第50話 花咲く砂地

「なんか、大変なことになっちゃいましたねえ」


「善と紫杏だけ戻ってこないと思っていたら、そんなことになっていたんだ」


「ああ、紫杏のおかげで無事だったけどな」


「見た!? 夢子! 夫を甲斐甲斐しく守る妻の姿を!」


「見てないわよ……。私も帰還させられてたんだから」


 さすがに疲れも溜まっていたため、休憩所で話ながら一条さんたちを待つ。

 普段この場所を使ってるやつらが使ってるやつらなだけに、なんだかいい印象がない。

 しかし、休憩所に罪はないし、あの探索者たちはまだ戻っていないので、素直にこの場所を利用させてもらおう。


 そうして話をしばらく続けていると、一条さんが再び現れた。

 さすがに一条さんも、どことなく疲れているように見える。


「すみません。お待たせしました」


「いえ、そこまでは……取り調べは終わったんですか?」


 てっきり何日もかかるものかと思っていたのだが……もしかして、俺たちに気を遣って一時的に席を外しただけか?

 そりゃあそうか。さすがにいくら一条さんが優秀でも、もう取り調べを終わらせるなんてできるはずが……。


「例の映像に映っていた探索者のおかげです。彼は言いました『殺そうとした』と、『殺そうとしている』ではなくね」


 そういえば、今現在ワームを使って殺そうとしているはずなのに、まるですでに終わったことのような言い方だったな。

 あんまりな光景に、特に疑問には思わなかった。


「ですから、思ったんです。彼らは樋道に直接命を狙われたのではとね。そして、樋道がいつも身につけている武器の一つからは、間違いなくあの映像の男性の血液の痕跡が残っていました」


「そんなことわかるものなんですか?」


「管理局には、すべての探索者の情報がありますからね。少々手間でしたが、なんとか彼の情報も見つけることができましたよ」


 一条さん優秀だった……。それも思ってた以上にすごい人だな。


「そんな武器さっさと処分すればよかったのに……」


「樋道は自分しか信用できない男ですからね。手元に残すのが一番安心できたのでしょう」


 なんとも哀れな男だ。

 とことん自分本位だった結果、最後は自分で自分の首を絞めてしまったってわけか。


「それじゃあ、管理局の判断は?」


 大地に尋ねられ、一条さんは結果を教えてくれた。


「あの映像記録が全面的に正しいと認められました。樋道はダンジョン内のドロップ品をすべて、私室へと転移させていました」


 それだけの魔力の操作って、そう簡単じゃないと思うんだけど。

 もっといいことに使えばいいのに、なんとももったいないな。


「そして、もう一つ。樋道と例の探索者たちはドロップ品の質を上げるために、このダンジョンの探索者を魔獣に食べさせていたようです」


 ……とんでもないやつだ。

 ダンジョンを管理するはずのやつが、探索者を守るどころか魔獣に探索者を捧げるなんて。


「魔獣が探索者を倒すことで、その魔獣は魔力を吸収します。そして、所持している魔力が多いほど、倒されたときに良品の宝箱へと変換される。あいつはそこに目をつけたようです」


「最悪じゃないですか! どうなってるんですか、ダンジョンの管理人って!!」


 シェリルが怒るのも無理はない。

 きっとこのダンジョンでの死亡事故が多い原因も、樋道に殺されたというのが真実なんだろう。

 あの探索者たちは、樋道に協力して他の探索者たちを痛めつけてワームに捧げていたというところか。


「あれ、でもあの探索者たちは、俺たちが最初にこのダンジョンにきたときに、追い返そうとしていましたよ」


「そういえばそうですね。失礼なやつらですよ、まったく!」


 シェリルもそのときのことを思い出したのか、ぷんぷんと怒っている。

 何も知らない探索者をワームの餌にしたいのなら、【中級】になったばかりの俺たちは格好の餌食のはずだ。

 なのに、なぜあいつらはそうしなかったんだろう。


「それにも原因がありまして、プレートワームは樋道にとっても予想外だったようです」


「あの【上級】のワームがですか?」


「はい。あのワームは本来は【上級】以上のダンジョンにしか現れません。それなのに、この場所に現れてしまったのは、樋道たちがワームに探索者を食べさせすぎたせいで、ワームが変異したようなんです」


 なんだそれ。欲をかきすぎて、そんな危険な魔獣まで生み出したというのか。


「そして、プレートワームは樋道たちには対処できなかった。だから、あれ以上の変異をふせぐためにも、ここ最近では実力が不足している探索者たちを追い返していたそうです」


 それが本当なら皮肉なことにあのワームが誕生したことで、このダンジョンはまともな方針になったということになる。

 そのまま、心を入れ替えてくれたらよかったのに。


「ん~? でも、結局私たちは入場を許可されましたよ?」


「樋道がニトテキアの情報を知ったからでしょうね。ただの初心者たちではなく、将来有望なチームだったため、藁にも縋る思いでプレートワーム攻略の糸口にならないかと、みなさんに探索させたのでしょう」


 それで俺たちがそのままプレートワームを倒しちゃったってわけか。


「そんなにしてまであのワームを倒したかったのは、やっぱりあの映像結晶のせい?」


「でしょうね。自分たちの悪事を告発する証拠。樋道たちはすぐに回収したかったでしょうが、不運にも結晶ごと呑み込んだワームが変異してしまったのです」


「ふん! 悪いことをしたから罰が当たったんですよ!」


 なるほどな。これで大体のことは理解できた。

 つまり俺たちは、わけのわからない事件に巻き込まれて、いい迷惑だったというわけだ。


「ところで、樋道と組んでいた探索者たちは、どうなったんでしょうか?」


「やつらがダンジョンから帰還していなことは確かです。おそらく、しばらくダンジョンの中に隠れる気なのかもしれないので、これから調査隊を派遣する予定です」


「そうですか……よろしくお願いします」


 樋道は捕まり、恐らく例の探索者たちが捕まるのも時間の問題だろう。

 これ以上は一条さんたちに任せるべきだな。

 人間が人間を魔獣の食い物にする。なんとも後味の悪い気持ちに俺たちは思わず黙ってしまう。


「でも、あの映像の人たちのお願いを叶えられてよかったねえ」


 そんな俺たちを元気づけるためか、紫杏はやさしい声でそう言った。


「まあ……そうだな」


 たしかに、あれ以上の犠牲者は出なかった。

 あの人たちの最後の願いを叶えることだけはできた。

 それだけが、せめてもの救いだな。


    ◇


「く、糞が……なんなんだあの馬鹿力の糞餓鬼がっ!!」


 威勢よく大声を出す男だったが、体はそれについていかない。

 気を失いそうになるのを、大声を上げて虚勢をはることでなんとか堪えている状態だからだ。

 だが、その大声は男に更なる不幸を呼び寄せることになる。


「お、おい……嘘だろ……」


 男の声に呼び寄せられたワームの群れは、体を満足に動かせない男に対処できるものではない。

 探索者たちをワームに散々捧げてきた男は、自分の番がきたことを悟るのだった。


「ふ、ふざけんな! なんで俺がこんな……」


 自分たちの所業を棚に上げて怒りを露にする者。


「嫌だ! いやだ! ワームに呑まれて死ぬなんて、そんなの嫌だ!!」


 なんとしても生き延びようと逃げる者。


「うそ、うそよ。だって、私たちは……これからもドロップ品を奪って」


 現実を受け入れられず、これからも楽な生活をできるはずだと自身を騙そうとする者。


「た、助け、助けて! もうしない! もうしないから、ぎゃあぁぁっ!!」


 ワームに対してか、自分たちが殺した者に対してか、誰に向けてかもわからない謝罪をする者。


 ダンジョンに巣くう魔獣の群れは、そのどれをも平等に飲み込むと砂の中へと潜っていった。

 彼らの犠牲者がそうであったように、彼らが命を落とした現場には、わずかな血の痕が残るだけだった……。


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