第16話 妹に看病された part2

 夕食を食べ終わった後、クレアの買ってきた風邪薬、ビタミン剤を飲んでソファに力なく横たわる。本当に俺一人だったらどうなってたことやら……。マジで感謝だなとキッチンで土鍋を洗うクレアの背中を見て考えていた。


 暫くソファで横になっていると、猛烈に体の温度が上がってきているのを感じていた。本格的に風邪の症状が本気を出してきたようで呼吸も荒くなってきていて体は汗まみれになっていた。このままではまずいな……。汗まみれのままだと体が冷えてしまう……。クレアにお湯とタオルを……。


「友太君。拭いてあげようか?」


 見上げるとお湯を入れた洗面器とタオルを持って心配そうに見つめるクレアがいた。凄まじい速さで持ってきたなと感心しているとクレアは布団を勢いよく「そーれ」と言いながら捲りあげる。


「自分で拭くからタオル絞って寄越せ!」


 俺は慌てて顔を赤らめながらタオルを取ろうとするが、クレアは「ダーメ」と言いながら振り払った。


「体が弱ってるんだから、あまり動かしちゃダメだよ?」

「そりゃそうだけど……」

「ほーら? 脱がすよ?」


 そう言いながら俺のカッターシャツのボタンを1つずつ外していくクレア。弱っていた俺は抵抗できずにそのまま上半身裸となってしまっていた。だらしない身体をしているつもりはないが、それでもすごく恥ずかしい。


「本当に汗でびしょびしょだね……。体が冷えないうちに拭くね?」

「おう」


 洗面器にタオルを付けて絞ったクレアは俺の体を拭き始める。生まれて初めて拭いてもらったがこんなに気持ち良かったんだと安楽に耽っていた。それと同時になんかいけないことをクレアにさせてしまっている背徳感も少しあった。


 そんな気持ちに浸っているといつの間にか上半身を拭き終わっていて、洗面器にまたタオルを付けて洗っていた。ようやく終わったと安堵していると、クレアがズボンに手を差し伸べた。


「次は下だねー」

「流石にやめてくれ!!」


 俺は慌ててズボンを下そうとするクレアを止めようとするが、もう既にズボンは下ろされていて俺は「いやあああああ!!」という情けない悲鳴を上げていた。


「別に恥ずかしがらなくてもいいよ。私は気にしないからー」

「俺は気にするんだよ!!」


 クレアは俺がパニックになって叫んでいる間にも、絞ったタオルで拭いていた。普通女子はパン1男子を見たら悲鳴を上げて目を隠したりしそうだがクレアは本当に気にしていないようだ。


 少ししてようやく拭き終わると俺は安堵のため息をつく。トランクスを下されなかった事が不幸中の幸いか……。


「じゃあ着替え置いとくね」


 洗面器とタオルを片付けたクレアは目の前に机の上へ綺麗に折り畳まれた俺の着替えを置いた。


「すまんな……何から何まで……」

「ううん、気にしないでー。じゃあ私部屋に戻るから」


 クレアはお盆の上にマグカップと紅茶のティーバックが入った急須を持って自分の部屋へと戻って行った。なるほどアイツは夜に紅茶を飲んでたのか……。俺がずっと部屋に籠っていたから気が付かなかっただけかと納得する。


「はぁ……やっと終わった……」


 リビングで一人になった後ようやく終わったとまた安堵のため息をつく。


 クレアは俺のために尽くしてくれるのは嬉しいが、少しやりすぎな面もある……。倒れるまで無理してしまった自分にも非はあるが。本当に亡くなった俺のお母さんそっくりだな……。と俺は考えながら一人で笑っていた。


 ん?待てよ?ここで意識を失っていた時の事を思い出す。なんで唐突に亡くなった母が出て来る夢を見ていたんだろうか?そういえば、起きた時にクレアが抱きしめるように布団の上に覆いかぶさっていたような……?


 まさかそれでクレアの温もりを俺の体が亡くなった母の温もりと勘違いして……??いやいやそんなはずは……。まだ俺と同じ年齢だぞ?アイツに俺の母と同じような温もりなんて……。


 そんな事を考えていると限界を迎えたのか頭がズキンと痛みだしていた。今日はもう寝よう……。俺は机の上にあるスイッチを押してリビングの電気を消し、布団を顔まで被り深い眠りについたのだった。


 

 

 次の日の朝。リビングの天井近くにある窓から差し込む朝日によって目が覚める。スマホの画面を表示すると5時半を差していた。まだ起きるには早いがとりあえずトイレへ行くために起き上がろうとすると、体が重くて起き上がれなかった。この重さは体がだるいという意味の重さではない。まるで体に鉛がついているような重さだ……。


 この感覚はまさか……。俺はそう思いながら毛布を勢いよく捲りあげる。すると予想通りマスクを付けてすやすやと気持ちよさそうに俺の体に抱き着いて寝るクレアの姿があった。


「はぁ……おい……起きろ!」


 俺はため息交じりにクレアの体を揺さぶると、目を擦りながらクレアは起き上がった。


「ん……おはよう」

「お前なんでまた……」

「だって……、うなされてたから……」


 クレアはそう言いながら案じ顔をしていたが、変な悪夢を見た覚えもないし、だるくて何度も起き上がった覚えはなかった。絶対に嘘をついているような感じだったが、まぁうなされていたという事にしておこう……。


「うつっても知らないぞ……?」

「うつったら、今度は友太君に看病してもらえるね」


 と笑顔で言っていたが、俺は呆れながら「自分で直せ」とバッサリ切り捨てるように言った。


「うわーん。友太君のいじわるー」

「冗談だ」

「じゃあ本当に看病してくれるんだね?ありがとうー!」

「抱き着くなー!! マジでうつるぞ」


 クレアは何度もありがとう、ありがとうと言いながらぎゅーと5分程俺の事を抱きしめていた。


「朝ごはん作るね」


 気が済んだのかようやく俺から離れたクレアはキッチンへ立って、朝食の準備を始めた。


 俺はその間、机に置いていた体温計を脇に差していた。


「今日は休むね……友太君が心配だし」

「いや、お前は行け」

「なんでー?」


 悲し気な顔をしてこちらに向かってくるクレア。やっぱわかっていなかったかと何回目かわからないため息をついた。


「わかってないのか? 昨日の朝お前がくっついてきたせいで、俺とお前が付き合ってるって噂になってるって」

「そうなの?」


 そう。昨日の朝のホームルーム前に小原と妖神をやっていた時にクレアが近づいてきて、俺にくっついてきた事が瞬く間にクラス中、いや学校中の噂になっていたのだ。


 ただでさえ外国からの転校生、そして銀髪で可憐な見た目の彼女が、一人の男子とくっついてイチャイチャしていたら、そりゃ噂になるわと言う話で俺が体育館に行く時も何人もの男子生徒や女子生徒に「クレアさんと付き合ってるんですか?」とか「なんでお前なんかクレアさんと」などと集中砲火を浴びせられていた。


 そんな時に俺が風邪を引いて、尚且つクレアが休むとなればそれはもう完全に匂わせとなるわけで……。


「お前何でくっついてきたんだ?」

「だって……友太君に甘えたかったから……」

「本当か?」

「だって寂しいんだもん!! 他人の振りだなんて!!」

「寂しいのはわかるけど……今度からはやめてくれ……それと絶対学校へは行け」

「本当に大丈夫?」


 心配そうな顔をするクレアに、丁度良く鳴った体温計の液晶を見せつける。


「ほら、体温も昨日は38度だったけど37度まで下がってる。心配するな」

「友太君がそこまで言うなら……」


 そう言ってクレアは身支度をするために自分の部屋へ走って行った。それを見届けた俺は安堵のため息を付き、スマホを手に取って小原にLINEをする。


『おはよう。風邪引いたから休むわ』

『やっぱ風邪ひいてたかー、大丈夫か?』

『まぁなんとかな。担任に報告頼むわ』

『了解。帰りに麗奈とお見舞いにいこうか?』

『いや大丈夫だ。』

『そうか? まぁお大事になー』


 俺はLINEを閉じて机の上にスマホを置いてもう一度横になった。『もったいないなー麗奈の料理食べられるチャンスだったのにー』と通知が来たが返信をする気にはなれなかった。


 てかなんか忘れてる気がするんだよなぁ……と俺の心の中には何かがひっかかていた。

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