〈王国記2〉 都市国家の昼下がり2

「「おいしいいいいいいいい!」」


 同時に叫んだ。

 生クリームなんて柔らかい物自体を食べてこなかったせいで、最初口に含んだかも分からなかったが、舌の上でとろけるクリームには食感なんてものは必要なかった。


「甘いい! おいしいい! ぱさぱさしてない! 甘い! おいしい!」


 泣きながらケーキを頬張る私を見て、周りの客が呆れたような顔をむけたけれど、いくら田舎者と思われようが取り敢えず叫んでこの感動を逃がさないといけなかった。


「この世に、こんな美味しいものがあったなんて・・・!」


 エナもエナで、静かに感動している。

 取り合えず、二人とも言葉を交わさずにケーキを食べた。

 半分ほど食べたあたりで、私は既に名残惜しくなる。


「何個でも食べられそう! もう一つ頼もうかな」

「任務の前に体重増やしてどうするの……」

「うぅぅ……」

「明日は待ちに待った叙任式でしょ?」

「うん。でも、上官の話きいて城内見学してから、模擬戦をするってだけじゃん」

「模擬戦だけって……卒業試験の金喰狼にテンパってたくせに、随分余裕だねえ?」


 エナがいじわるそうな笑みを浮かべて、私に問いかける。


「あれは、試験だったから緊張しただけだし? 実際、私の空気魔法も、うまく発動してたでしょ!」

「はいはい。ほんと地味だよね空気魔法って」

「一番かっこいいでしょ!」

 私は装甲アーマー、と呟いて手に持ったフォークの周りの空気の質を変化させる。空気属性の魔法、装甲。対象とする無機物の周囲の空気を一定時間高速で移動させ、対象を振動させる魔法。私自身細かい原理はよく分かっていないが、これを使うととにかく刃物の切れ味がよくなる。


「仮に空気魔法がかっこよかったとしても、アンナのそれは、空気魔法の中でもダントツで地味」


 エナがしっかりと口の中のケーキを飲み込んだ後で揶揄する。仕方ないじゃないか。六年間履修して、まともにものにできたのがこれだけだったのだ。


 フォークをケーキに近づける。他のものにつかった時と同じで、触れるか触れないかのところで、スポンジが抵抗力ゼロで切れていった。


「それでもって、切れ味よすぎて、切った感触も分からないっていうのは、考え物だよね。実際、試験の時も、切ったことに気づかずに一人ですっころんでたし」


「うっ・・・」


 試験のことを思い出し、顔が赤くなるのが分かった。あの時私は、最初の一振りで既に仕留めていたにもかかわらず、焦り、無駄な痴態を晒してしまったのだ。


「それに、目を瞑りながら攻撃する癖、直したほうがいいよ? そりゃあ恐いのは分かるけどさ、魔獣ならともかく、人間が相手だったりしたら、ひとたまりもないから」


「うるさいなあ! 分かったよお」


 エナのお説教を回避するために、私は指を鳴らして魔法の絨毯を呼んだ。

すーっと滑り込んできた絨毯の上から、ビターチョコレートケーキを取る。


「あっ、ずるい。私も」

 

 エナも手を伸ばしてチーズケーキを手に取った。美味しさに身を沈めるために、二人ともしばし無言になる。

 今度はすぐに食べ終わってしまわないように、ゆっくり食べるよう心がけた。


「それにしても、王国騎士団か……」


 チョコレートケーキを半分食べ終わったところで、ぽつりとエナが漏らした。


「どうしたの?」

「最近は、騎士団志望者も少なくなったなあと思って。・・・最近、反乱軍? レジスタンスみたいなのが、活発になってきてるみたいだから」

「物騒だよねえ」


 私は何となく他人事で返す。


「こことか学園内は安全だけど、各地の王国関連施設が、狙われてるらしいよ。レジスタンスのアジトに、王国兵も派遣されてるみたいだし。それに隣国のシエルゴとの冷戦状態は相変わらずって言うし」


「恐いなあ」とケーキをすくいながら言う。


「私は、人と戦う仕事は嫌だな。鎮圧部隊にだけは配属されたくない」


「華の王国騎士団なんて言われてるけど、実態は結構過酷だよね・・・」

 

 私の言葉を聴くと、エナはぱくぱく口に運んでいたフォークを置いて、座りなおした。私も何となくケーキを食べる手を止める。


「……結構前から聞こうと思っていたんだけど、アンナは何で学園の兵学科に入ったの?」


 エナが私の目を見ながらそう尋ね、続ける。


「私は、一族が先祖代々王家に仕えている家柄だから、兵学科には半強制の形で入った。でも、アンナは選択の自由はあったはずでしょう? 何で条件、体力的にもきつい、男子でさえ嫌がるような兵学科に入ったの? 騎士団の仕事は、それはやりがいはあるだろうけど、決して楽じゃない」


 私が黙り込んだのを見て、エナは目を伏せて髪をいじった。


「ごめん、やっと卒業できたっていう時に話すことじゃないよね。本当はもう少し早く聞きたかったんだけど、うちのクラスって色んな事情を抱えた人がいたじゃない? アンナにも何か事情があったんじゃないかと思うと聞き出せなくて。でも、これから騎士団で働く前に、聞いておきたくて」


 エナはそう言うと、顔を上げて困ったように笑った。私もつられて、困り顔で笑う。エナが兵学科に入った経緯は、ずいぶん前に聞いていた。私だけ話さないのは、フェアではないだろう。


「あー、私、実は、クラスのみんなやエナみたいなちゃんとした理由で兵学科志望したわけじゃないんだよね」


 私の頭をかきながらの発言に、エナは首をかしげる。


「私、人を探してるんだ」

「人探し?」

「うん」


 エナは更に首をかしげる。


「人探しと、王国騎士団に入るのに何の関係があるの?」

「この国って、厳密に区画化されているじゃない? 特例を除いて、国民は生まれた場所で一生を終える。ただ生きているだけでは、きっと西部のあの田舎町からは出られない」

 カルディアの広い大地は国王によって細かく分けられており、各区画の境は巨大な城壁で隔てられている。


「じゃあ、アンナが騎士団に入ったのは、色々な場所に行けるから?」

「そう。不純でしょ」


 エナは、アンナらしいね、と笑った。彼女がたまに見せる、少しだけ口角をあげて目を細める笑い方が、私は好きだ。


「けれどそれなら、大商人になって各地を回るって選択肢もあったはずでしょ? そうしなかったのはなぜ?」


 エナはふと気になった様子で顔をあげる。


「どうせなら、やりたいこともやれたほうがいいなって思って。私にだって、ちゃんとこの国を守りたいっていう気持ちはあるの! 私はこの国が大好きだし、この平和がずっと続いてほしいって心から思ってる。ともすればそれは、私が探し人を見つけるよりも重要なことだよ」


 私がそう言うと、エナはため息をついた。


「それは分かってるよ。あんたが平和大好き人間だってことは、夜、寄宿舎のベッドで散々聞かされたから。耳にたこができるってくらい。おかげで次の日の訓練は散々だった」

「その節はごめんー」


 手を合わせて私は謝る。エナはおかしそうに笑った。


「でも、あれだけ過酷な生活に耐えてまで会いたい人か。ねえ、どんな人?」

「うーん、それは、秘密かなあ……」

「ええ? どうして」


 エナが不服そうに唇をとがらせる。クールな彼女らしくないその仕草がおかしくて、私は声をあげて笑った。


「まぁ、いつか話すよ」

「……絶対だよ」


 拗ねた感じでフォークを持ち直す彼女を見ながら、私は、昔のことを思い出しかけたけれど、ケーキの甘さがそれをかき消した。


 椅子の背もたれに体重をかけて、パラソルの隙間から空を仰ぎ見る。今日もきれいな青空が広がっている。城下町の人々には笑顔が絶えない。遠く高い空を鳥が飛んでいる。とっても平和だ。この平和を守れる仕事に就けたのだから、私は幸せものだ。


 明日から、ついに王国騎士団の騎士シュヴァリエとしての日々が始まる。

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