第15話 配達の依頼を受けました

 昨日は色々あった。

 あの後、エンポートに戻って来た未来は、サファイア達と別れた。

 ギルド会館に行く気にはなれず、そのまま宿に帰って眠ってしまった。

 それくらい一日が濃かったので仕方ないのだが、一日明けで少し品質の下がってしまった薬草を納品するのはもの凄く気が引けた。


「あっ、未來さん」

「おはようございます、ペリノアさん。あの、昨日受けた依頼なんですけど」

「そう言えば納品がまだでしたね」

「ちょっと色々立て込んじゃって。今納品しても良いですか?」

「はい、お預かりしますね」


 未来は無事に納品できそうで胸を撫で下ろした。

 魔法の鞄の中から昨日収穫した薬草を採り出すと、カウンターの上に置く。

 するとぺリノアは首を捻った。

 不安に思った未来は「如何したんですか?」とつい尋ねてしまった。


「未来さん、こちらは上薬草ですよ。薬草の上位種で、採取難易度も少し高いのですが……」

「そうだったんだ。てっきり普通の薬草を採って来たつもりだったけど、混ざっちゃったみたいですね」

「いえ、ここにある薬草全て上薬草ですよ。よく上薬草だけ採取できましたね」

「はっ?」


 いやいやそんな気無かったけども? 未来は本気で普通の薬草を採って来たつもりだった。

 しかし全部上薬草と呼ばれる上位種で、これはもしかして納品失敗? 違約金払うの? と、未来は焦ってしまった。

 冷汗が蟀谷辺りを伝う。べっとりとした汗が滲み出ていたが、ペリノアの口が少し迷って閉じていたものの、考えが纏まったのかゆっくり開いた。


「未来さん。上薬草でも納品は可能ですが、報酬はそのままですよ。それでもよろしいでしょうか?」

「良いんですか? それなら全然大丈夫です」


 どうせ薬草は植物図鑑をじっくり読んでも判らなかった。

 だったら上薬草でも何でも、納品できるならしてしまいたい。

 もう一回訳の分からない草を採りに行きたくはないので、未来は損であることを承知でペリノアに頷いた。


「分かりました。それでは依頼はこれにて達成になります。お疲れさまでした」


 ペリノアはマニュアル通り対応すると、麻袋を手渡してくれた。

 中身は軽め。だけど頑張った甲斐があったと、ホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃあ私はこれで」


 報酬も受け取ったことだし、今日はのんびり過ごそう。

 未来は冒険者ギルドを出て、エンポートの街並みをグルグル見て回ろうと思った。

 足取りは軽い。しがらみが全部消えたので、ゆとりのある晴れやかな気持ちになった。


「あの、未来さん!」

「……はい?」


 ペリノアは一仕事終えた未来の心に水を差した。

 行動が遮断され、ギルドから出ようとする足を止めざるを得なくなる。

 何か用だろうか? 私に? 低ランクですけど? などなど、呼び止められた理由が分からず考えてしまった。

 するとぺリノアは真剣な様子で未来を手招きし、首を捻りつつもう一度受付カウンターに戻った。


「何ですか? 何か用ですよね?」


 未来は予定が狂わされそうなので、ちょっと嫌悪感があった。

 眉根が寄り、目付きが鋭くなる。

 いつもとは違う表情にぺリノアは「あれ?」と不安そうな声を出すが、未来は続けざまに尋ねる。


「用があったから呼び止めたんですよね? 用件を言って貰っても良いですか?」


 未来は圧を掛けてしまった。

 もちろん口調と表情で丸分かりだ。

 これが良くないとは気が付いている。しかし未来は表情豊かなので幾ら取り繕ってもバレてしまうのが傷だった。なのでこっちの方が未来らしいし、取り繕った表情で裏のある嫌悪を示すよりも上手くいく方が経験的に多かった。


「実は未来さんに依頼が来ているんです」

「依頼が……来てる?」

「はい。先方様からのご指名です」

「ご指名……えっ、指名依頼!?」


 未来の表情がコロッと変わった。

 ペリノアは表情が明るくなった未来に受付カウンターの奥から何かを取って来る。

 見れば一枚の依頼書で、ちゃんと未来宛になっていた。

 だけど未来には文字が上手く読めないので、多分未来って書いてあるんだよね? と思い込むしかなかった。


「私に指名依頼……だ、誰からですか!」

「それがですね……ちょっと来てください」


 ペリノアは手招きをして未来を呼ぶ。

 首を捻り直す未来だったが気になるので近づくと、何故か小声で耳打ちされた。

 そんなに凄い人からなのかな? と、未来は考えても分からないことを考え、ペリノアから答えを聴く。


「実はこの街の市長、サファイア・アルバート伯爵からなんです」

「えっ? ……ああ、そう言うこと」


 ここで繋がりができたことで生まれた意義が見えて来る。

 如何やらサファイアが未来に言っていた“お礼”の意味が見えて来る。

 まさかここまでしてお礼がしたいなんて、未来には考えもつかない。

 世間体を気にする伯爵貴族ではなく、本心から未来に遠回しでもいいからお礼がしたかったことが窺え、未来は頭を抑える。頭痛が痛い。


「如何しますか?」

「如何するって……受けるしかないよね」


 ここで受けないという選択肢はない。絶対にありえない。

 もしそんなことをしたら未来の評判がガタ落ちになるのは明白。

 せっかくできた繋がりも無意味に等しくなり、最悪の結果を生む可能性も考慮。

 まだ慣れてもいない街を闊歩することもできないなんて異世界に来てつまらないことにしたくないので、未来は指名依頼を貰ったことを嬉しいと捉え、全力で依頼を受けることにした。

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