第9話(3)外様と神様

                  ♢


「あ……」


「……」


 円とヴィオラが路上で顔を合わせ、円が気まずそうな顔をする。


「え、えっと……おはよう」


「もうお昼を過ぎていますが」


「あ、そ、そうだね、こ、こんにちは」


「こんにちは」


「はははっ……」


「体の具合は良くなりましたか?」


「うん、まあ、ぼちぼち……」


 円が顔を逸らしながら答える。


「そうですか、それはなにより……」


「いや……」


「え?」


「えっと……」


「はい?」


「ご、ごめん!」


 円が頭を下げる。


「………」


「具合が悪いというのは嘘なんだ。練習に行く気になれなくて……」


「……分かっていましたよ」


「え……?」


「どうせ他の皆さんも大方仮病でしょう……」


 ヴィオラがため息交じりに呟く。


「な、なんで分かるの?」


「なんでって……分かりませんか?」


「い、いや……」


「それは……大事なチームメイトだからです」


「!」


「考えていることくらい分かりますよ」


「で、でも。……ボ、ボクはほら、外様だし……」


「いつまでそんなことを……貴女も川崎ステラの一員です」


「う、うわ~ん、ヴィオラ~! ごめんよ~!」


「! ちょ、ちょっと、円さん⁉」


 円に急に抱き着かれて、ヴィオラは慌てる。


「ふう……」


「落ち着きました?」


 カラオケボックスの一室でヴィオラが円に尋ねる。


「う、うん……」


「あんな所で泣きつかれる身にもなってください……」


 ヴィオラが苦笑する。


「ご、ごめん……」


「まだ涙が出ていますよ、ちゃんと拭いてください」


 ヴィオラがハンカチを差し出す。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして」


「ハンカチ、洗って返すね」


「別に良いですけど……」


「いや、洗うよ!」


 円が語気を強める。


「ま、まあ、お任せします……」


「でも……本当にごめん!」


 円が頭を下げる。


「……そういう時もあるでしょう」


「なんか色々考えちゃって……」


「ふむ……」


「こういう時、どうすれば良いのか分からなくて……」


「……うたえば良いと思いますよ」


「え? 詩歌のセンスは無いよ……」


「それは詠う……」


「さえずり声は真似出来ないな……」


「それは唄う……」


「特に主義主張は無いよ……」


「それは謳う……」


「青春を……」


「それは謳歌……」


「……どういうこと?」


 円は首を傾げる。


「それはこっちの台詞ですよ、ここはカラオケボックスですよ。歌を歌う以外になにがあるのですか? ストレスは発散してしまえば良いでしょう」


 ヴィオラが曲目を選ぶ機械を渡す。


「そうか、歌か!」


「そうですよ……」


「なんでも歌っていい?」


「どうぞ」


「ちょっとマニアックな曲なんだけど……」


「構いませんよ」


「ネットで多少バズったんだよね……」


「それなら私でも知っているかもしれません」


「Aboで『角』……」


「ごめんなさい、知りませんね……」


 ヴィオラが首を傾げる。


「あ、やめとく?」


「いえ、どうぞ好きな曲を歌ってください……」


「じゃあ、失礼……。~♪」


「うん、知りませんね……」


 ヴィオラが小声で呟く。


「続けて歌っても良い?」


「ええ、どうぞ」


「ヒアソビで『モブキャラ』……」


「うん、それも知りませんね……」


「あ、知らない? 人気アニメ、『端の子』の主題歌だったんだけど……」


「本当に人気アニメですか、それ?」


 ヴィオラが戸惑う。


「まあ、失礼……。~~♪」


「うん、聴いたことありませんね……」


 ヴィオラがさらに小声で呟く。


「ああ、もう一曲歌って良いかな?」


「どうぞどうぞ……」


「胸毛ダンディズムの『ゲリマンダー』を……」


「ど、どんな曲ですか?」


 ヴィオラが困惑する。


「失礼……。~~~♪」


「ああ、政治を風刺した曲なんですね……」


「……いや~歌ってスッキリした! なんだか体を動かしたくなっちゃったな! ヴィオラ、やっぱり今からグラウンドに行こう!」


 円が元気よく走り出す。

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