オマケ2 日本ファンタジーノベル大賞に本タジーは排された!は本当か?

 今回、広く見識や当時の資料、意見を募ったことで議論が広まったのか、見知らぬところで日本ファンタジーノベルの賞が始まったその時代に賞輩出作品を受け取った人々が、所感を述べたり、お持ちの資料を一部公開してくださっていました。

 まずは末端の私の呼びかけを呼び水に、当時の貴重なお話をWeb上に上げてくださったことに、厚くお礼申し上げたいと思います。


 さて。


 確かにTwitterの諸兄諸姉の言説によると、ヒロイックはとらない、いや、ファンタジー=教条的な救済と回復がほとんどだったから打破したかっただけだぞ? とけんけんがくがくしてらっしゃいました。


 証言だけでは埒があきそうにありません。


 なので、Twitterより引用させていただきまして、私なりの読み込み解説をしてみたいと思います。


 オマケなので、私はこの文脈をどう読んだか、というのが気になる方はお付き合いよろしくお願いいたします。


 ちなみにおさらい。

 日本ファンタジーノベル大賞

 1989年に第一回が始まり、第一回で以下


 大賞 後宮小説 酒見賢一

 優秀賞 宇宙のみなもとの滝 山口泉


 の作品が賞を取っています。


 主催は最初、三井不動産販売。

 今は別になっています。


 引用はじめ――――――


 ファンタジーノベル大賞に『後宮小説』が突然選ばれては混乱するばかりであろう、と懸念されたのである。

 しかし、その懸念を救う作品もまた、今回の応募作品には含まれていた。山口泉『宇宙のみなもとの滝』である。

 この作品もまた、『後宮小説』に匹敵する硬質な言語空間を持つ。さらに世界の入れ子構造を暗示させる。“劇中劇“の趣向を取るに至っては、ただ者の技とも思えなかった。唯一、山口泉にはコールリジから宮沢賢治に直列する建設神デミウルゴスの真摯さがあり、笑い飛ばすよりは抱擁する優しさにおいて酒見賢一の作品と対立していた。大賞はこの二作のどちらかしか考えられぬ。

 実は私もかつては山口泉のようなファンタジーが好きであった。しかしこの系列の作品がファンタジーノベルを去勢し、女性化させる危険を孕んでいることにも、最近気づきだした。なぜなら、ファンタジは『指輪物語』のトールキンがそう宣言して以来、救済と幸福の物語と定義されるに至り、自己建設と救済探索の同義語となったからである。最終選考に残った他の三編は、その意味で、私にとっては泥沼に落ちた典型的な作品に思えたのである。

 しかし、違う。ファンタジーの目指す世界は、すでに述べたように本来、自己建設のみでなく自己破壊でもある。ファンタジーの輪郭を再度示す意味でも、私は『後宮小説』を推すことにした。同時に、他の四委員が山口泉の力作を採られこそすれ、まさか『後宮小説』は押されないだろうとの見通しがあったことをも、告白しておきたい。


 引用おわり――――――後宮小説、付録の荒俣宏氏の選評、Twitterより引用

 https://twitter.com/kasuga391/status/1700486903680954623


 結果的に、大賞を『後宮小説』がとり、『宇宙のみなもとの滝』が優秀賞をとって、共に出版されています。




 上記にあるように、ヒロイックファンタジーの系譜である『宇宙のみなもとの滝』も大賞をとってもおかしくない状況でした。また荒俣宏氏本人も、大好きだったけれどこれ一辺倒になると多様性が失われるのでは、とも考えていたようです。

 私はこの選評を読み、また今回調べた結果89年まで豊富に出版されていたヒロイック作品を知って、「ヒロイックファンタジーは日本ファンタジーノベル大賞に排された」という所感とはまた違う印象を受けました。

 荒俣宏氏が最初からヒロイックを排す気でいれば悩まずに後宮小説を押していたし、苦悩が選評にて書かれることもなかったでしょう。


 本タジー提唱者が「ライトノベルが先鋭化している」という懸念をしていました。

 それと同じように、当時ファンタジーに対してそういった思いを荒俣氏も持っていたとすれば、その先鋭化を止め広がりを持たせる決断をした荒俣氏を、本タジー提唱者が責めるいわれはないのでは、と私は思ってしまいました。


 そして、すでにヒロイックの土壌は潤沢で、つまりはそこをまた土台に書きたい人は書くし、何かを作りたくなれば作る。

 そういった循環とも言える状態にまで、ヒロイックファンタジーはすでに育ちきっていたとも言えるのかなと思いました。

 そうなると、人は新たなものを探したくなる、というものです。

 また、ただ建てるだけに飽き足らなくなるのも人のさがかもしれません。

 そして、


 引用はじめ――――――


 ファンタジーばかりでなく日本文学全体を吹き飛ばす奇想の力が、文学に帰ってくることを祈りながら、私はこの結果に満足した。


 引用おわり――――――後宮小説、付録の荒俣宏氏の選評、Twitterより引用

 https://twitter.com/kasuga391/status/1700486903680954623


 とあるように、ヒロイックファンタジーに押されて、もしかしたらですが……奇想、日本の幻想ともいうべき分野が、あまり注目されなくなっていた可能性もあります。

 ここは調べてません、流石に疲れたのです……。


 どちらも空想という観点からいけば「同じ」とも言える。

 そこをプラスアルファして、ふくよかな広義のファンタジーな賞にしたかったのかもしれないなぁとも思いました。


 ともあれ、選出結果は、日本の奇想の流れ?の『後宮小説』と、おそらくヒロイックの流れ?の『宇宙のみなもとの滝』両方とも世にでたわけで。

 私としては「この賞が大賞にヒロイックをとらなかった」からヒロイック小説がなくなった、とは考えにくかったことをここに記しておきたいと思います。


 文化は多面的です。

 小説だけでなく、漫画も、映画も、ゲームも、もしかしたら絵画や他のものにまで。

 小説を読んだからといって、その憧れた世界を小説に展開するとは限らないのではないか。

 読んだ子供たちが、ゲームにも触れ、もしかしたらこのゲーム機で読んだ小説のような世界を動かしてみたい、と思ったかもしれない。

 読んだ大人が、こんな映画を作ってみたいと思い渡米していったかもしれない。

 読んだ人が、こんな世界観を絵で表現してみたいと絵筆を握ったかもしれない。


 少なくとも、減ってはいない。

 そう断言したっていいかな。

 私はそう、考えています。

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