〈王国記11〉 回想 エナについて2
「物心ついたときから、親戚や周りの人には、エナちゃんはきっといい騎士になるねって言われてきた。
父は酔うと自分や祖父の武勇伝を話して聞かせた。
それを聴いているときのお母さんは、あきれながらもにこにこしてた。
友達も、私が兵学校に進むことをみんな知ってた。
こんな僻地から騎士志願させられる子供っていうのは、本当に少ないから。
女の子なのに
でも、行きたくないっていえば、わがままはきいてもらえたんだよ。他の夢があるっていえば、きっとそれを応援してくれた。
お父さんもお母さんも優しかった。私が希望を言ったことなんてなかったから、娘も自分たちと同じ気持ちだと思っていただけ。
だから誰のせいでもない。強いて言うなら、私自身と、みんなのきらきらした瞳のせい。私を見る目から、期待の輝きが失われることを恐れた自分のせい。騎士にならなくても、変わらず愛してくれると信じ切れなかった私のせい」
だから、恨みも不満もないんだけどね。と言って、エナは一度話を閉じた。
たぶん、私が何か言えば、話はそこで終わったんだと思う。
でも私がずっと黙ったままだったから、エナは、仔馬が生まれて初めて立つときみたいに、おそるおそるまた話し出した。
「恨みも不満もない。でも後悔はしてる。
当り前のように父が志願書を持ってきて、私は、冷たい心のまま、さも嬉しそうな顔でそれを受け取って。
輝く瞳にかこまれながら、自分の手で合意の署名をしたとき、全身の力が抜けたんだ。
抜けたっていうか、消え失せた。
もう二度と、全力で踏ん張れないんじゃないかと思えるくらいに、芯から何かがなくなった。言葉があってるか分からないけど……なんだかすごくつまらなかったし、この先もきっと、ずっとつまらないんだって思った」
その時の気持ちを思い出してしまった、とエナは無理やり茶化すように言って、ふっと紙に息を吹きかけた。エナの綺麗な横顔と、用紙の空欄が一瞬見える。エナが宙に浮いた用紙をつかむ。
「ごめん、愚痴をこぼしちゃった。アンナ案外聞き上手だね。元素選択なんて自分じゃどうしようもないことなのに。さっさと書いて寝よ。明日から山中訓練だ」
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