第20話 わりとダウトな夢遊病
「なんだ? さっきの話気にしてるのか?」
思えばサキュバスになってもあっけらかんとしているから、紫杏は種族の変化なんか気にしていないと思っていた。
いや、ついさっきまで本当にそうだったのかもしれない。
だけど、生命力が減少するという事象の原因の一つと考えられたためか、改めてサキュバスという存在を気にしてしまったのかもしれない。
「実は、さっきなんとなくステータスを見てみたら、レベルが上がってたの」
「コボルトと戦ったから……ではないよな」
紫杏もボスコボルトと戦いはした。
だけど、今回はとどめを刺して経験値を得たのは俺だ。
なら、紫杏はいつ経験値を得た? 昨晩俺から吸った後に……サキュバスとして活動した?
「身に覚えがあるとか?」
「ないけど……さっきの話、私が善から精気を吸いすぎたときと同じだった」
「考えすぎじゃないのか? 昨日だって隣で寝ていた……」
そう言い切れるか?
いつもレベルが1になるまで、限界まで精気を吸われている。
だから、俺は毎晩朝まで意識を失うかのように眠っている。
夜中に紫杏がいなくなったかどうかなんて証明できるのだろうか。
「サキュバスになったから、私が無意識のうちに精気を求めて誰かを襲ってるのかも……だって、善の生命力まで無理やり吸おうとしたこともあるし」
「いや、でも……紫杏が他の男からそんなことできると思えないんだが」
「私の意識があるなら絶対そんなことしないけど、サキュバスとしての本能のまま行動してたらどうしよう……」
先祖返りの力って話だったよな。
紫杏のご先祖様を調べたらなにかわからないか?
……無理だよな。そんなのとっくに二人で調べてみたことだし。
「私のご先祖様って、やっぱり悪いサキュバスだったのかなあ」
「……とりあえず、それを含めてサキュバスのことをもっと知らないとな」
具体的には異世界に行く許可を得る必要がある。
現世界ではサキュバスの情報なんてほとんどない。
みんなが勝手にイメージするサキュバス像ばかりで、どれが嘘でどれが本当かさえも見分けがつかない。
「結局、ダンジョンをどんどん踏破して、功績を積みながら力をつけていくしかないか」
異世界に行く。それがスタートラインであって、そこからさらにサキュバスの情報を得るか、サキュバスに会う必要がある。
向こうでもサキュバスたちは色々と複雑な立ち位置な種族のはずだからな。
とりあえず、紫杏が悪いわけじゃないって、手っ取り早く証明できないか。
要は本人が無意識のうちに行動できなければいいんだろ?
「いっそのこと、眠っている紫杏のことを縛るとか……」
「き、緊縛の趣味があったの!? そ、そっか~……うん、私がんばるからね!」
「違う……紫杏が動けない間に、生命力が減少する事件があったら、紫杏が犯人じゃないってことだろ?」
「ああ、なるほど。……でも、私の動きを止められるものってあるのかな?」
……ないかも。
無意識で動くってことは、そのパワーを全力で振るうってことだろ。
頑丈な鎖とか、魔法の縄とかでも引きちぎりそうだ。
なんだこれ、俺はいつのまに魔獣を封印する方法を考えることになったんだ。
「あっ! 善が抱きしめて寝てくれたらいいんじゃない?」
「朝起きた時にベッドの下に転がってそうだな」
「もう! 私が無意識で動くことを前提で話してない!?」
いや、念のためというか最悪の場合を想定しただけだよ。
「ああ、それと」
「なに!? まだ彼女をいじめたいの? 善ってもしかしてそっちのタイプ?」
「そっちのタイプかは置いといて、もしも紫杏がどうしようもなく悪いサキュバスだったとしても、俺は紫杏のことを愛しているし紫杏の味方だから」
「……もう! ずるい!」
抱きつくのか胸を叩くのかどっちかにしてほしいけど、本気で叩いてないのがせめてもの救いか。
本気で叩かれたら俺の胸骨がバキバキにへし折れる。ダンジョンの外だし、そもそもステータス差がありすぎるからな。
抱きつかれたまま帰宅するのは歩きにくかった。
そして、その日の夜は俺ではなく紫杏が、俺のことを抱きしめながら寝ることになるのだった。
なんか、大蛇に巻きつかれる夢を見たぞ……。
◇
「ああ、その話なら僕たちも聞いたよ。善と紫杏みたいに忠告もされた」
「私も聞いた。たしかにサキュバスっぽいな~とは思ったのよね」
「む、無実を主張したいです!」
やっぱり二人とも知っていたか。
「まあ、そうだろうね。大体、善以外の男の精気吸う紫杏とか想像できないし」
「そうねえ。むしろ、無意識のうちに善の生命力を吸わないかのほうが心配よ」
「そ、そっちはしないと約束できません!」
「いや、してくれよ。死ぬぞ、俺が」
毎晩隣で寝ているのが、凶悪な肉食獣だった。
「善の体が気持ちよすぎるのがいけないと思うんだけど!?」
「いや、サキュバスであるお前に言われたくない。もうお前以外で興奮できる自信がないぞ俺は」
「仲が良くてなによりだねー」
「私たちはその話どういう気持ちで聞けばいいのかしら……」
たしかに人前で話すことじゃないな。
でも、二人ともその事件の犯人が紫杏じゃないと思ってくれている。
というか、そもそも容疑者として考えたこともないというのが嬉しい。
「昨日は多分ずっと隣で寝てたと思うぞ。大蛇の悪夢見たから」
「大蛇の悪夢?」
「こっちの話。だから、昨晩も同じような事件があったら、紫杏の容疑はほぼ晴れたってことでいいはずだ」
容疑といっても、別に誰かに疑われてるわけじゃないけどな。
他ならぬ紫杏自身が自分を疑っているというだけだ。
「僕たちもそれとなく情報を集めてみるよ」
「ありがと~大地~」
紫杏が奇妙な動きで大地にお礼を言う。
俺も大地もわかっている。本当ならハグくらいしたいが無理だった。握手をしたかったが無理だった。
大地とはそれくらいの仲ではあるのに、どうしても触れることができないのだ。
それを十分理解しているからか、大地も気にせずに笑って返事をする。
「どういたしまして、まああくまでついでだから、そこまで期待はしないでね」
「それじゃあ、私は今までどおり大地と別のダンジョンの攻略進めようかしら。情報源は多いほうがいいだろうし」
「ありがと~夢子~」
紫杏は今度は抱きついてお礼を言った。
二人の親友。そのどちらにも同じくらいの感謝をしている。
同性と異性の差こそあれど、明確に感謝のための行動が異なっている。
やっぱり、こんな紫杏が無意識といえど他の男から精気を奪えるとは思えないんだけどなあ……。
紫杏が心配しすぎなだけ、という結果になることを願おう。
「暑いから善に抱きついて」
「おっけ~!」
また顔がやわらかい肉に埋まった。
たしかに暑いな……なんか蒸し暑い。
「俺も暑いんだけど」
「いやあ、夢子のお願いだからしかたないな~! 私も辛いけどしかたないな~!」
紫杏を力づくで引きはがそうとするが、やはり俺の力じゃびくともしなかった。
うん、お前は間違いなくサキュバスだよ。頼むから他の男を襲わないでくれよ?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます