第10話 幼馴染と転校生で昼食を食べた

 昼休憩俺は一人で昼食を取ろうと弁当箱を取り出す。今日、小原は他の友達と共に食堂に行っている。どうやら新メニューが出たらしい。俺はそんなものには興味がないので教室で一人食べる事にした。

 

 それにしてもまたハート型のおにぎりとかにしてないだろうか?恐る恐る周りを見ながら開けると現れたのは普通の形をしたおにぎりだった。良かったとほっと胸を撫でおろす。


「久野原君」


 突然声を掛けられ振り向くとそこにいたのは、いつもの女友達2人を引き連れたクレアだった。


「な、何か用?」

「一緒にお弁当食べませんか?」

「え!? クレアちゃん!?」


 その言葉で教室にいた生徒の視線が一斉に俺の方を向く。隣にいた二人の女友達は事前に何も聞いていなかったのか驚いた顔をしていた。


 クレアめ……朝の時といい何を企んでやがるんだ?ニコニコと笑うクレアに向かって疑いの目を向けていると、隣にいた二人の女友達は急に怯えた顔をする。


「久野原君迷惑だったよね……?」

「ごめんね!急に押しかけて!」

「ちょ……お二人とも……」


 二人は口々に言うとクレアの制止を振り切って教室から足早に出て行ってしまう。俺、なんか変なことしてしまったんだろうか?次からは気を付けよう……。


 暗い表情で友達が走っていた方向を見ていたが、すぐに気持ちを切り替え僕の方を向いた。


「あの……私一人でもいいですか?」

「いいけど……」

「やった! ありがとうございますー」

 

 飛び跳ねるように喜ぶと僕の前の席に座り、小さなピンク色のハートが散りばめられたお弁当箱を置いた。


 周りからは嫉妬の眼差しが降り注いで痛すぎる。それに対してクレアはまったく気にしていない様子だったが……。


「久野原君のお弁当おいしそうですね」

「ど、どうも」


 お前が作ったお弁当だけどなと呆れていると、机の上にまた別のお弁当箱が置かれる。


「クレアさんと食べてたんだ、私も一緒に食べて良い?」

「いいですよ」


 僕の隣に立っていた植野の問いかけに快く承諾すると、俺の隣の席から椅子を引っ張って来て、俺とクレアにはさまれるような形で座った。


 ていうか俺にも断りを入れるべきだろうよ……。まぁいいけど。

 

 

 暫く俺達3人は何もしゃべらずに黙々と食べていた。それにしてもまさか女子二人に囲まれて昼ご飯を食べる日が来るとは……。まぁこれもクレアが来なければこんな事には一生縁がなかっただろう。


「久野原、そのミニハンバーグおいしいそうだね」

「コンビニの惣菜だけどな」

「私の卵焼きと交換しない?」

「別にいいけど」


 指差してきたミニハンバーグを植野に渡すと、俺は差し出された弁当箱から手で卵焼きを掴んでそのまま口に運ぶと、甘さと滑らかさが口いっぱいに広がり、出汁の風味と甘さが絶妙なアクセントになっていた。


「どう? おいしい?」

「うん、甘くてうまい……」


 とても嬉しそうにニッコリと植野は笑った。この出汁の効いた甘味なら甘い卵焼きが苦手な俺でも美味しく食べられそうだ。


 そういえば植野とは昔はこうやってお弁当のおかずを交換し合ったりしたっけ……。懐かしい思い出が頭の中に錯綜する。


 高校生になってからもこうやって交換し合える仲でいてくれた植野には感謝だな……。


「良かったらもっと食べてよ」

「ありがとな」


 二人でそんな会話をしながらおかずの交換をしていると、それを見て唖然としているクレアが俺と植野に声をかける。


「日本ではそういうことよくするんですか?」

「するよ?」

「そうなんですか、イギリスではそういう事はしないので……」

「そうなのか?」

「はい。イギリスでは自分の食べるものは自分の物という解釈なので、おかずを交換しあうなんてことはしませんね……」

「へー、そうなんだ」


 そういえば昔テレビのバラエティーで見たことあったな。日本人2人がヨーロッパの料理店に行って、分け合おうとしたら店の人にダメと言われて怒られたシーンを。あれがどこの国なんだ?ってずっと思ってたけどイギリスだったのか……。


「それはイギリスだけなのか?」

「うーん、ヨーロッパの国はほとんどしないかもですね」


 僕と植野はへーと言いながらクレアの話を興味深そうに聞いていた。日本では当たり前だと思うものがヨーロッパでは違うのがとても興味深かったのだ。やはり俺も一人の人間。好奇心には勝てないのである。


 ヨーロッパに行く機会なんてないとは思うが、覚えて損はない雑学だった。植野は「もっとなんかある?」と聞いていてかなりイギリスの文化について興味を持ったようだった。その傍らクレアは俺の方を少しちらっと見ていた。


 ん?今少し唇が緩んだのは気のせいだろうか?


「ところで私とも交換しませんか?」

「いいけど……?」


 俺はほしいと指差した、からあげを1個箸でクレアの持ち上げてスタンバイしていた弁当箱に入れようとする。だがその時予想だにしない出来事が起こる。


 なんとクレアはすかさず弁当を下げて唐揚げを持った箸に顔を近づけてそのままパクっと食べてしまったのだ。


「おいしいー」

「嘘だろ……?」


 驚いている俺を横目に幸せそうな顔をしながら食べるクレア。マジでこいつはなんてことをしたんだ……。おかげで教室にいる男子の嫉妬の眼差しが、なお一層強くなってしまった。


 それは隣にいた植野も見ており、俺の事をじーっと睨みつけていた。これはまずいな……俺の中のアラームベルが鳴り響き非常事態を告げていた。


「いつからこんなに仲良くなったの?」


 小声でそう聞いてくる植野に俺は「知らないよ!」とすぐさま返した。クレアめ……やっぱり何か企んでやがるのか?

 

 くそぉ、口元が緩んでいるのをもっとはっきり見ておけば、こんなことにならなかっただろうに……。


「本当だよね?」

「だから本当だって……」


 そう言いながら言い寄る植野の顔はとても嫉妬に満ちていた。ていうかなんで植野は嫉妬を感じているんだろうか?


「だったらさ、私にも……ってよ……」

「え?」

「私にもやってよって言ってるの!」


 俺は突然の懇願に困惑する。植野まで……。


「クレアさんにはやったのに私には出来ないの?」

「あれは、たまたまそうなったというか……」

「出来ないの?」

「やります! やります!」


 植野に脅された俺はクレアに渡したミニハンバーグを震える手を抑えながら箸で摘み植野の小さな口へと運ぶ。


 俺はとても緊張していた。こんなこと小学生の時にもやってないぞ?なのに……。


 これも全てクレアのせいだ。おとなしく弁当箱で受け取っておけばいいものを……。


「おいしい……」

「なら良かった……」


 そう言うと植野は顔を赤くしながら「ありがと」と一言顔を赤くしながら呟いた。くそ……植野め、なんて可愛い顔しやがる……。こっちも恥ずかしくて照れてしまうじゃないか。


 その一部始終を間近で見ていたクレアは少しニヤついて植野に言葉をかけた。


「あれあれ?お二人は付き合ってるんですか?」

「違うわ!! ただの幼馴染よ!!」


 クレアからの質問に顔を真っ赤にしながら答える植野。俺も首を何回も縦に降って同意する。


「へーそうなんですかー」

「なによ」


 それでも尚ニヤニヤとしている様子に機嫌を悪くした植野はクレアを睨みつける。馬鹿……性悪の植野を煽るなんて言う自殺行為をなんで……。


 やばい、このままでは植野とクレアが喧嘩してしまう……。俺の中に緊張が走る。

 

「なんでもないです。私の勘違いだったみたいです」

「そう。私こそムキになってごめんなさい」


 なんとかお互い仲直りして喧嘩へと発展せずに済んだようだ。俺は安堵の息をついた。

 

 だがさっきまでクレアに対してイギリスの文化を聞いていた友好的な植野はおらず、二人の間には亀裂が入ったように見えた。

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