第3話(3)奥様はディフェンダー

「ごきげんよう、ヴィオラちゃん……」


「貴女は……」


 ヴィオラの後方には白色と黒色のストライプの長い髪を縦ロールにした長身で細身の大人びた女性が微笑をたたえて立っていた。女性はヴィオラの反応を見て吹き出す。


「ふふっ、それはどういうリアクションかしら?」


「い、いや……皆さん、集合して下さい!」


 ヴィオラが皆を集合させる。


「あ……」


「戻ってきたのか」


「いつの間に……」


 円たちが縦ロールの女性を見て目を丸くする。


「三人と私は久々ですが、溝ノ口さんと鷺沼さんは初めてなので、ご挨拶をお願いします」


「ええ……初めまして、百合ヶ丘恋ゆりがおかれんと申します。どうぞよろしく……」


 恋と名乗った女性が優雅にお礼をする。


「あ、は、初めまして……鷺沼魅蘭です」


「初めまして、溝ノ口最愛です。よろしくお願いします……」


「とりあえず一旦休憩を挟みます……」


 ヴィオラが告げる。円たちが恋を囲む。


「久しぶりだね」


「ええ」


 恋が頷く。


「元気にしてたのかよ?」


「見ての通りよ」


 恋が両手を広げる。


「連絡くらいくれれば良かったのに」


「本当だぜ」


「ごめんなさい、機械オンチで……」


 恋が円と真珠に向かって手を合わせる。雛子が問う。


「怪我の具合はどうなの?」


「お陰さまでもう大丈夫よ」


 恋が脚を上げてみせる。


「そ、そう……べ、別に心配なんかしてなかったけどね」


「心配して下さったのね、どうもありがとう」


「んなっ⁉」


 雛子が顔を赤くする。


「大分慕われている方のようですね……」


 最愛がその様子を見て呟く。


「ええ、でもなんというか……」


「なんというか?」


 最愛が魅蘭に視線を向ける。


「なんとも言えない『人妻感』が漂っていますわね……」


「ひ、人妻って⁉」


 最愛が戸惑う。魅蘭が問う。


「そうは思いません?」


「ま、まあ、落ち着いた方だなとは思いましたが……」


「……あれでもまだ十代ですよ」


「えっ⁉」


「ええっ⁉」


 ヴィオラの言葉に最愛と魅蘭が驚く。


「百合ヶ丘恋……その落ち着いた佇まいとプレースタイルから、川崎ステラの『奥様』として他のチームからは恐れられています」


「恐れられている……」


 最愛が呟く。


「プ、プレースタイルが奥様ってなんですの?」


 魅蘭が首を傾げる。


「貴婦人と言って下さっても良いのよ~」


「うわっ⁉」


 いつの間にか、顔を近づけてきた恋に魅蘭が驚く。最愛も驚きながら呟く。


「一瞬で距離を詰めてきた……!」


「ヴィオラちゃん、新顔二人に変なことを吹き込んでない?」


「別に……」


「吹き込んだのね。困るわ、ちゃんと紹介してくれなきゃ……」


「……己のことはプレーで語れば良いでしょう」


 恋がポンと両手を叩く。


「それもそうね……さっきの続きをしましょうよ。ただし……」


「ただし?」


「こちらのツインテールちゃんがオフェンスで、わたしがディフェンスでやりましょうよ」


 魅蘭がムッとする。


「! ツインテールちゃんではなくて鷺沼魅蘭ですわ!」


「名前は覚えてもらうものじゃなくて、刻みつけるものでしょ?」


「……上等!」


「……それでは始めます!」


 ヴィオラがボールを魅蘭に渡す。


「ふん……」


「……」


「!」


 魅蘭が一瞬ボールに視線を落とし、顔を上げたときには恋がすぐ近くまで迫っていた。


「間合いを一気に詰めに行った!」


「特別足が速いわけではないけれど、ルート取りが的確……」


 声を上げる円の横でヴィオラが呟く。


「くっ!」


 魅蘭が高速でボールをまたぐ。


「………」


「‼」


 恋が脚を伸ばし、ボールをカットしようとする。魅蘭が慌ててキープする。


「高速シザーズ(またぎ)にもまったく動じない……」


「冷静にボールを見ている観察力と長い脚を活かした守備範囲の広さが成せる業……」


 雛子の呟きにヴィオラが反応する。


「ちっ! これなら!」


 魅蘭が右足でボールをわずかに浮かせる。そして、間髪入れず、足を交差させ、左足のかかとでボールを勢いよく前に蹴り出し、恋の斜め横に抜け出そうとする。円と雛子が驚く。


「あ、あれは……!」


「トリッキーなプレーとスピードを組み合わせてきた!」


「…………」


「いや、恋はついていってるぜ!」


 真珠が声を上げる。


「⁉」


 恋のショルダータックルを食らい、魅蘭は倒れ込む。真珠が舌を巻く。


「細身なんだが、結構パワーあんだよな、あいつ……」


「最後の競り合いの局面でも負けない。それがプレー全体の自信に繋がっている……」


 ヴィオラが腕を組む。恋が魅蘭に手を差し伸べる。


「なかなか面白かったわ。ツインテールちゃん♪」


「ぐっ……」


 魅蘭は恋の手を取らず、自ら立ち上がってその場を離れる。


「あらら……まあいいわ。それじゃあお次はお嬢ちゃんがわたしのお相手ね」


「……!」


 恋からの視線を受け、最愛は身構える。

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