ちいさなくつ


お気に入りの靴があった。マジックテープで止まるちいさな靴。ももいろの絵の具を水に溶かしたみたいな、ふんわりとやさしいピンクの色。お花みたいにかわいいその靴が小さな頃の私は大好きで、どこへ行くにもその靴を履いていた。大人になってこんなに世界も広がったっていうのに、幼い頃の方がよほどアクティブだ。


やれ山へ、やれ川へ、遊園地に動物園。遠いいつかの写真の中、ころころと変わる景色の中でその靴はいつでも私と一緒にあった。ベリッとテープを剥がすのが楽しくて、意味もなくずーっとベリベリしていたら端っこに引っ付いてたお花の飾りが取れちゃって。お花、かれちゃう。なんてお母さんに大泣きした時の話を一度だけされた覚えがある。それも遠い昔の話だけど。


あの靴とお別れしたのはいつなんだろう。あれだけ気に入っていたのに、いつから履かなくなったのかは覚えていない。気づけば皆とおそろいの白い靴を履いて学校に通うようになったし、今じゃ黒い靴ばかり履く大人になった。


小さな頃なんて頻繁に足のサイズも変わるだろうし、幼児向けの服飾品なんてあれもこれも可愛い。いろんなデザインを履かせたい親心もあっただろう。知らない間にどこかで買い替えたのかもしれない。もしかしたら最終的に飽きちゃったんだろうか、小さな私。それともまた大変に泣いたんだろうか。お花、ばいばいしたくない。なんて。もしそうなら、今も誰かが覚えてくれているんだろうか。私が大好きだったあのちいさなくつのことを。

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残り香 ふたきぐさ @wister1a

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