第42話 黒くて硬くてぶっといやつ
「どうやら順調なようだな」
「ええ、今日はうまくいきました」
「その調子で踏破を目指してくれ」
今日も管理人さんがねぎらってくれた。
しかし、毎日いるようだけどこの人暇なんだろうか。
「う~ん……このダンジョンばかり見ていていいんですかあ?」
シェリルも同じ疑問を浮かべたのか、管理人さんに聞いていた。
「次の探索までに準備が必要だからな、しばらくはダンジョンの管理者として毎日顔を出す予定だ」
「いえ、そうじゃなくて、浩一みたいに他のダンジョンも見ないといけないんですよね?」
「インプダンジョンの一条さんのことです」
名前だけではさすがに伝わらないと思い補足すると、管理人さんはわずかに驚きながらも、納得したような表情を浮かべた。
「なるほど、一条のところの……どおりで、駆け足で強くなるわけだ」
やはり管理人同士ということで、一条さんのことは知っているみたいだ。
「残念ながら、私には一条ほどの実力はないからな。ただでさえ探索者とダンジョンの管理者を兼務しているのに、複数のダンジョンまでは管理できない」
まあ、それはそうだよな。むしろそれができている一条さんや他の上位の探索者たちがおかしい。
「そういうものなんですね。私たちがいつか昇格したら、ダンジョンを管理することになると思うと面倒です」
「強制じゃないから、無理に管理人になる必要はないだろ。俺たちは異世界を目指すから、できれば探索者に専念したいし」
そもそも、管理人適性があるとは思えないからな。
「大地とか夢子なら、そういうの得意そうだよねえ」
「まあ……あの二人は頭いいですから」
「珍しいな。シェリルが二人のことを素直に褒めてる」
「い、いつも素直な人狼のシェリルですから!」
◇
「ワームダンジョン?」
「ああ、慣れたら倒しやすいから俺たちに向いてたよ」
翌日大地と夢子に昨日の成果を共有した。
「う~ん……おかしいな」
「おかしいって、なにが?」
「そこってさ、何人も探索者が死んでるって聞いたよ? 本当にそんなに倒しやすい魔獣なのかな?」
「そんな危険な場所だったのか? あそこ」
たしかにあの巨体が探索者を呑み込もうと襲ってくるとなれば、下手したらそのまま殺されてもおかしくはない。
だけど、昨日のように堅実に戦えば倒せる相手だったし、そもそも呑まれた時点で帰還の結晶を使えば、死ぬことはないと思うのだが……。
「油断してやられた……にしては、ある時期であまりにも大量の死亡事故が起こってるみたいなんだよね」
「もしかして、奥に進んだら数も質も上がって太刀打ちできなくなる、とかかもしれないな」
「【初級】ですら、進むほどに魔獣は強くなるからね。くれぐれも油断しないようにね」
「ああ、そうだな。なにかあったらすぐに帰還できるようにするよ」
まずは、あれが増えたときに集団戦で倒せるかどうか、そして強化された個体が出たときにどれほど強くなるかだな。
なるべくなら踏破したくはあるが、最悪の場合別のダンジョンに行くことも考えるべきか。
いや、でも【中級】って時点でどこもそう簡単ではないよなあ……。
◇
「という話があったけど、今のところはこのまま進んでみようと思うんだけど、二人はどう思う?」
「大丈夫じゃない? なんかあったら私が助けてあげるよ」
「いつでも逃げられるようにしつつ、先に進んでみましょう!」
二人とも俺と同じ意見のようだ。意見も一致したところで昨日に引き続きワームダンジョンへと入場する。
珍しいな。今日は受付のお姉さん以外誰もいないみたいだ。
軽く挨拶をすませて、俺たちは先へと進むことにした。
「とりあえず適度にレベルを上げつつ、昨日の場所の先を目指そう」
「じゃあ最初は手伝うね~」
相変わらず紫杏のおかげで、一番辛い最初のレベル上げもすんなりと進められる。
だけど、紫杏に頼りすぎても俺とシェリルが成長しないからな。レベルだけでなく技術や経験の面でだ。
なので、ある程度レベルが上がると、俺とシェリルだけで倒すようにする。
うん、やっぱりこのワームなら、よほど油断しない限りは死亡事故なんて起きないだろう。
となると、怪しいのは奥にいるであろう群れか、あるいは強化種だな。
「今度は群れか。シェリル、頼んでたとおりにやってくれるか」
「はい! すばしっこい人狼シェリル、撹乱してやります!」
群れと戦うにあたり、一つ事前に打ち合わせをしておいた。
さすがにワームの群れとなると、釣ってる間に仕留めるなんていうのは難しい。
なので、シェリルには完全に回避に専念してもらい、その間に斬撃で可能な限り弱らせるという戦法だ。
「すごいな。攻撃を捨てたらあそこまで避けられるものなのか」
ワームの群れはシェリルに食らいつこうとするも、シェリルは悠々と回避する。
つくづく【再生】や獣人としての戦い方にこだわらないようになってよかったと思う。
どう見てもシェリルの戦い方は、こっちのほうが適正が高いからな。
斬撃をシェリルの邪魔にならないように何度も飛ばしながらも、俺はシェリルの動きに感心していた。
「おぉ~! 追いかけてくる虫がどんどん減ってます! さすがは先生!」
倒れたワームや動けなくなったワームは無視して、まずは元気な敵を優先して攻撃していく。
そうして最後には、無傷のシェリルと死にかけのワームたちだけが残っていた。
「それじゃあ半分ずつ倒していくか」
群れにとどめをさして経験値にして、これで一通りの工程は完了だ。
いけるな。群れが相手でも特に危なげなく倒すことができる。
自身のレベルがまた上がっていくのを知覚しつつも、俺は確かな手応えを感じていた。
「ということは、強化個体がよほど強いってことか」
「そうなっちゃうねえ」
だけどここまできたら、引き返すつもりはない。
いつでも帰還できるよう準備をしつつ、強化個体が出る場所を目指して前へと進む。
◇
それは、階層が切り替わってすぐのできごとだった。
「……先生。他の虫よりも、とてつもない勢いで近づいてきます」
「強化個体か」
「恐らくは」
視覚を封じているからか、今日のシェリルはやけに嗅覚が研ぎ澄まされている。
そのおかげで、接敵するよりもかなり前の段階から、こうして心の準備ができるのはありがたい。
「さあ、どんなワームが出てくるんだ」
「さすがに二人が危なくなったら、私もワームぶん殴るからね?」
「ああ、そのときは頼んだ」
俺の耳にさえ届く轟音。そして前方から立ち込める砂煙。
うっすらと砂の下に見える巨体は、他のワームたちと同じくらいのサイズだ。
まずは一安心する。あれよりでかいと耐久力も攻撃範囲も上がっていただろうからな。
「こっちですよ~! あなたを倒す人狼シェリルが相手してやります!」
シェリルが囮になるべく、大声でワームを誘導し、それはついに姿を現した。
「早いっ!」
通常のワームよりも格段に速く、シェリルの立っていた砂ごと呑み込もうと大口を開けて天に昇る。
シェリルはそれでも、しっかりとワームの攻撃を回避できていたため、無防備なワームの体めがけて爪を振るう。
「おぉぉ~~!?」
しかし、そのワームは通常の個体と異なる黒く光る体で、シェリルの攻撃を弾き返してしまった。
見た目からしてまるで金属みたいだし、相当の硬さを誇るのだろう。
ワームはシェリルの攻撃を意に介さず、高々と黒い塔のようにそびえている。
「あの様子じゃ、斬撃でも無理か!?」
シェリルを援護すべく、最大まで上げた斬撃を放つ。
すると、ワームの体をわずかに斬ったのか、黒い体がわずかに割れている。
「一応効果はあるみたいだが……全然効いてないよな、あれ」
傷の中から紫色の血がわずかに見えてはいるのだが、あの様子ではダメージなんてないに等しいだろう。
それでも自分の体に傷をつけたため、ワームの狙いはシェリルから俺に変わったようだ。
試しに斬撃を飛ばしてみる。しかしわずかに体が割れるだけで、まったく攻撃が効いている気がしない。
「紫杏下がってろ」
「もう、あまり無茶したらだめだよ?」
ワームが俺を呑み込もうと襲いかかるので、横に跳んで回避しつつ剣を刺す。
しかし、シェリルのときと同じように剣では傷一つつけることもできずに、硬い体に弾かれてしまった。
「無理そうか……シェリル! 紫杏! 逃げるぞ!」
シェリルはすでにワームから離れている。俺と紫杏はそのまま走れば逃げ切れる。
なら、まずは普通に走って逃げるとしよう。
念のため帰還の結晶を準備しながら、俺たちは黒ワームの出現前の層まで逃げ戻るのだった。
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