第2話 俺が絶対に守るから

 その日もマルティカは下級兵士と共に、瘴気が立ち昇る奈落渦へと駆り出された。


 上級の腕の立つ騎士は王子であるロザックを守る為に確保されている。つまり同行している兵士はマルティカの護衛を割り振られたと同時に、捨て駒として見捨てられたようなものだった。現に今まで生きて戻ってきた兵士や騎士は皆無、帰還はいつもマルティカ一人だった。


 森の奥へと進む度に兵士の啜り泣く声に遠慮がなくなり、一行の士気を落としていた。泣きたい気持ちは一緒なのに、いつまでも赤ん坊のように泣き続けて。次第にイライラが積もり積もり、遂に限界に達してしまった。


「———っ、誰だよ! さっきからグズグズ泣きやがって! 辛気臭ェだろ⁉︎」


 とうとう堪忍の袋の緒が切れた一人の兵士が、感情に任せて怒鳴り散らした。だがどちらの気持ちも分かる為、誰も責めることをしなかったし、同時に止めようともしなかった。


「だって無理だよォ! あの強力な兵器を大量に量産して保有していたガラドス帝国ですら、魔族に殲滅されたんだ! フィガー王国なんて、きっともう」

「そうならないように闘ってるんだろう! それに自分達の国の為に、生命を削って戦っている聖女様に申し訳ないと思わないのか? 今できることは聖女様が生き残れるように、守って差し上げることだろ?」


 こんなに声を上げて擁護されたことがなかったマルティカは、不慣れな喜びをどうすればいいのか戸惑っていた。


 下級兵士には珍しい、大柄で見かけない服装の男。声を掛けようと手を伸ばした瞬間、魔物の雄叫びが響き渡った。


 凶悪なモンスター、ポイズンウルフの群れだ。


 大柄な男は取り乱して逃げまとう兵士達の前に聳え立ち「聖女様を守れ!」と我先に飛び込んだ。

 慣れた手つきで二、三匹は薙ぎ倒したもの、斬撃を避けたウルフの牙が容赦なく兵士の腕を噛んで荒々しく食い下がった。


 ダメだ、このままじゃ全滅してしまう。早く瘴気を浄化しなければ!


 だが他の護衛も次々に倒され、とうとうマルティカ一人になってしまった。精一杯抵抗したが、生命力を出し尽くして疲労困憊した彼女には、立ち上がる力すら残っていなかった。


 ここまでなのかもしれない……。

 泥まみれになりながらも這いつくばって、諦めるように瞼を閉じた。



 ———だが、そんな彼女の耳に届いたのは、魔物の断裂魔の叫び声。


「聖女様、遅くなった! 無事か⁉︎」


 見上げた視界に飛び込んできたのは、先陣を切って闘った兵士だった。彼は傷だらけになりながらも、助けに駆けつけてくれたのだ。


 死ぬかと思った。もうダメだと諦めかけていた。

 だが彼の力強い目を見た瞬間、生きたいと涙が溢れてきた。


「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ! 私、私……っ!」


 血塗れとか泥だらけとか、そんなこと全て忘れて、子供のように泣き縋った。無我夢中に今までの感情を全て出し尽くした。


 そんなギリギリまで追い詰められていた彼女を、兵士レツァードも優しく慰めた。


 そうだ、いくら聖女とはいえ齢十八の少女だ。そんな彼女一人に責務を押し付けて我ながら情けないと悔やんだが、今はその時ではない。決意する様に強く奥歯を噛み締めて、突き放すように腕をつかんだ。


「大丈夫です。これから俺が守ります。だから聖女様は浄化に専念してください」


 初めて間近で見たレツァードの顔は怯むほどの強面だったが、その奥の力強く想いと僅かに上がった口角に安堵を覚え、少しずつ落ち着きを取り戻した。

 マルティカは覚悟を決めて、封魔の詠唱を始めた。


 それと同時に魔物達も阻止しようと集まり出したが、立ち塞がったレツァードが尽く薙ぎ倒し、約束通りに守り続けてくれた。


 何て心強いのだろう。

 彼になら、安心して背中を預けられる。


 こうしてマルティカは、初めて瘴気の奈落渦の浄化を成し遂げた。


 その成果は今までと比べものにならない効果を発揮し、腐臭を漂わせていた沼が魔力を帯びた透き通る湖へと変貌を遂げる程だった。

 触れるだけで生気が蘇り、マルティカの痩せ細り干からびた皮膚にも、瑞々しい張りが戻った。


「良かった、これでしばらくは大丈……」

「聖女様!」


 安堵して倒れ込んだマルティカを抱き上げたレツァードは、泥や返り血で汚れた顔を優しく拭上げ、そして驚いた。


 ゴブリンのように醜く貧相と噂されていた聖女だったが、自分の腕の中で眠る彼女は噂とは全く異なる姿を成していたのだ。


 熟練の職人によって、精巧に創造された陶器人形のような可愛らしい顔立ち。薄いピンク色を帯びた唇に、透き通るような滑らかな肌。力尽きた聖女に精霊が寄り添い、本来の姿を取り戻してくれたのだ。


 こんなか弱い女性が過酷な討伐に駆り出されるなんて。他国の決め事とは言え、不遇過ぎる扱いに残酷だと胸が痛む。


「これからは俺が、貴女をお守りします」


 レツァードは神に誓うように、マルティカを優しく抱擁した。




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