第137話 ただいま日常
「【超級】って……いや、まだ無理だろこんなの」
「さすがは先生とお姉様! さすがは私! まあ、大地と夢子も認めてあげましょう」
「う~ん……一応プレートワームやサイクロプスは、わりと楽に倒せるようになったけど、【超級】はねぇ……」
はしゃぐ子犬はともかく、大地もこの状況を素直に喜ぶことはできないらしい。
そりゃ、異世界に行きたいのだから、昇格するのは喜ばしいことだ。
だけど、先日奇しくも【超級】の力の一端を味わってしまった。
赤木さんの劣化した模倣ですら、出し惜しみのない全力でようやく対応できたのだから、俺はまだまだ【上級】が関の山だろう。
「さあさあ! さっそく【超級】の探索者として、【超級】ダンジョンをさくっと踏破しちゃいましょう!」
「待て」
「はい!」
気が急いて引っぱってくるわんこをとりあえず止める。
そういえば、赤木さんといえば、先日厚井さんとデュトワさんに回収してもらったっけ。
そのときに厚井さんが店にきてくれって言ってたよな。
今のうちに行っておくとするか。
◇
「よお、お前らか」
「久しぶり。厚井さんいる?」
「師匠なら工房にいるぞ。ああ、それとありがとな」
店番をしていた杉田に礼を言われるが、心当たりがない。
「それってなんの礼?」
「例のスライムだよ。あのままだと探索者がいなくなって、俺たちも商売にならなかったからな」
「ああ、そういうことか。あのままだとこっちが困るってだけだったし、気にする必要はないぞ」
「それでもだ。ありがとな」
律儀だなあ。というよりは頑固?
どうやら杉田も順調にドワーフらしくなっているらしい。
「なんだ、お前らか」
「あ、どうも」
杉田と会話をしていると、ちょうど作業が終わったらしく厚井さんが現れた。
「この前は、赤木さんのことありがとうございました」
「……いや、なんか悪かったな。あれも一応お前らの活躍を喜んであんなことしたんだろう……やめた。私がフォローする必要はないな。あれに遭遇したら逃げたほうがいいぞ」
うんざりした様子で最後はフォローどころか、関わるべきでないと言われてしまった。
本当に害しかないならそうなんたけど、たまに良いアドバイスくれるんたよなあ……。
どう接するべきか困るという意味では、下手に駄目人間に振り切ってない分、たちが悪い。
「それで、この前の話だったな……その、言いにくいんだが」
珍しい。厚井さんらしくなく、言葉を選んでいるというか、言いにくそうに口ごもってしまっている。
頬を赤らめてもじもじした様子は、見た目も相まって小さな女の子のようだ。
「むむっ! まさか先生を好きになったんじゃないでしょうね! だめですよ! 先生はお姉様のですし、私は先生とお姉様のです!」
落ち着け。そんなわけないたろう。
そして後半の俺たちの飼い犬アピールは、もはやなんの因果関係もない。
「んなわけないだろう!……いや、別に烏丸をけなしてるわけじゃないから、そんなにキレるな」
「よしよし、落ち着こうな」
ただでさえシェリルが騒いでいるのだから、紫杏までそっちに回らないでくれ。
シェリルの顔に布を置いて落ち着かせ、紫杏は抱きしめて落ち着かせる。まるで猛獣使いになった気分だ。
「すみませんが、用件を手短に教えてくれたら助かります。このままじゃ、俺が大変なので」
「あ、ああ……えっと……お前、四大精霊様にお会いしたとか聞いたんだが」
情報源は赤木さんか。別に隠すことでもないし、それは構わない。
しかし、厚井さんって、意外にも精霊信仰者だったのか?
「会いましたよ。水と火の精霊なら」
「やっぱり、まだ現世界にもきてくれるのか!? ここに招くことは……いや、やっぱりいい」
招くのは、さすがに難しいだろうな。
なんか勝手に出て、勝手に評価を下して、勝手に帰ったし。
さすがは精霊。生き方が自由にもほどがある。
「ちょっと、難しいと思います」
「そうか……やっぱりそうだよな。いや、いいんだ。忘れてくれ」
俺の答えに目に見えて落ち込む厚井さん。
この様子だとやっぱり精霊信仰者で、あわよくば精霊に会えるかもと思ったんだろうな。
「そんなに精霊に会いたかったんですか? あいつらちっちゃいくせに、わがままそうでしたよ」
うん。まるで君みたいだね。
そして、精霊信仰者相手にその言い方はよくないぞ、シェリル。
「お前、精霊様を馬鹿にしたら争いになるぞ。私以外には今みたいな発言しないようにしとけ」
真剣な表情で詰め寄られたからか、シェリルもさすがに目をそらして素直に応じた。
「そんなにですか?」
「そんなにだ。ドワーフなんて、とかく気の短い連中ばかりだしな。ハンマーで殴られたり、溶かされて剣にされるぞ」
俺が思ってたそんなによりも、はるかにやばかった……。
「まあ、そこまでする狂信者はめったにいないが、それにしたって気をつけろって話だ」
「肝に銘じます……シェリル、銘じてくれ」
「は~い」
しかし、この言い方だとドワーフ全員が精霊信仰者みたいだな。
なにか理由でもあるんだろうか。
「杉田も精霊信仰者なの?」
「いや、俺はそこまで……あ、はい。敬います」
否定しようとした杉田だったが、厚井さんの一瞥により意見を変更したようだ。
「黎明の七女神の一人が、元々はドワーフだったってことは知ってるか?」
「はい。それは学校で習うので」
「鍛冶の女神ノーラ様は、火の精霊ヒナタ様の加護を授かり、鍛冶をしていたらしい」
なるほど、火だしな。
鍛冶とかで役立つような、なんかありがたい力とか与えてくれそうだ。
「それで、厚井さんも加護を授かりたかったと?」
「い、いや!? さすがにそこまで畏れ多いことは考えてねえよ? ただ、一度お会いしてみたかったってだけで……」
憧れの存在ってわけだ。見た目はちんちくりんだったけどな。
「今度会えたら、なにか伝えておきましょうか?」
「い、いや! いいんだ! 私が一人前になったら、いつか精霊様もきてくれるかもしれない!」
……たぶん、あの精霊のことだから、適当に火を放てば面白そうとか言ってくると思うぞ。
だけど、厚井さんの憧れを壊すのもかわいそうだし、俺が感じた精霊の印象は伝えないでおこう。
「それじゃあ、用事もすんだようですし俺たちはこれで……」
「ああ、待ってくれ。悪い、そっちが本題じゃねえんだ」
なんだ。てっきり精霊に会いたいというのが用事かとおもった。
少し慌てながら引き止める厚井さんを見るに、精霊への思いが抑えきれなかったのかもしれない。
「管理局の連中から、報酬もらったろ?」
「ええ、分不相応な昇格とか……現金とか。あとは対処に困るものまで」
「その対処に困るもの、私に預けてみないか?」
それは願ってもない申し出だ。
管理局からは、コロニースライムの死骸の一部が送られてきた。
完全に嫌がらせにしか思えないような贈り物だけど、別に管理局が俺たちを嫌ってるとかではない。
あのスライムはすでに消滅したが、完全に群れが全滅した証なのか、倒した場所からいくつかのドロップ品が現れた。
その中身がスライムの一部。要するに通常の魔獣と同じく素材が戦利品となったわけだ。
それを聞いたときに、ようやく俺たちはスライムの異変が終わったんだと実感した。
ダンジョンの魔力が正常に働くようになり、倒した魔獣はドロップ品を落とす。
これこそが、俺たちが知っている魔獣とダンジョンの関係なのだから。
「素材だけ持っててもしょうがないですからねえ。活用できる職業の仲間はうちにはいないし」
「だろうな。だからこその提案だ」
「もちろん、お願いします」
これで、宝の持ち腐れにならずにすみそうだ。宝なのかな? スライムだし、あまり期待はできないか。
それでも、無駄に所持しておくよりは、こうして活用してくれる人に預けるべきだろう。
魔獣を倒して、戦利品を処理する。
ああ、なんか久しぶりに探索者らしいことしてる。
ようやく戻ってきた日常に、俺はたしかな充足感を得るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます