第36話 可能性の魔人
「なあ、紫杏」
「な~に?」
シェリルが正式に俺たちのパーティメンバーになることはほぼ確定した。
であれば、紫杏のことをシェリルに話しておくべきだと思う。
「シェリルに、紫杏がサキュバスってこと話さないか?」
「いいよ~」
「ずいぶんと簡単に決断するな……」
「だって、善がそうするべきだって決めたんでしょ? 善が、私のためにならないことするはずないじゃん」
全面的な信頼がありがたくも責任重大だ。
でもまあ、シェリルなら平気だろう。
魔族仲間でもあるし、あいつはあいつで種族のことで悩んでいたから、紫杏がサキュバスだとしても受け入れてくれるだろう。
「というわけで、私はサキュバスです」
「ほえ~、そうだったんですか」
「みんなには内緒にしてくれ」
「はいっ! あの腹黒にも、夢子にも内緒にします!」
「いや、大地と紫杏には言ってあるから」
ものすごくあっさりと受け入れてくれた。
そもそもあまり俺たちの種族に興味がないのかもしれない。
「あ、でも、それならお姉さまも始まりの四女神とも黎明の七女神とも違う種族ですね」
「ほほう、つまり私とシェリルは始まりの四女神のふりしてる仲間ってわけだね」
「ええ、一緒に私たちの種族もすごいんだってところを見せてやりましょう!」
「いや、シェリルはともかく、紫杏はサキュバスとして有名になったら困るんだけど……」
本当に大丈夫か? 大丈夫だよな?
「そこで、今日は紫杏のサキュバスとしての力を使って試したいことがあるんだ」
「……はっ! わ、わかりました! 不肖シェリル、お二人の邪魔はいたしません!」
顔を真っ赤にしながら、シェリルが力強く宣言する。
多分なんか勘違いしてるよな、こいつ。
「いや、昨日みたいに三人でダンジョンに潜って魔獣を倒すだけだから、そこまで気負う必要はないぞ」
「ええ!? ダンジョンの中で、その……えっちなことするんですか!?」
「誰がそんなことするか!」
「え~……私はいつでもいいのに~」
思考が発情した人狼と万年発情してそうなサキュバス。
俺はこのパーティで今後もやっていけるのだろうか。
◇
「まずはレベル5まで上げる」
「あれ? 先生ってそんなに強いのに、レベルが5じゃないんですか?」
「昨日紫杏に吸われたから1になった」
「や、やっぱりえっちなことしてる……」
すまん。それは否定できない。
「そ、そういうことでしたらお任せください! 先生がレベルを上げやすいように、骨たちを痛めつけておきます!」
ああそうか。一度バラバラにしてもらって、復活した瞬間のスケルトンにとどめを刺せばいいのか。
いつも最初のレベル上げが一番大変だったが、スケルトンの特性のおかげで今回は楽に上げることができそうだ。
「さあ、好きなだけやっちゃってください!」
シェリルがスケルトンを一撃で倒していく。俺は組み上がるスケルトンを片っ端から倒していく。
ゴブリンやコボルト以上の経験値が簡単に手に入り、レベルはあっさりと5に達した。
うわあ、これめちゃくちゃ楽だな。
「さてと、問題はここからだ」
先ほどのレベルアップで、【剣術:初級Lv5】を習得した。
【環境適応力:ダンジョン】と同じくここが上限なのか、それともスキルごとに上限は変わるのか、まずはその検証をしてみたい。
「紫杏。レベルを吸ってくれ」
「ついに善からのお誘いが!」
「【精気集束】のほうでな」
「いじわる」
ダンジョンの中で、しかもシェリルの前でおっぱじめてたまるか。
このスキルのいいところは、レベルを吸うための行為を必要としないこと。
そのおかげで、こうしてダンジョンでもレベルを下げることができる。
そしてもう一つ、オンオフの切り替えができること。
毎晩紫杏に精気を吸われるときは、俺のレベルは根こそぎ持っていかれる。
しかし、このスキルを使うことでレベルを1だけ吸ってもらうとかも可能になったわけだ。
もっとも、紫杏の腹を満たすことを考えると、毎晩の精気吸収では結局すべてのレベルを捧げるつもりだが。
「1だけ吸ってくれ」
「りょうか~い」
体から力が奪われていく感覚が訪れ、それはほどなくして急激な力の減少を生じさせた。
これは、レベルが下がったってことだろうな。
カードを確認すると、たしかにレベルが4になっていたため、紫杏にスキルを中断してもらう。
「これでレベルは4になった。あとは適当なスケルトンを……いた」
そしてスケルトンを倒して再びレベルを5に上げる。
「どうだった~?」
「変化なしだ。う~ん……だめなのか? 紫杏、次はレベルが1になるまで吸ってくれるか?」
続いてレベルを1にしてもらう。
そして、再びスケルトンを倒してレベルを5まで上げる。
「今度はどう?」
「思っていた結果ではなかった。でも、思っていたよりもずっといい結果だ」
【剣術:中級】。俺の剣術はどうやら、ランクが上がったみたいだ。
レベルを4に戻してから5に上げてもスキルに変化はなかった。
だけど、レベルを1に戻してから5に上げると、スキルのランクを上げることができた。
これは、【剣術:初級】の習得には、レベル5までの経験値が必要だからだろう。
「お~、【中級】だ。私たちのランクと同じだねえ」
「そうだな……」
何気ない紫杏の一言でふと可能性が頭をよぎる。
もしかして、【初級】とつくスキルは、探索者のランクを上げるまでは上限がロックされているとか……ありえそうだな。
【初級】のレベルを6上げて【中級】になった、なら【中級】のレベルを6上げたら【上級】になるのだろか。
きっとなる。でも、今は【剣術:中級Lv5】以上には上がらないと思う。
そうなると、ランクが書いていなかった【環境適応力:ダンジョン】は、やっぱりあれ以上は上がらないんだろうなあ。
ありがとう【環境適応力:ダンジョン】。お前のおかげで俺はずいぶんと楽に戦えているよ。
「っと、そろそろ夜になるな。今日はこのままボスを倒して終わりにしよう」
「ふっふっふ、前回のインプのときから成長した。新たなシェリルの力見せてやりますよ!」
平気かな。その感じだと前回と同じ結果になりそうな不安がつきまとうぞ。
◇
「おわっと!」
ボスは黒に近い紫色のスケルトンだった。
目の奥が不気味に光っていて、装備品もどこか高貴というか、上等なものに見える。
だけどこれまでと一つ違うのは、その大きさは通常のスケルトンと同じなのだ。
これまでのボスは雑魚よりも大きな体でごつい姿になっていたが、こいつは相変わらず人間サイズだ。
「は、速いですね!」
そんな見た目だからか、シェリルも戸惑っていたが、動きは他のスケルトンとは比較にならない。
いかにも宝剣ですといった見た目の武器を、ものすごい速度で振り回す。
いや、あれは明確な剣術だ。これもただ武器を振り回していたこれまでの魔獣とは違う。
「シェリルよく見ろ。お前ならこのくらい簡単に避けられるはずだ」
「はいっ!」
俺のほうは【剣術:中級】を取得したおかげか、このスケルトンの攻撃も簡単にさばくことができた。
たしかにボスインプよりはかなり強かったのだが、搦め手がないぶん地力で上回ったらもう負け筋はない。
なので、今はシェリルと一対一で戦ってみてもらっている。
「ん~? 慣れてきました!」
やっぱりシェリルは自分で最強を名乗っていただけあって、その素質はかなりのものだ。
というか、俺も職業スキルのレベル上げという、自分だけの強化がなければ足元にも及ばないだろう。
「じゃあ、最後はみんなで倒すぞ!」
「私とどめはささないからね?」
あとは倒すだけとなったが、やはり紫杏はボスからの経験値を精気に変換したくないようだ。
まあ、倒す前にダメージを与えてもらえば、ダンジョンクリアの証ももらえるから、それでもいいか。
「ふえ~、しぶとかったですね~」
「そうだな。まさか五回も復活するとは思わなかった」
ボスインプが雑魚と違って状態異常を複数かけてきたように、このスケルトンも雑魚から特性が強化されているとは思ったが、まさか復活を三回どころか五回もするとは……。
復活後も強さが変わらなかったのがせめてもの救いだけど、わりと面倒なボスだったな。
「でも、二人とも余裕だったね」
「ボスインプのときみたいなピンチにならなくてよかったよ」
「そのときは、私が守ってあげようじゃない!」
「頼りにしてるよ」
いや、まじで。あのとき紫杏がいなかったらと思うとぞっとする。
俺とシェリルだけだったとしたら、訳も分からないままに死んでいたか、大怪我をしつつも結晶で帰還したかのどちらかだろう。
「あ、ドロップ。善、さっきの宝剣落ちたよ。使っちゃえば?」
「いいのか? 俺がもらっって」
「こういうとき私たちのパーティは楽ですね。武器使うの先生だけですもん」
たしかに、紫杏もシェリルも素手で戦うから武器を必要としない。
よくよく考えると、なんとも金のかからないパーティメンバーだな。
「ボススケルトンの宝剣……やっぱりボスだったのかあいつ」
装備した際のステータスの補正は、ざっとボスコボルトの双剣の2倍。
これはまた、ずいぶんといい装備が手に入ったものだ。
ダンジョン内でのレベル減少に、職業スキルのレベル上限。シェリルとのボス戦に新たな装備。
こうして、本日のダンジョン探索は想像以上に満足できる成果をもって終わることとなった。
◇
「ええっ! まさか、もう踏破したんですか!?」
「はい、前回よりうまく連携できたので」
シェリルを十全に扱えていなかった前回と違って、今回は本当に楽だったからな。
これでまだ、満月の日の狼人という隠し玉があるんだろ? 楽しみになってきた……。
「えいっ」
「いたっ……なんだよ」
脇腹に指を押しつけられた。なんだこの地味な嫌がらせは。
「ダンジョンの中ではシェリルのことを優先してもいいけど、外では私が最優先」
「外でも中でも、紫杏以上に優先する人いないんだけどなあ……」
「ならよしっ!」
満足したのか?
本気の嫉妬ではなく牽制に見えたが、シェリルを牽制する必要はないだろ。
俺の彼女は今日も嫉妬深くてかわいかった。
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