第2話(1)練習中の出来事

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「はい、右!」


「はっ!」


「今度は左!」


「ふっ!」


「もう一回右!」


「ほっ!」


「……ちょっと休憩しようか?」


「はい……」


「なかなか良い調子だね、溝ノ口さん」


 最愛は、円が左右交互に投げるボールをキャッチしては返し、キャッチしては返すという反復練習を行っている。


「いえ、それよりも登戸さん……」


「ボクのことは円で良いって」


「ま、円さん……申し訳ありません」


「え? 何が?」


「わたくしの練習にこうして付き合わせてしまって……」


「いやいや、溝ノ口さんが上達することが、ボクらのチームの戦力アップにもつながるわけだし、全然気にすることはないよ」


 円が手を左右に振る。


「そうですか?」


「うん、そうだよ」


「しかし、こう言ってはなんなのですが……少し単調過ぎはしませんでしょうか?」


「そうかな?」


「ええ、この間のようにもっとボールを強く蹴ってもらうとか……」


「それももちろん大事だけど、今は感覚を養うことも重要だから……」


「感覚を養う?」


「うん、キャッチングのね。基礎を固めると言った方が良いかな」


「基礎を固める……それは確かに重要ですね」


 最愛は自らの両手を見つめる。円が笑顔を見せる。


「ね?」


「では、後千回ほどお願いしますわ」


「い、いや、ちょっと、それは大変かな……」


 最愛の言葉に円が苦笑を浮かべる。


「オレが先に着いた!」


「アタシが先よ!」


 真珠と雛子が言い合いをしながらコートに入ってくる。


「オレがロッカーで着替えているとき、居なかったじゃねえか!」


「お手洗いに行ってたのよ!」


「嘘つけ!」


「なにが嘘なのよ!」


「尿意が!」


「尿意が⁉」


 真珠の言葉に雛子が面喰らう。


「ふん、返す言葉も無えようだな……」


「ア、アホ過ぎて返す言葉も無いのよ……!」


「どうでも良いけど二人ともかなりの遅刻だよ……」


 円が冷ややかな視線を二人に向ける。


「うっ……」


「む……」


「二人ともコート十周!と言いたいとこだけど、良かったね、ヴィオラが居なくて」


「あん? そういえば居ねえな」


 真珠がコートを見回す。


「どうかしたの?」


「ちょっと用事があって遅れるってさ」


「ふ~ん……」


 円の返事を聞いて雛子は腕を組む。


「……というわけで、ウォーミングアップが済んだら、あらためて集合しよう」


「ああ……」


 円の言葉に応じ、真珠と雛子がウォーミングアップを始める。


「どうせアンタ、アップする相手も居ないんでしょ、アタシが一緒にやってあげるわ」


「ああん?」


「なによ……」


 真珠と雛子が睨み合う。


「……やるからには負けねえぞ?」


「ウォーミングアップの勝ち負けってなによ!」


「あのお二人……」


「ああ、ケンカするほどなんとやらってやつだよ……」


 真珠たちのことを気にする最愛に対し、円が苦笑する。


「切磋琢磨する間柄……羨ましいですわね」


 最愛が深々と頷く。


「う、羨ましい⁉ そ、そうきたか……」


「……アップ終わったわ」


 雛子が声をかけてくる。


「ああ、それじゃあ……」


「ちょっと待て、なんで円が仕切っているんだよ?」


 真珠が顔をしかめる。


「え? ヴィオラが居ないんだから、サブリーダーのボクが仕切るしかないじゃん」


「いつ決まったんだよ、そんなもん」


「そうよ、副キャプテンはアタシでしょ?」


「待てや、ツンツン、お前も何を勝手なことを言っていやがる」


「は?」


「は?じゃねえよ、ここはオレが仕切るのが妥当だろ」


「一匹狼を気取っているようなアホにトップを任せられないわよ」


「ちょっと待て、誰がロンリーウルフだ」


「誰も英語で言ってないわよ!」


「あ~もう、とりあえず今はボクの言うことに従ってよ」


「嫌だね」


「嫌だわ」


 真珠と雛子の声がシンクロする。円が声を上げる。


「なんでそういう時だけ息が合うのさ!」


「あの……」


「とにかくアタシよ!」


「オレだっつの!」


「だからボク!」


「あの!」


「!」


 最愛が出した大きな声に三人が黙る。最愛が笑みを浮かべながら提案する、


「それぞれシュートを打って、決めた人が臨時の代表というのはいかがでしょうか?」


「ほう……面白そうじゃねえか……」


「良いわ、それで決めましょう」


 それから数分後……。三人のシュートをことごとく跳ね返す最愛の姿があった。


「き、決まらない……溝ノ口さん、やっぱりセンスあるな……」


「さあ、どんどん打ってきてください!」


 最愛が笑顔で両手をポンポンと叩く。


「それでこそですわ、我が宿敵!」


「⁉」


 皆が視線を向けると、赤みがかったロングヘアーで小柄な女子がコートに入ってくる。

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