第202話 伝染する悪意のエモーション

「先輩マジすげえっす!」


 まいった。


「もうちょっと静かにしてくれる? というか、あれは先輩にとって不本意なんだから騒ぎ立てるなよ」


 まいったな……。


「いつも以上に目立ってるね。善」


 ほんと、なんでこんなことに……。


「やばいだろあの人」


「誰だよステータス低いとか言ったの」


「【超級】って化け物ね……」


「例の変態の人とどっちの剣術が上なんだろう」


 まさか、遠隔から俺たちの戦う姿が配信されていたとは……。

 あの無謀な連中だけじゃなかったのかよ……。

 あと、赤木さんのほうが上だから。二度とあの人と戦わせないでくれ。


「大体、氷室先輩は烏丸先輩のこと嫌ってたじゃねえか」


「そんなこと一言も言った覚えないけど? 僕は先輩のライバルだし」


 まあ、そう言えなくもないけど。

 でもそんな肩書なんの価値もないぞ。シェリルの自称最強くらい価値がない。

 だから、君は【超級】の肩書のほうを誇ってくれ。


「はあ? そんなこと言ったら、俺は先輩の後輩だぞ」


 そうだね。この学校のすべての後輩に言えることだね。それ。

 というか、氷室くんもそう呼べるぞ。気づいてくれ赤星くん。


「一番付き合いが長いのは僕だけどね」


「むぅ……」


「うっ……」


 大地までどうした。大人げないぞ。

 昨日は不完全燃焼で終わったから、その憂さばらしか?


「善モテモテだね~」


 全員男じゃないか。というか、たとえ全員女だったとしても俺には紫杏がいるじゃないか。


「はいはい。シェリルじゃないんだから、後輩たちに噛みつかないの。善も困ってるでしょ」


「氷室くんも、久しぶりに先輩とまともに話せて嬉しいのはわかりますけど、迷惑かけちゃいけませんよ~」


「赤星。あんた一番後輩なんだから、先輩たちに迷惑かけないでよ。というか、よく教室まで入って普通に会話できるわね」


 保護者が三人きた。

 ありがとう。夢子。三枝さん。桜ちゃん。

 女子は強い。それぞれの担当である男子を見事に黙らせて、自分たちの教室へ帰らせ、あるいは落ち着かせてしまった。


「……」


「? なぁに?」


 ふと紫杏を見つめる。

 俺が同じ立場だったとしても、紫杏があっさりと俺を回収しそうだな。

 やはり女子は強い。


「もうすぐ授業が始まるから、キスは後でね?」


 勘違いされた。

 そして、それを訂正したら機嫌が悪くなる。

 ……吸われる? まだレベル上げてないから、精気のほうなんだろうなあ……。


    ◇


「しかし、実際のところ問題は大きいと思うんだ」


「放っておけばいいんじゃない? 今までだって遠目に観察されてたし」


 まあな。遠くから見るだけ、噂されるだけっていうのなら、俺もそこまで気にはしていない。

 だけど、昨日たまたま気になる書き込みを掲示板で見てしまったのだ。


「……なんか。俺のスキルは魔力消失事件で被害者から奪ったものだって噂が流れている」


「はあっ!? 誰がそんないい加減なこと言ったの!?」


 紫杏が大声で怒りを露にする。珍しいことだ。

 二年前に紫杏自身が原因と思っていた事件。いつの間にかうやむやになっており、その後の被害がなくなっていたと思っていた。


 だけど、よくよく考えると事件はまだ続いているんじゃないかとも思う。

 似たような事例として、魔力が減少する探索者が現れた。

 すぐに回復して探索者としての活動に戻れることから、ただ無茶しすぎただけと考えられていたが、それにしては同じ症状の者がやけに多い。


 神崎さんから聞いた神隠し事件。

 被害者が消えるときに魔力がなくなっている可能性があると言っていた。

 これってつまり、魔力の消失だよな?


 疑い始めたら、どれもこれも怪しげな事件の根幹は、魔力消失事件に関係があるように見えてくる。

 俺でさえその考えに至るのだから、他の人だって同じだろう。

 現に掲示板では、ちらほらと似たような意見が目立つようになっている。


「例の配信者が口走ったみたいだね……面会して毒を仕込もうか」


「ばれるからやめなさいっての。紫杏も立ち上がってどこ行くつもり? 力づくで行けそうだけどやめなさい」


 夢子とかいうニトテキアの良心。拝んでおこう。


「まあ、今さらその配信者をどうこうしたところで意味はないしな」


「でも、根も葉もない噂なんだから、否定くらいしたほうがいいんじゃない?」


「う~ん……まあ、いいかな。しなくても」


「相変わらず他人からの評価どうでもよさそうねえ……」


 高位のスキルを使える。

 だから、魔力消失事件から奪っただなんて噂されている。

 ここで、それを否定することは簡単だ。だって、俺は自分が犯人じゃないって自信をもって言えるからな。


 もしもそうしたら次はどうなる?

 紫杏は結界が使用できることがばれている。結界を使用できるのは、人工的に力を得た白戸さんともう一人。

 魔力消失事件の初期の被害者で、ユニークスキルが奪われた【初級】探索者だ。

 ならばなぜ紫杏が結界を使えるのか、という話になることは簡単に想像できる。


 俺を疑っている限りは、紫杏への飛び火は抑えられる。

 だから、否定なんかしなくていいんだ。


    ◇


「なんかおかしいと思っていたんだよな。急に強くなりすぎだし」


「怖い……いつ魔力を奪われるかわかったもんじゃないわ」


「そんな手で強くなってうれしいのかよ……」


 ダンジョンに向かおうと思ったら、探索者らしき人たちに口々に噂される。


「むが~~!! なんなんですか! 私の先生がそんなことするわけないでしょうが!!」


「シェリル大丈夫だから」


「思っていたよりもうっとうしいね。黙らせよう」


「大地落ち着きなさいって」


 まいったな。本当に。

 遠巻きに噂されるのはいつも通りだけど、その内容がかなりネガティブなものに変わっている。

 今や俺はズルをして【超級】になった、探索者の風上にも置けないやつらしい。


「しばらくは、人が少ない【超級】ダンジョンに通うことにするか」


「邪魔だよ」


 機嫌が悪そうな冷たい声が聞こえた。

 通り道の邪魔になってたか? そう思い顔を上げると、そこには夢幻の織り手が立っていた。


「この先は【超級】ダンジョンだ。君たちがついてきたところで、入れないけどなんか用でもあるの?」


「夢幻の織り手だ……」


「くだらない噂に踊らされてるから、中途半端な探索者止まりなんだよ」


「まあまあ氷室くん。落ち着いてください。でも、そんなところで集まっていたら邪魔ですよ?」


「現聖教会まで……」


「それに、烏丸さんの力はすべて本人の努力の成果です。あんな噂を真に受けてしまっては、自らの品位を損ねてしまいますよ?」


 機嫌の悪そうな氷室くんと、笑顔だがなんか怖い雰囲気の白戸さん。

 二人の様子に気圧されたのか、人だかりは散り散りに去っていった。

 もしかして……かばってくれたんだろうか?


「まったく……これだから、脳死したやつらは」


「あら? マニュアル通りに動く人間の方が好みじゃないんですか?」


「うっ……その件はご迷惑を」


「すまんな氷室くん。別に皮肉とかじゃなくて、うちのリーダーはその……ちょっと天然なんだ」


「と、とにかく! あんなやつらの言うこといちいち気にしないでくださいよ! それだけです!」


 そう言って氷室くんは背を向けて去ってしまった。

 仲間である三枝さんたちだけでなく、白戸さんたちも用はすんだとばかりに帰っていく。

 そうか、ダンジョンに用事があったとかではなく、俺をかばいにきてくれたのか。


「氷室くん。白戸さん。ありがとな~」


 周りの声は特に気にしていない。

 というか、むしろガンガン俺に悪い噂を集約してくれたほうがありがたい。

 この噂が紫杏のほうに集まるほうが、はるかに嫌な気分だからな。

 ……と考えていたところに、誰かから連絡がきたようだ。

 なんと間の悪い。これから、ようやく探索しようというときに……。


『お久しぶりです。烏丸さん。すみませんが、ちょっと管理局まできてもらえますか?』


「神崎さん……? えっと、急ぎですか?」


『できれば早い方が助かります』


 そういうことなら仕方がないか。

 みんなに確認をしてから、俺たちは管理局を目指すことにした。

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