は」
あまりの形相にたじろいでしまったが、今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
「魔王…?」
「ああ。知らないのか? この辺りは全部私、リリア様の領土だぞ」
「…えっ俺魔王を売ろうとしたの?」
「そうだ」
「…」
俺は何も言わずに土下座した。
「…あの、聞きたい事が…」
「何だ?」
「何であんなに魔王がベロベロに酔ってたん?」
「暇でな…この辺り全部私の物だし、強い敵もいないし、酒しかないんだよ酒しか」
やはりこの魔王…利用すれば滅茶苦茶に強いのでは?
「そうだ魔王様! 一つ提案が!」
「えっ何、急に寄ってこないで」
「もしよければ、暇つぶしに俺、広田直樹を利用しません?」
「利用? お前を殺しても別に楽しくはないが」
「いや殺さないで? そうじゃなくて、別の方法で!」
「ふむ…」
よし、食いついた。
「ただ、それにはちょっと対価が」
「言ってみろ」
「いくらかお金が必要でして…」
「それだけ?」
「ええ、ええ! どうでしょう、きっと楽しいですよ?」
「分かった、もし面白かったら好きなだけ金をやる。だが面白くなかったら一ゴールドも出さんからな」
っしゃ、俺の勝ち。まだ勝負は始まってないって?
俺にはもう見えてるよ、勝ち目は。さっきから威厳のある喋り方してるようだが、見逃していない。道端に生えてる猫じゃらしに興味津々なのがなァ!
何なら自分の尻尾も気になるようで。つまり、この魔王とか言う奴、賢そうに装っているだけで、本当の頭のレベルは、
ペットレベル
な訳よ!
俺は道端の猫じゃらしを掴み引っこ抜く。そして、昔飼っていた猫をじゃらした時を思い出しながら動かす。
「…く…」
「おや? どうしたんですか魔王様? これが気になりますか?」
「これは…うぐぐ…」
「ほれほれ~」
地を這いずりまわる虫が急に飛ぶように、猫じゃらしを天高くへ振る。
「あう、あ…」
追いかけようとして、最後の最後で歯止めが効いているようだ。
ならばこれだッ…!
猫じゃらしを左右に素早く移動させる。
「あ…ふわふわ…うぁ…みぎひだり…はう…」
「ほらほら、この動きなら…?」
「あ、あ、待ってぇ! 虫さん! 虫! 虫!」
「よっしゃ釣れた!」
遂に止まらなくなった狩猟本能。釣り竿のように猫じゃらしを振り、大きな影がそれを追う。気分はまるで海のマグロ釣りであった。
四足歩行で一心不乱に猫じゃらしを追いかけるその姿。やはり昔飼っていた猫に似ている。そういや魔王の名前はリリアと言ったか。家の猫はリリーだったな。髪のカスタード色も、リリーの毛色に似ており、翡翠の瞳もそっくりで…。
猫じゃらし、好きだったなぁ…。
その後も魔王の膨大な体力がなくなるまで猫じゃらしを振り続け、何とか満足させる事ができた。
「くっ、人間もやりおるな…」
四つん這いでゼーハーと息を切らしながら不敵に笑っている。さっきまで猫じゃらしで遊んでた癖に。
「本当に楽しませるとはな。さて、どのくらい欲しい?」
「んじゃ、ざっと10万くらい…」
「たったの10万でいいのか? お前なら10億とか言いそうだなって思ってたのに」
「俺どう見えてるんですか…」
「少女誘拐して売りさばこうとしてた人」
…否定できねぇ。
「じゃあ、万札が10枚で…10万な」
「はい、確かに」
「人間は貧弱だからな。気を付けて帰れよ」
「はいはい」
これで魔王ともお別れと考えると少し寂しさも感じるが、どうしようもできないのでさっさと帰る。ただ、無邪気にじゃれていたあの顔、動き、見た目。
全部懐かしくて、気を許したら泣きそうになる。
だから、後ろは振り返らない。
またな、魔王様。
「なあ、人間」
声がした。
「2人目の魔王にならないか?」
「はぁ?」
なんとなく、だけど確実に、ここから俺らの物語は始まるんだなって、気がした。
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