第9話(1)姫様と奥様

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「あら……」


「げ……」


 川崎の街中で恋と魅蘭がばったりと顔を合わせる。


「こんな所で出会うなんて……」


「ご、ごきげんよう、ごめんあそばせ……!」


 挨拶だけして魅蘭はその場から足早に立ち去ろうとする。


「ちょっとお待ちを」


「!」


 魅蘭の前に恋がすっと立ちはだかる。


「ふっ……」


「くっ!」


「ふふっ……」


「ぎゃ、逆を突いたのに……!」


 魅蘭が面食らう。


「ふふふっ……」


「それなら!」


「ふふふの、ふっ……」


「か、緩急の変化にもついてくる……‼」


 魅蘭が戸惑う。


「ふふふふっ……」


「これなら!」


「ふふふふふっ……」


「なっ……急なターンにもかかわらず、回り込まれた⁉」


 魅蘭が困惑する。


「ふふふふふふっ……」


「あ、あの、ちょっと、どいてくださる?」


「ふふふふふふふっ……」


「いや、笑い過ぎですから!」


「……」


「急に黙った⁉」


「………」


 恋が魅蘭をじっと見つめる。


「な、なにか言いたいことがありまして?」


「……何か御用事が?」


「あ、貴女さまには関係ありませんわ!」


「用事は特に無いのですね」


「な、何を根拠にそんなことを⁉」


「こちらに用事があるなら、そちらにターンなどしないはず……」


「むっ……」


「違いますか?」


 恋が首を右側に傾げる。


「べ、別の用事を思い出したのですわ!」


「忘れているくらいなのだから、どうせ大した用事でもないのでしょう」


「うっ……」


「そうでしょう?」


 恋が首を左側に傾げる。


「と、とにかく、そこをどいてくださる⁉」


「どかしたいのなら……」


「え?」


「わたしを振り切ってご覧なさい」


 恋が両手を大きく広げる。


「ど、どうしてそうなるのですか⁉」


「どうしてもです」


「そ、そんな無茶苦茶な!」


「無茶は承知の上です」


「か、勝手に承知しないでくださる⁉」


「そもそもとして……」


「はい?」


「本日は練習日ですよ?」


「あ……」


「体調不良でお休みするというご連絡があったと思いましたが?」


「い、いや……」


「何故、こんなところをうろついているのです?」


「た、体調が回復したのですわ!」


「39℃の高熱がすぐに下がりますか?」


「む、むう……」


「両手両足の複雑骨折が治りますか?」


「そ、そこまでは言っていませんわ! 失礼します!」


「甘い!」


 抜き去ろうとする魅蘭とそれをさせまいとする恋。傍迷惑な1対1がとある路上で繰り広げられた。かれこれ小一時間ほど……。


「はあ、はあ……」


「まだまだ甘いですね……」


 膝に手をついて、肩で息をする魅蘭に対し、涼しい顔の恋が声をかける。


「ぐぬぬ……」


「でも、一ヶ月前よりははるかに成長しています。神奈川遠征の効果もあるのでしょうね」


「え……?」


「これから先、もっともっと成長出来るでしょう」


「そ、そうかしら?」


「そうですとも」


 恋が笑顔で頷く。


「そ、そうですか……あっ」


 魅蘭の腹の虫が鳴る。魅蘭が慌ててお腹をおさえる。


「ご飯は食べていないのですか?」


「朝食はちょっと抜いてしまって、お昼もまだ……」


「ふむ、それならば食べに行きましょうか。参りましょう」


 恋が魅蘭を連れてお店に行く。


「ここは……?」


「『ラーメン小次郎』です。ご存知ですか?」


「な、名前はなんとなく……ただ、ラーメンというものを食したことがありませんので……」


「ほう、ビギナーですか……ならば、ここはピッタリです。こちらのお店は、小次郎の中でも比較的ベターな店舗で、合格点をサムタイム出してくれます」


「ご、合格点を時々⁉」


「まあ、食べましょう」


 二人は店内に入る。魅蘭はなんだかんだで舌鼓を打つ。店を出た魅蘭が呟く。


「お、美味しかったですわ……」


「今のは朝食分……次はあのお店です!」


「こ、ここは……?」


「牛丼屋の『吉田屋』です。『早い!安い!旨い?』が信条です」


「旨い?って疑問形⁉」


「まあ、食べましょう……」


「……美味しかったですわ」


「これで昼食分……次は夕食分……あのお店です」


「ここは、『アルナイゼリア』? どういう意味ですの⁉」


「意味などどうでも良いでしょう。イタリアンです。和洋中制覇と行きましょう」


「……お、美味しかった! 活力が湧いてきましたわ! グラウンドに参りましょう!」


 魅蘭が威勢よく走り出す。

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