第34話 その日、世界からヘクラーの音が消えた
「スケルトンの群れでも余裕か。シェリルって本当に強かったんだな」
「わ、私は最強ですから……いえ、ありがとうございます先生!」
うん、別に最強じゃなくてもいいと思う。
というか最強ってことは、俺たちのはるか上にいる【極級】の探索者より強くなきゃいけないんだぞ。
自称するのなら将来有望とか期待の新人程度にしておこう、俺たちは。
「じゃあ、ついでだしこのダンジョンも踏破しちゃうか」
「ついで? 随分とダンジョンをなめているみたいだね」
「げっ」
俺の言葉に反応したのは、紫杏でもシェリルでもなかった。
どうにも嫌な縁があるものだなと思う。そういえば、こいつも【初級】ダンジョンをクリアしたとか言ってたな。
アキサメで何度か絡んできた男。
そいつが、パーティメンバーらしき女性二人と一緒に後ろにいた。
「なんなのこいつら? 入るダンジョン間違えてない?」
「そうそう、ここは【初級】の中でも上のダンジョンなのよ? あんたたちみたいな素人はゴブリンでも狩ってなよ」
「まあまあ、どうせ一緒にいる女の子にいいところ見せたかったってところだろ? それより、先に行かせてもらうよ。僕たちは君たちみたいにお遊びでダンジョンに挑んでいないんだ」
なんか性格のきつい女の人たちだな。
それなら俺たちはゆっくりと進んで、このパーティとは遭遇しないようにしよう。
どうせ、急いでクリアする必要もないし、今日はあくまでもシェリルをメンバーに入れた探索に慣れる方が目的だからな。
「行っちゃいましたね。嫌なやつです!」
「そういえば、満月のときのシェリルも一度見てみたいな。満月の日にダンジョン行かない?」
「ええっ、なんで今その話を!? さっきの連中は、私にしか見えていなかったんですか!?」
いや、実害がないのなら、気にする必要もないからな。
ほら、紫杏なんてもう記憶から消してるっぽいぞ。
俺のことを馬鹿にしていたら危険だったかもしれないけど、さすがにあの程度の言葉いまさらなんでもないようだ。
「ほら、シェリルが狼要素多めの変化するというのなら、色々と戦法も変わるかもしれないじゃん」
「あれ、本当に私の記憶にしかないんですか。さっきの……えっと、狼よりの変化はだいぶ醜いので……先生たちの気分を害するかと」
「腐ったりしてるの?」
「してませんけど!?」
なんだ。気分を害するほどの変化というので、ゾンビ要素でも足されるのかと思った。
「じゃあ、問題ないんじゃない? 腐っていたとしても、匂い対策さえなんとかすれば組めると思うし」
「腐ってませんってば! ええ、もう! 知りませんからね、どうなっても!」
場合によっては、満月の日だけダンジョンに挑んだりする必要もありそうだな。
シェリルの狼よりの変化……言いにくいな。
「ちなみに満月のときの変化ってなんか名前ないの?」
「名前といいますか……普段のこの姿は人狼と呼ばれていて、ほとんど狼のときは狼人って呼ばれたりはします」
「じゃあ、そう呼ぶことにするか」
「ただでさえ、人狼でさえ勘違いされるのに、狼人なんて名乗ってたら、よけいに狼獣人と勘違いされるんですけどね~……」
かわいた笑いをするシェリルは、なんとも疲れたような諦めたような表情だった。
人間の俺たちにはわからない、人狼の狼獣人へのコンプレックスはなかなか大変そうだな。
◇
「上の階層の装備が強化されたスケルトンも大丈夫みたいだな」
「はい! 人狼なので!」
スケルトンを危なげなく倒すシェリルが返した言葉は、いつもと少しだけ違っていた。
「おっ、そっちのほうが俺は好きだな」
「ええっ! せ、先生にはお姉さまがいるじゃないですか!」
「え、浮気? 吸う? 誰が善の最愛か体に聞いた方がいい?」
「そうじゃなくて、最強だからと言うよりも、人狼だからと言った方がいいって意見だよ!」
即座にそういう考えに至ってしまうのは、女性が二人に増えたせいなのだろうか。
そもそも、紫杏がいるのに、俺が他の女を口説くはずないだろうが。
「俺は紫杏一筋だと何度も言ってるだろうが」
表情を無くした紫杏に怯むこともなく、頬をひっぱってやると、紫杏はいつもの顔に戻った。
「見て! シェリル、これが正妻の証だよ!」
「先生とお姉さまの愛情表現は、素人の人狼には難しいです」
この階層もこれで一通り探索できたな。
それにしても、相変わらず魔獣しかいないな、宝箱の一つでも落ちていてほしいものだ。
でも、今回はあの先行したパーティもいることだし、いつも以上に望みは薄いか。
上の階に続く階段を上っていると、そこには件のパーティがいた。
しまった。どうやら進むペースが速すぎたようだ。
「なんだ、こんなところまできたのか。それなりにやるのかもしれないね」
「どうせ、私たちが倒した後をついてきて楽してるだけじゃないの?」
「その可能性もあるね。それは不公平だ。ここからは、君たちが先行してくれよ」
なんともひどい言いがかりがあったものだ。
別に俺たちが先に進むのはかまわないんだけど、そっちに経験値は入らないぞ?
むしろ、獲物を俺たちだけで独占してしまっていいのか心配だ。
「じゃあ、先に行くか」
「先生! いいんですか? あんなに好き勝手言われて!」
「う~ん……どうでもよくない?」
「どうでも……いい?」
「だって、あいつらは友達でもパーティメンバーでもない赤の他人だろ。それも、わりと嫌な連中。そんなやつらの言葉にいちいち反応してあげる義理はないよ」
俺は俺のことを好きな人以外別にどうでもいい。
さっきも考えたように、実害がないかぎりは好きに言えばいい。こちらも聞く気はないからな。
「というわけで、俺と紫杏のこと以外は気にすることないぞ。もちろん、スケルトンの動きは気にしてほしいけど」
「は、はいっ! 最強……じゃなかった、人狼シェリルがんばります!」
どうやら、この階層からはスケルトンの種類が変わるみたいだな。
これまでは汚れた白い骨だったけど、血のような不気味な赤い骨がシェリルに襲いかかる。
シェリルはしっかりと回避に専念し、無茶な攻撃はまったくしなかった。
確実な隙だけを狙って、徐々に相手にダメージを与えていくと、一体また一体とスケルトンが朽ちていく。
見違えるような戦果だ。もう複数の魔獣が相手でもなにも問題がない。
ともすれば、じり貧で体力が尽きたところを襲われかねないのだが、人狼という種族はずいぶんとスタミナがあるようだ。
逆にアンデッドで疲れ知らずのはずのスケルトンたちが、先に音を上げそうになっていた。
「どうでしたか先生!」
「うん、完璧だった。やっぱりシェリルは、素早さを武器に回避を主体にしたほうがいい。無茶な突貫するよりな」
「はっ! なんだその臆病な戦い方は!」
うるさいな。さすがにようやく自信をつけたシェリルを貶すのは見過ごせないぞ。
「臆病ね……敵は全滅して、シェリルは無傷。これ以上ない結果だと思うぞ」
「そいつ、獣人でしょ? 獣人のくせに怪我を恐れた戦い方するなんて、バカみたい」
「そんなに言うのなら、その臆病でもなくバカみたいじゃない戦い方を見せてくれよ」
「いいだろう。もっとも、そんな小娘程度に簡単に倒される魔獣ごときじゃ、僕たちのすごさは理解できないかもしれないけどね」
「赤いスケルトンのほうが白いのより弱いんじゃないの? じゃなきゃ、そこの臆病者が一人で蹴散らせるわけないし」
いや、確実に赤いスケルトンのほうが強かったじゃないか。
見ていてわからないのだろうか。
「やっぱり、私は獣人みたいに戦ったほうが……」
「少なくとも俺と紫杏は、さっきの戦い方のほうが助かる」
「えっ、シェリルまた変な戦い方するの? なんで?」
「え、えっと……うぅ……あ、あれ? 理由、ありませんね」
紫杏は心底理解できない様子でシェリルに尋ねた。
シェリルも改めて考えてみると、そんな戦い方に意味はないと思いなおしてくれたようだ。
まあ当然だろうな。ケチをつけたのはシェリルを見下した無責任な者たちだけだ。
実際にパーティを組む俺たちが、改善した戦い方のほうがいいと言っている以上、シェリルに無謀な戦いをする理由などない。
「うん、大丈夫です。私は先生とお姉さまのパーティですから、外野の声なんて聞きません!」
どうやら、ようやく納得してくれたようだ。
今この場で考えを改めてくれてよかったんじゃないか?
そう思うと、あの嫌味なやつらも少しは役に立ってくれたのかもしれない。
……いや、それでも差し引きでマイナスな連中っぽいけどな。
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