第223話 フロントラインからの推し活

「あれ~? なんで、みんな人間や魔族なんかと仲良くしているのかなあ」


 人……? いや、しっぽがある。よく見ると耳もわずかにとがっていてエルフと人の中間のようだ。

 周囲の獣人がひれ伏す姿からすると、これまでのような軍団長よりもさらに上の者ということだろう。

 つまり、この人が猿の獣人。獣王のキャントゥエか。


「キャ、キャントゥエ様……。これは」


「いいよ、別に。理由ならわかってるから」


 キャントゥエは、身軽な跳躍で音もなく獣人たちの付近に降り立った。


「つまり、私より強いってことでしょ? この二人が」


 悪意……とかではない気がする。もっと純粋に、ただひたすらに戦いたいというだけ。

 獣人の王なだけあって、その本能のままに行動した場合は、ただひたすらに戦闘欲求だけの存在になるのか。


「だから、私がこの魔族と人間に勝てば、獣人は私の部下に戻るし、強い魔族と人間も仲間にできる! なんだ、簡単なことじゃない」


「キャントゥエ様! 正気に戻ってください!」


 仲間たちの声も一笑に付し、猿の獣人は首を鳴らしてから俺たちと向かい合った。

 当然か。他の獣人たちも説得なんてできなかったからな。

 ここはひとつ、戦って勝利するしかないようだ。


「さあ、私の家来にしてあげる!」


「残念だけど、私はとっくの昔に善のものです~」


「なら、そっちの人間を家来にすれば、あなたも手に入るってことだね!」


「残念だけど、俺はとっくの昔に紫杏のものなので」


 珍しく武器を使う獣人だ。他の獣人たちもたまにそういうタイプはいたけれど、ほとんどが爪や牙や拳で戦っていた。

 猿の獣人ということで、その身のこなしの他に、器用さも長所の一つなのかもしれない。

 そして、最も目を引くのはそのスピードだ。


「やるねえ! なら、もっともっと速くするよ!」


 両手で持った金属製の棒を紫杏に振り下ろすも、紫杏はそれを軽々と回避した。

 キャントゥエのほうも本気ではないらしく、宣言どおり徐々にスピードが上がっていく。

 回避だけを行っていた紫杏だが、だんだんと棒に拳を合わせて直撃しないような受け方へと変わっていく。


「こりゃ、シェリルより速いね」


 紫杏の意見に同意だ。今まで戦ってきた中で、シェリルより速い相手なんて赤木さんもどきぐらいだった。

 この獣人はそのどちらも凌駕している。紫杏はまだ敵の動きに対応できているが、俺の方がちょっとやばい。

 今はまだ二人の攻防を見ることができているけれど、このままさらに速度が上がるとしたら視認さえできなくなりそうだ。


 ……この獣人。他の獣人と違って、最初から紫杏だけを標的に定めていなかったよな。

 紫杏と俺を倒すみたいな発言をしていた。なんなら、俺を倒せば紫杏も家来にできるって……。

 まずい気がしてきた。


「万象の星……まあ、無理だよな。知ってた!」


 現世界にいる間は、自動的に敵の攻撃を感知して、ある程度は攻撃を避けるか受けるかでさばいてくれていた便利スキル。

 当然そんなスキルは、こちらでは使用できない。だけど、無理にでも再現しないとまずい気がする。

 まずはあれだ。【剣術:超級覚醒】のイメージ。魔力で思考を補強。体さばきも補強。動体視力も補強。

 そのうえで、なんとか敵のスピードを補足し、自分の体も魔力の補助で操るイメージ。


 ほら、もう来ていた。

 紫杏と散々戦っているから、先に紫杏を倒そうとしていると思っていたのだが、そうじゃない。

 俺のこともしっかり見ていた。俺が自分の動きについていけなくなるスピードを見極めていた。

 それから俺を先に仕留めてしまう算段だったようだが、そうはいくか。


「出ないけど。万象の星!!」


「うっそ!! 気づいてたの!?」


 あっぶねえ……。俺の喉めがけて猛スピードで棒の先端が突き出されていた。

 ぎりぎり、本当にすんでのところで無理やり動かした腕が攻撃を弾いた。

 その後はもう体勢も崩して、情けなく転がってしまうほどだ。


「善だからね。強くてかっこいいんだ。私の彼氏は」


「そう……みたいだね……」


 しばらく転がってようやく顔を上げたその先では、紫杏の拳がキャントゥエの腹部にめり込んでいるのが見えた。

 とりあえず、これで一回目の撃破か。もっとも、紫杏にとってはそこまで苦も無く倒せるようだな。


「さあ、倒せた倒せた。善のかっこいいところも見れて満足だね」


「もしかして、俺が狙われるって気づいてた?」


「それとなく。でも、善なら対処できるって信じてたからね」


「たまにスパルタなところあるよな。まあ、信じてくれるのは嬉しいけど」


「推しの活躍するところは、いつだって見たいものなのさ」


 紫杏のことだから、きっと俺に本当に脅威が迫っているなら静観などしないだろう。

 今回はあくまでも、攻撃に俺が対処できるという確証があった。

 さらに、キャントゥエは俺たちを倒そうとはしていたけど、殺そうとしていなかった。

 だから、俺の活躍を見ることを優先したって感じか。

 ……う~む、うちの彼女わりとめんどくさい。


「キャントゥエ様!」


 おっと、第二ラウンドか。

 さすがは獣人の王。復帰するまでの時間もどの獣人よりも早い。

 紫杏は、すでに身構えて……いたけど、なんか戦う気がなくなっているな。

 え、もしかして、俺の活躍を見たいとかで、俺に倒させるつもりか?


「負けちゃった。じゃあ、私があなたたちの家来だね」


「うちにはわんこがいるからいらない」


 どうやらキャントゥエは、すでにこちらと戦う気がなくなっているようだ。


「あれ、もしかしてもう魔力の暴走が解消したのか?」


「ううん。まだ暴走中みたいだよ。でも、他の獣人と違って、何度も何度も挑んでくるわけじゃないみたいだね」


 なるほど……。勝ち目がないことを悟り、こちらに下ろうと判断しての行動か。

 思えば俺を狙って早期決着をつけようとしたことといい、ずいぶんと行動に無駄がない。

 というか、被害を最小限にしようとしているのは、この人が王だからか、あるいは元来の気質か。

 とにかく、これ以上戦う必要がないのなら、獣人の方はこれで問題解決だな。


「あの~、どうして拳を振り上げているのでしょうか……ぎゃっ!」


「キャントゥエ様! し、シアン様!?」


「まだ、魔力の暴走は鎮まってないからね。殴って気絶させては繰り返さないと」


「そ、そうですか……」


 言いたいことはわかる。わかるんだけど……戦意がない相手をこれからひたすら叩きのめすのか……。

 仲間の獣人たちも、しかたがないと思ったのかそれ以上の追求はしなかった。


    ◇


「すみませんでした……」


 都合十数回。起きては拳骨されることを繰り返したキャントゥエは、ようやく過剰な魔力をすべて再生で消費した。

 暴走中の記憶もよく覚えているらしく、すでに紫杏との格付けは完全に完了してしまったらしい。

 思わず敬語で謝罪する程度には、紫杏には逆らえないようだ。


「シェリルが増えている気がする……」


「え、ほんと? かわいくていいよね」


 いや、実際に増えたというわけじゃなくて、シェリルみたいに紫杏に調教された者たちがという意味だ。


「こんなことなら、サキュバスを一人くらい連れてくればよかったのかもな。それなら、延々と殴らずに済んだだろ」


「まあ、竜たちの方は人員が必要そうだったし、叩けば直るなら無理に戦力を低下させることもないよ」


 言っていることはもっともなんだが、あまりしゃくぜんとしない。

 それはともかく、竜の方が少し心配だな。

 大地たちは、無事古竜を正気に戻すことができているだろうか。


「あ、あの……男神様に匹敵する撫で方をできるってきいたんだけど」


「あ、はい。いや、そこまで期待されても困るんだけど」


 キャントゥエはなんとか満足してくれた。

 もしかして、俺は獣人を使役する能力とか持っているのかもしれない。


    ◆


「デュトワくんが戻ってきたって本当でしょうか!?」


「神崎さん……ええ、まったく心配をかけて」


 ダンジョンの管理者の部屋には、氷鰐探索隊の面々が揃っています。

 慌ただしく入室する私に嫌な顔一つ見せず、浩一君が答えてくれました。


「……ああ、すまない」


 ……なにか、違和感が。

 いえ、行方不明になっていて戻ってきた。さすがのデュトワくんも疲れていることでしょう。

 仲間と一緒に今日は、いえしばらくはゆっくり休んでもらいましょう。

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