第1話(3)守備練習

「はあ、はあ……」


「大丈夫ですか? 溝ノ口さん……」


 三つ編みが声をかける。


「え、ええ……」


 最愛が右手を挙げる。ウルフカットがコートに入ってくる。


「よっしゃ! お次はいよいよオレ様との1対1の番だな!」


「溝ノ口さんはお疲れです、今日のところはこの辺で……」


 三つ編みは両手を掲げてウルフカットを制止する。


「え~そんなケチくさいこというなよ~」


「こ・の・辺・で!」


 三つ編みがウルフカットの前に立ちはだかる。円が声を上げる。


「ヴィオラの圧が凄い!」


「ああなると、あのアホは気圧されるのよね……」


 雛子が苦笑する。


「ぐっ、ちょっとだけならいいじゃねえかよ……」


「駄目です……!」


「ケ、ケチ~」


「子供っぽく言っても駄目です」


「オ、オレ様だって、あの新入りと遊びたいのに……」


「ちょっとかわいく言っても駄目です」


「は、はあ⁉ か、かわいくねえし!」


 ウルフカットが顔を赤らめる。三つ編みがため息をつく。


「面倒くさいですね……」


「……えっと、大丈夫ですわ」


「え?」


 三つ編みが振り返ると、呼吸を整えた最愛が立っていた。


「少し休憩を頂きましたから……」


「そ、それにしても立て続けに1対1は……」


「いえ、ちょうど体も温まってきたので……」


「って! アタシとの1対1はウォーミングアップ扱い⁉」


「ははっ、悪気は無いんだろうけどね……」


 雛子の横で円が苦笑する。


「悪気がないなら、ナチュラルボーン煽り体質……! 油断ならないお嬢様ね!」


「ボクはさっき雛子に四天王最弱ってディスられたけどね……」


「……そんなこと言いましたっけ?」


「無自覚……⁉ タチ悪いな!」


 鼻の頭をポリポリとこする雛子を円が冷ややかに見つめる。


「あ、始まるわよ!」


「話逸らした……」


 円はため息をつきながら視線をコートに向ける。


「それじゃあ、オレ様が攻めだ、防いでみろよ、お嬢様! 手は無しだぜ?」


「えっと……」


「ああ、御幸真珠みゆきしんじゅって言うんだ、よろしくな」


「よろしくお願いしますわ」


 最愛は真珠にも丁寧に頭を下げる。


「なんか調子狂うな……審判」


 真珠が三つ編みに視線を向ける。三つ編みが首を傾げる。


「いつの間に審判に……開始!」


「うおおっ!」


「!」


「真珠の直線的なスピードにも着いて行ってる!」


「身体能力の方もそれなりのようね……」


 円が驚き、雛子が感心する。


「くっ……」


「……」


「真珠が止まった!」


「重心を落として……初心者とは思えない構えね」


「さっき、ヴィオラが何か囁いていたみたいだからね」


「それにしても大した吸収力ね……」


 雛子が腕を組む。


「おおおっ!」


「今度は逆方向に!」


「その程度の揺さぶりじゃ通用しないわ」


 雛子の言葉通り、真珠は最愛を振りきれない。


「ぬおおっ」


「⁉」


 真珠が半ば強引に突っ込み、最愛を弾き飛ばす。三つ編みが告げる。


「はい、反則です」


「はあ⁉ どこがだよ⁉」


「ファウルチャージ、不当なチャージです」


「あれくらいの競り合い普通だろうが!」


「相手が初心者だということも考慮してください……」


「そ、そんなの関係あるかよ!」


「審判は絶対です」


「ぬ、ぬう……」


 三つ編みに詰め寄られ、真珠はタジタジとなる。


「真珠は負けず嫌いだね~」


「初心者をスピード振り切れないからって、パワー勝負って、単純なのよ……」


「でも、そういう単純なところが案外頼りになったりするんだよね~」


「そう! こないだの試合でも……! って、全然頼りにしてなんかいないんだから!」


「お互い素直じゃないんだから……」


「うるさいわね、円!」


 円と雛子が何やら話している内に、最愛がボールを返す。真珠と三つ編みが首を捻る。


「ん?」


「溝ノ口さん、貴女の攻め手ですよ?」


「いえ、こちらの守備練習でございますので……それに……」


「それに?」


「この方の攻撃を止めてみたいのです……!」


 最愛が真珠のことをビシっと指差す。


「! へっ、言ってくれんじゃねえか……本気出すぞ! 泣いても知らねえぞ⁉」


「大体そういう方のほうが、涙腺がお緩くていらっしゃいます」


「おし! 絶対泣かす!」


 審判の開始の合図とともに、真珠が突っ込む。円が声を上げる。


「また突っ込んだ! 真珠、キレちゃっている⁉」


「いや、頭は冷静……!」


 真珠は右足でボールを内から外に跨いだ瞬間に、右足の裏でボールを、左足の後ろに通してみせ、左足でボールを前に持ち出そうとした。


「もらった! なっ⁉」


 真珠が倒れ込む。ボールを最愛の足がカットしたからだ。


「ふう……」


「ボールから目を離すなっていうアドバイスを早速実践してくれたわね♪」


 三つ編みが嬉しそうに最愛に駆け寄る。


「けっ、ま~たヴィオラの入れ知恵かよ……くそっ」


 真珠が悔しそうに天を仰ぐ。


「トップスピードであれをやられたら流石に対処が難しいと思うけど……」


「なかなかの対応力ね……」


 円と雛子が揃って感心する。

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