今日だけは
朱明
序
朝、家族三人が集まるリビングに会話はひとつもない。宿題の答えを写して終わらせるように朝食を詰め込んですぐ家を出た。そこには「いってきます」も「いってらっしゃい」もなかった。
高二生になった五月、俺の両親は一ヶ月間以上にわたり、喧嘩よりは冷戦に近いような関係を保っている。常に家は鬱屈とした空気に包まれ、俺はどちらにも話しかけることができないままでいる。早く仲直りしてほしいと全く思わないわけでもないが、ただただ面倒に感じているのが本音だった。
大阪行きの各駅停車に乗り、いつものように学校へ向かった。正面の一つ空いた座席を見つめながらイヤホンを突っ込んで、普段より一つ音量を上げて音楽を流した。
体に伝わってくる電車の振動と聞き慣れた音楽が、俺の中を占める家の空気を段々と軽くした。
俺は今私立の中高一貫校に通っている。小学生の頃から親は環境を用意するだけして、何も口を出してくることは無かった。俺もそんな親に小学生ながらも感謝していて、悲しませないように、あとは少しのプライドで周囲に胸を張れる成績を取り続けた。
中学に入ってからも背伸びして入った学校で中の上を取れるくらいに頑張って、残りは惰性で過ごしていた。母は時々成績を見て褒めてくれることもあったが、父は見ているのかさえ分からなかった。それでも、父が俺のことを認めているのは会話の節々から伝わってきていたのでそれなりに親子らしい尊敬をしていた。
両親が喧嘩をするようになったのはいつだか覚えていないが、いつも気が付いたら空気が悪くなって、気が付いたら元通りの日常が帰ってくる。そんな両親の関係を疑問に思うのと同時に腹立たしく感じていた。
最初こそなんとか仲直りしてもらおうと子供ながらに会話していたが、今はもう面倒に感じてきて勝手に終わるのを待っている。そう思っているのを両親が感じ取ったのかどうかは知らないが、少なくとも俺の前では言い争うことはしなくなった。
小学生の喧嘩でさえ一度終われば互いに悪いところを直して同じことは繰り返さないのに、両親の喧嘩はいつまでも終わる気配はない。大人にも仲裁役の先生が必要なんだろうか。
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