月光〜SONATA quasi una FANTASIA per il Clavicembalo o Piano - Forte

夜海ルネ

第1話

 彼は死んだ。突然死んだ。理由はまるで分からなかった。


 突然の雨の中、私は傘など持たずに、ずぶ濡れの高校の制服に身を包み、葬式場を訪れていた。


「ねえ、こんなこと言いたくないけど」


 彼のお母さんは、色のない目で私を見つめていた。ひどく、静かな怒りだった。


「あの子が死んだのはっ……」


 我慢ができない、というふうに、お母さんは両手で顔を覆った。心臓がキュッと締め付けられた。……いいや、チクリと、針か何かで刺されたような痛みだった。


 私は、口を引き結んだまま深々と頭を下げた。冷たい雨が、背中を叩いた。


 その空気に耐えられなくて、逃げるように小走りでその場を後にした。雨は静かに私を責めた。ただ、責め立てた。


 ショパンの雨だれを聞いているようだった。




 家に帰っても誰もいないので、ただいまも言わずに中に入ってずかずかと上がる。雨に濡れてぐしょぐしょになった自分の体にはいっさい気を払わず、まっすぐ、重い扉を開けた。


 その部屋は、防音室となっている。部屋の中央には、黒いグランドピアノが鎮座している。今となっては、その姿も素直に愛せない。


 雨に濡れて重くなった体を引き摺るようにして、ピアノの前の椅子に力なく腰掛けた。


 鍵盤蓋にゆっくりと顔を近づけて、右頬をぺったりとくっつける。どこまでも、無感情な温度。黒き平滑。どうして? と問いかけても、その答えは返ってこない。


 彼は死んだ。突然死んだ。理由はまるで分からなかった。


 ……だけどもしその理由が私でないのなら、この胸はこんなに痛まないはずだろうと思った。

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