第225話 ピラミッドの1番高い所
『最強の人狼シェリル! スーパーワンワンモードです!』
「くっそが! ふざけた真似しやがって!」
シェリルなんとかモードが、トルムを見下ろした。
名前こそふざけているものの、その姿は先ほど以上の戦う力を兼ね備えている。
二足歩行の狼人間のような姿は、人間の姿のトルムよりも大きく強そうだ。
そうか、いつの間にか日付が変わっていたのか。
そして幸いなことに今日は満月。シェリルの力が一段と増す日だったわけだ。
『シェリルブロー!』
「ぐうっ!!」
まるで紫杏のように、シェリルは巨大な腕を振るってトルムの腹部に一撃を与える。
体格差から考えただけでも、トルムは吹き飛ばされなかっただけすごいことだと思う。
やはり、魔力を失おうが、竜の姿を失おうが、竜王というのは伊達ではないらしい。
『シェリルパンチ!』
「い、犬風情がああぁっ!!」
今度はやられるがままではない。
シェリルの攻撃を喰らいながらも、トルムも反撃で拳を振るった。
人の姿だからそれしか武器がなかったんだろう。
異世界の地で、古竜という魔法に長けた種族が、最後はシェリル相手に泥臭く殴り合いを続けることになるとは、なんとも不思議な光景だ。
だけど、その攻防もすでにどちらが有利かは僕の目からでもわかる。
『トルル。あなた強いですね。ですが、今日の私は超強いです!』
「ふ、ふざけんな……古竜の俺が……人狼なんかに」
『お休みの時間です! 目が覚めたころには、頭の中もすっきりです!』
その言葉とともに振るわれた拳を避けることもできず。
トルムはようやく意識を失った。
……本当に竜王に勝っちゃったよ。自称最強もいよいよ卒業……いや、調子に乗られても困るし、紫杏を倒してから名乗らせよう。
そんなくだらないことを考えたら、トルムの体が崩れていったので、僕は慌てて腐敗毒を解除した。
◇
「トルムに勝ったか! あのサキュバスだけでなく、とんでもないやつらだなお前らは!」
『はっはっは! 最強の最寄りに住んでいるシェリルです!』
「アルドルさんも、ギア……さんを倒せたんですね」
巨大な黒い竜は、アルドルさんの後ろでぐったりとして倒れていた。
なんか戦闘後の姿というよりは、体調を崩して倒れているように見える……。
「俺の魔力を吸おうとしてきたからな。たらふく食わせてやったら、魔力の暴走が極限まで達して意識を失ったようだ」
「すごい倒し方しますね……」
「いや、お前の毒もとんでもない効果だったぞ」
そうかな……。まあ、一応竜王に効果があったことを考えると、それなりに自慢できるのかもしれない。
現世界に戻ったら、長野あたりにでも自慢しておこう。
「サキュバスたちには、ギアとトルムを優先して治療してもらっている。これでルダルの方はなんとかなりそうだ。感謝するぞダイチ、ユメコ、シェリル」
『最強ですからね! 古竜の王に勝った最強の存在シェリルです!』
「紫杏に勝てる?」
『無理です。私は最強じゃないです』
よかった。さっそく調子に乗りそうだったけど、紫杏の名を出せばまだまだなんとかなるようだ。
無駄にでかい図体を縮こまらせて、シェリルは大人しくなった。
「アルドル様! ギア様とトルム様のほうは魔力の暴走が鎮まりました!」
「おお、思った以上の速さだな。すまんが次は他の者たちを頼む」
順調だ。いまだに意識を取り戻していないのでわからないが、竜王たちの対処は無事完了したようだ。
あとは残りの古竜たちも対応して、こちらでの問題はすべて解決ということになる。
そうしたら善と紫杏のほうを手伝いに行かないと……。
魔力はさっきの戦いでほとんどなくなったし、今は少しでも回復しないといけないね。
「魔族め! 調子に乗りやがって!」
そう叫んだのは、最初に倒したはずの古竜たちだった。
早い。トルム相手ならともかく、あの竜たち相手ならまだ麻痺させることができていたはずなのに。
目の前で自分たちの王が撃破されるのを見ていたためか、古竜たちは先ほど以上の魔力と敵意をもって僕たちに敵対した。
『ボスは私たちが倒しました。それなのにまだ戦うんですか?』
「当然だ。ここで俺たちがお前らを倒せば何も変わらない。竜に楯突く魔族どもを皆殺しにして、生意気な獣人どもとの戦いにもケリをつけてやる」
やっぱり、魔力が暴走している状態では、まともに話を聞いてはくれないみたいだ。
古竜たちは、シェリルに向かってよろめく体に鞭を打ちながらも襲いかかった。
「やめろ」
しかし、古竜たちの攻撃がシェリルに届く前に、それを制止する声が聞こえる。
古竜たちはその声を聞いたとたんに動きを止めてしまった。
「で、ですがトルム様!」
「やめろって言ってるんだ。俺はそこの人狼に負けた。だったら、この戦いは俺たちの負けだ」
「……」
古竜たちも王の声には逆らえないらしく、先ほどまでの戦意はすでになくなっていた。
意外だ。もっと往生際が悪く、最後まで負けを認めないタイプかと思っていたのに。
『魔力がなくなってすっきりしたみたいですね』
「……ああ、おかげさまでな。ったく、めちゃくちゃにぶん殴ってくれやがって」
『はっはっは! 最強に近い拳ですからね! 目が覚めたでしょう!』
「ああ……迷惑かけたな」
調子に乗ったシェリルといがみ合うような様子すらない。
どうやら、魔力の暴走がなくなって、ずいぶんととげが抜けたみたいだ。
「ト、トルム様……」
「俺たちは正気を失っていた。闘争本能のままに戦って、それでも負けたんだ。言い訳しようがない」
王として認められてはいるらしく、トルムの言葉は魔力で暴走しているはずの古竜たちさえも従えてしまった。
こうなってしまえば、あとはサキュバスたちに任せて安全に鎮静化させることもできるはず。
今度こそ、これで終わりというわけだ。
「……お前、名前は?」
『最強っぽい人狼のシェリルです!』
「そうか、最強……最強っぽい?」
『トルルもなかなかの強さでしたよ。まあ、私が勝ったんですけどね!』
「トルム……まあいいか。お前の言うとおり俺の負けだ」
よかった。シェリルの挑発に乗らないような竜王で本当によかった。
これで煽ってるときとは別のつもりなのだから、やはり僕らじゃ手に負えない。
「ちっ! こんなときに、いやこんなときだからか」
トルムの魔力が再び圧力を増す。
まるで、戦闘を再開するかのような様子から、何かが起こったということはわかった。
『なんですか? まだ問題でもあるんですか?』
「ああ……獣人どもが近づいてきている。どうやら、本格的に俺たちと争うらしい」
あ、そういうことか。それならたぶん大丈夫だろう。
その言葉を聞いて気を緩めた僕たちを見て、トルムは不思議そうにしていた。
◇
「ふわふわになってる~」
『ふわふわモードです!』
獣人たちに案内してもらい、竜王国のほうへ着いたのはいいけど、どうやら遅かったらしい。
すでに問題はすべて解決していたらしく、竜王たちは正気に戻っていた。
あと、なんかシェリルが狼寄りの人狼の姿になっているけれど、そういえば今日は満月か。
シェリルの毛皮の中に埋もれる紫杏を見て、そんなことを思い出す。
「情けねえな。竜でも獣人でもなく、異世界人が俺たちの問題を解決したってことかよ」
「お姉様は強いからね。私たちなんてあっけなく全滅しちゃった!」
「胸を張って言うことかよ」
獣王と竜王もこうして話をするくらいはできるようになっており、互いの国を狙っている様子はもはやみじんもなくなっている。
なんとか最悪の事態の前に問題は解決したってことみたいだし、これからはまた友好的な関係を築けるんだろう。
『そこのお猿よくわかっていますね! お姉様は最強です! ですが、お姉様の愛犬は私ですからね!』
「は~い! 一の家来ってことだね。じゃあ、私たちの先輩だ」
『そのとおりです!』
キャントゥエはどうやらシェリルとそりが合うらしい。
なんとなく、お気楽っぽいところが似ているからな。
「俺に勝った人狼の飼い主……」
「ちなみにその紫杏は、隣にいる善に逆らえないから」
「つまり、その人間が頂点ということか……俺はまだまだ雑魚だったということか」
変なこと吹き込まないでほしい。
大地のせいで、獣人だけでなく古竜まで従えることになりかねない。
なんとか否定することができたが、きっと納得していないなあの様子だと……。
◆
「望くんもですか……」
「ええ、これで私以外の全員が神隠しに遭っています……」
「……それも、決まってデュトワくんと二人でいるときにですか」
あれ以来、デュトワくんは様子がおかしかった。
そんなデュトワくんを心配し、パーティメンバーたちは忙しい合間も、あの子に頻繁に会いに来てくれました。
ですが、デュトワくんは以前と違い、どこかぼうっとした様子で心ここにあらずでいることが多くなっています。
そして……そんなあの子と一緒にいた彼らもまた神隠しに遭ってしまいました。
デュトワくんのときと同じく、しばらくしたら戻ってくるのですが、皆どこか雰囲気が違います。
「別人か……それとも、洗脳」
「その可能性が高そうですね」
「浩一君。すみませんが、しばらくはパーティメンバーと会わないようにしてくれますか?」
「ええ……こうなってしまっては、仕方ありませんね。ですが、一つお願いがあります。神隠し事件の調査を最優先とさせてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます