第18話 幼馴染にバレた

 目が覚めると夕方で、今度は逆側の窓から差し込む夕日の眩しさで目が覚める。


「また変な夢を……」


 俺はソファの上で起き上がる。

 父があんなことを言うからまた変な夢を見てしまったとため息を付きながら頭を掻いていた。


 それにしても植野にはあんな酷いことをしたのに、次の日からストーカーのように追いかけて来ていたのが不思議だ。話しかけて来ても無視を決め込んでいたのに、毎日のように追いかけて来ていて、もう一度友達になろうとしつこく話しかけて来たのを覚えている。


 もう今となっては、お互いもうあの時の事は忘れようと言って幼馴染と言う枠組みで収まっているが、他の人が聞いたらなんでそこまでされて仲良くいられるんだよと言われるんだろうな。


「てかめっちゃ体軽い……」


 体温計を取り出して脇に差して、ワイヤレス充電器の上に置いてあったスマホの電源を押してみると、画面が付かなかった。


「あれ?なんで?壊れた?」


 何度も長押しするが全く反応はしない……。これってまさかと思いながらワイヤレス充電器の電源コードを見るとやっぱり刺さっていなかった。


 やっぱりかと一気にテンションが下がる。まぁ俺がちゃんと確認していなかったのが悪いと反省して、コンセント刺しに立ち上がろうとすると脇に差していた体温計が鳴る。


「36度か。完全に治ってるな」


 治って良かったと一安心していると、クレアが帰ってきたのか玄関のドアを開く音がする。


「ただいまー」

「おかえり」


 玄関へ向かうと買い物袋を持ったクレアが立っていた。あれ?昨日買い物したばっかだよな?というツッコミはさておき、俺の姿を見たクレアは驚いた顔で見張っていた。


「友太君、もう大丈夫なの?」

「あぁ。さっき熱計ったら36度だったから大丈夫だよ」

「治って良かったねー」


 クレアは俺の頭を優しく撫でてくれていたが、「ありがとう」と言いながら俺はクレアの腕を持ってやめさせる。


「ところで友太君ー。スーパーでケーキのフェアをやってたのー。食べる?」

「おう……」


 俺とクレアはリビングに移動すると買い物袋の中からカットされたショートケーキが2つ入った菓子用トレーを取り出し机の上に置いた。それは1つだけではなく、他にもチョコケーキやチーズケーキが入った物もあり、かなりの数を購入して来ているようだ。


「買いすぎだろ……」

「えへへー。おいしそうだったからいっぱい買っちゃった」


 呆れる俺の顔を見ながらクレアは小さくテヘペロをするような顔をしながら机の上に2つのお皿とフォークを用意した。それにしてもフェアというだけあってかなりいいところのお店のようでかなりおしゃれなシールが蓋に貼られていた。


「友太君、何食べるー?」

「チーズケーキでいいよ」

「じゃあー私はショートケーキー」


 お互い違う種類のケーキの入ったトレーを自分の方に寄せ、蓋を開けてケーキを1つお皿に載せる。するとクレアは突然「あ、そうだ」と言いながら立ち上がってキッチンに向かう。


「そうだ。ケーキには紅茶が合うんだよ?」


 そう言いながらクレアは紅茶のティーバックを急須の中に入れ、お湯を入れて準備を始めた。


 あぁそうだ。忘れないうちのあの事話しておくか……と俺は意を決してクレアに話を切り出した。


「クレア。1つ話しておきたいことがある……」

「なあに?そんなに改まって?」


 クレアはカップをキッチンの上に並べながら笑顔で話を聞いていた。大丈夫だろうか?この話で怒ったりしないよな……?いやでも話しておかなきゃならないことだ。


「植野にお前が俺の妹だって事話そうと思うんだ」


 その話をした瞬間クレアの動いていた手が一瞬止まったように見えた。まずい怒らせてしまったかな?だがクレアは机の方に向かって歩いてきて紅茶の入ったカップを机に置いて笑顔でこちらを向いた。


「いいんじゃない?幼馴染なんだし秘密は酷なんじゃない?って私も思ってたから……」

「そうだよな……。でさお前が父さんに言われた事だけは秘密にしといてほしいんだ」


 きょとんとした顔でクレアはこちらを見つめていたが、関係ないこのまま話しを続ける。


「アイツは俺が友達を作る事を良く思っていない。むしろもう二度と作ってほしくないと思ってる。そんな植野がクレアのやろうとしていること……むぐ!!」

「小難しい話は嫌いー」


 そう言いながら俺の口のロールケーキを突っ込み話を遮る。ロールケーキも買って来てたのかよ……と呆れながら押し込まれたロールケーキを一口食べた。


「お前なぁ……」

「ようするに、ギスギスしちゃうからやめてってことでしょ?」

「まぁそういうことだ」

「じゃあそう言ってほしかったー」


 机の下で足をばたつかせて頬を小さく膨らませて少し怒っていた。


 さて1つ目のケーキを食べ終えて、最後の1つのケーキに手を伸ばそうとするとクレアじっとチーズケーキを見つめていた。


「ところでチーズケーキおいしい?」

「おいしいぞ……?」


 チーズケーキを皿に載せようとするとクレアは目を輝かせてずっと見つめていた。なんだろう?食べたいのかな……?


「食べたいのか?」


 俺が聞くと予想通り首を縦に何度も振っていた。


「じゃあ、あげるよ」


 皿ごとクレアの方に差し出すと、先程まで笑顔だったのにあからさまに機嫌が悪くなっていったのが分かった。これもしかしてあーんしてほしいとか思ってるんじゃ……。昨日やってあげたんだから私もやってほしいなんていいそうな顔してるな。


 しょうがないなぁと思いながらチーズケーキをフォークで一口サイズに切り分けて差し出した。


「ほら、これでいいか?」


 クレアの顔が晴れ渡るように笑顔になり小さな口を開けて切り分けたチーズケーキを食べて「おいしいー」と幸せそうに味わっていた。「ふぅ……」と安堵して自分の分のチーズケーキを食べようとすると、目の前にショートケーキが刺さったフォークを差し出される。


「俺は別に……いいよ」


 きっぱりと断ると一瞬にして部屋の中の温度が下がったのを感じたので、まさかと思ってクレアの顔を見ると目に涙を浮かべながら頬をふくまらせるクレアの姿があった。ハリセンボンみたいだ……と笑いそうになったがなんとか我慢して堪える。


 一通りクレアの可愛い顔を堪能したところで「ごめんって」と言いながら差し出されたショートケーキを食べた。


「おいしい?」

「うん、おいしいよ」


 素直にショートケーキを食べた俺にクレアはえらいえらいと優しく撫でていた。クレアは本当に人の事を甘やかす事が好きなんだなぁと今度こそチーズケーキに手を付けようとした時だった。


 突如として何かが床に落ちる音がした。咄嗟に俺とクレアは音がした方向を向くと、俺は幻影でも見ているんだろうか?その姿を見て血の気が引いて行くのを感じた。


「植野さん……?」


 そこにいたのは目に涙を浮かべて、口を両手で抑え唖然とした表情をしてこちらを見ていた制服姿の植野だった。床にはクレアと同じスーパー買い物袋が落ちていて、クレアの買ってきたものと同じケーキ袋から床に転がった。


「俺とクレアはお前が思っている関係じゃ……」


 説得するように俺は植野の方へ近づこうとすると、植野は逃げるように俺の家から出ていく。


 その後ろを追いかけるように家から出ると、自分の家に向かって走っている植野の姿を捉えた。病み上がりだけど、この距離なら追いつけそうだと確信し俺は植野の後ろを追いかけた。


「ちょ、ちょっと待って友太君!!」


 家から出てきたクレアの声を無視して植野の走っている方角に向かって追いかけた。やっぱり病み上がりだときついな……。体力の消耗が激しい。


 暫くしてやはり俺の思惑通り、少し離れた場所にある橋の歩道で植野の腕を捕まえる。  「離して!!」と強く俺の腕を振り払おうとするが、それに対して俺は冷静に「落ち着け!」と植野の肩を両手で掴んで促した。


「俺とクレアはお前が思ってる関係じゃない。父さんがイギリスで結婚してできた義理の妹なんだよ!!」


 こんなタイミングではあるが、植野に今まで隠していた事をカミングアウトする。周囲にいた人がなんだ?なんだ?と言う目で見ながら通り過ぎていたが今は関係ない。


「なんで今まで隠してたの……?」

「それは……ごめん……」


 顔を下に向ける植野へクレアのしようとしていたことに対する咄嗟の言い訳が全く思いつかず、ただ謝る事しかできず、肩を抑えていた両手を離した。


 手を離した瞬間に植野は体を震わせながら、涙でくしゃくしゃになった顔を俺に向ける。


「私達幼馴染で友達だよね……?」

「そうに決ま……」

「嘘つき!!!!!」


 突然振り立てられた声に俺の肌は栗立っていた。今までに植野がこれほどまでに感情的になって大声を出したことがあっただろうか?いや俺の記憶にはない……。


「だって友達と思ってたらクレアさんが妹だって隠すことなかったじゃない!!!!」

「……」

「また私を1人にするの……?」


 初めて感情的になった植野姿を見た俺は何も言う事が出来ずにただただ無言で立っているだけだった。


 何も言い返せない俺を見た植野は目から大粒の涙を流し始めたかと思うと、手を伸ばして思いっきり俺の顔を思いっきり強く引っ叩いてそのまま走り去って行ってしまった。


「友太君……」


 後ろを見ると案じ顔で立っているクレアがいた。おそらく今のやり取りを全部見ていたのだろう……。


 なんでもっと早く話さなかったんだろう……と俺の心を後悔の念が押しつぶしていた。

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