第19話 尾ひれだらけのマーメイド

「よかったねえ、善これ欲しそうにしてたでしょ?」


 言葉に出したつもりはなかったがわかるのか……。

 でも、ちょっと事情というか印象が変わってしまった。


 というのも、でかいのだこの剣。

 ボスコボルトは軽々と振るっていたけど、よくよく考えるとあの巨体だからできていただけで、人間の俺には片手で振るえるだけの膂力はない。

 今持っているホブゴブリンの剣を、急に二刀流で扱えと言われているようなものだ。


「片方だけ使えばいけるか? いや、そもそも片方だけ使うとかできるのかな」


 普通に考えれば双剣のうち一方だけを使うなんて、できるかどうか考えるまでもなく可能だ。

 だけど、そこに魔力やら加護やらスキルやらが関わってくると話が変わってくる。

 完全な状態以外では、著しくその武器や装備が発揮する力を制限されることがあるのだ。


「まずは二本とも持って……やっぱり片手だとちょっと辛い。こんなの振り回してたら、俺の体ごと振り回されそうだ」


 ステータスを確認すると、そこには装備の補正を十全に反映された数値が記載されている。

 問題はここから。


「それじゃあ、一本だけ持ってみると……」


 なるほど、装備の補正値がきっかり先ほどの半分に下がっている。

 ならよかった。双剣として装備しないと補正値が激減する、とかではないタイプの武器のようだ。


「買ったばかりでもったいないけど、これからはこの武器を使うことにするよ」


「いいんじゃない? ダンジョンでよりよい武器や装備が落ちたら、そっちに切り替えるのが普通だって習ったし」


 できれば、アキサメへ行く前に落ちてくれたらなあとも思う。

 でも、あの店員さんに普通の客と認められたことだし、きっと悪いことばかりではないと思っておくか。


「ゴブリンソードはどうするの?」


「ホブゴブリンの剣な。これもボスコボルトの双剣の片割れも、一応予備としてとっておこうと思う」


 今のところ資金繰りに困ったりしてないし、予備とするか誰かに譲るか売るか、使い方を急いで決めることもないだろう。


「じゃあ、あとは受付さんに報告しておしまいだね。ふふっ、順調順調、このままだとすぐに【中級】探索者だよ?」


「そこから先をどうするかが問題だからな。とりあえずは一歩ずつ進んでいこう」


 紫杏の言うとおり、非常に順調にダンジョンを攻略できている。

 だけど、このゴリ押しのような方法以外を考えないと、いずれは行き詰まりだ。

 【環境適応力:ダンジョン】が、あんなに早く頭打ちにならなければなあ……。


    ◇


「……いえ、ボスゴブリンを倒したとはお聞きしていますが、まさか初日で踏破するとは」


 そういえば、ゴブリンのダンジョンと違って、ここは一日目の挑戦でボスを倒してしまった。

 だって、コボルトやりにくいし……ゴブリンのほうが楽だけど、経験値やアイテムもたいして変わらないみたいだからな。

 ならここで検証したり経験値やアイテムを稼ぐ理由はほとんどない。


「なんたって、私の善ですからね!」


「烏丸さんもですが、北原さんも、つい最近探索者になったとは思えないほどの活躍ですよ……」


 受付さんは、俺たちのことを終始褒めてくれた後、仕事仲間の他のダンジョンの受付さんへのいい話題ができたと微笑んだ。

 見惚れてないから、脇腹つねろうとしないでくれる?


「本当に仲が良いんですね」


 おかしい、今日が初めてのダンジョンだし、この受付さんとも初めて会う。

 それなのに、俺と紫杏の仲が良いと再確認するかのような言動。

 これ……初心者ダンジョンやゴブリンダンジョンの受付さんから、俺たちの関係も色々と聞いているんじゃないか……?


「ラブラブです! 色目使っても無駄なんで諦めてくださいね!」


「まあ……ふふっ」


 改めて受付さんは笑ったが、すぐに真剣な表情へと変わる。


「でも、お二人ともそれだけ強いと、狙われるかもしれないので気をつけてくださいね?」


「狙われるって穏やかじゃないですね。他の探索者たちにってことですか?」


 理由なら思いつく。

 一見順調に進んでいる俺たちへの嫉妬から、絡まれたりすることもあるかもしれない。

 紫杏というかわいくて美しくて愛らしい彼女を狙って、アキサメにいた変なのみたいに俺を狙うやつがいるかもしれない。


「いえ、目撃情報もあいまいですし噂話程度なんですが……出るんですよ」


「出るって、なにがですか?」


「もしかして、お化け?」


 幽霊系の魔獣か、まだ魔法を使いこなせていないから厳しいかもしれない。

 紫杏も基本はぶん殴りこそが武器ってタイプだし、俺たちと相性が悪いな。


「お化けではなく、サキュバスです」


「えっ……?」


「……」


 思わず聞き返してしまった。

 いや、落ち着け。なにも紫杏のことを言ってるわけじゃない。

 だって、目撃情報があいまいって言ってたじゃないか。目の前にいる紫杏のことならそんな表現は使わない。


「なんで、そんな噂が?」


 なら、紫杏は関係ない。

 変に勘ぐられるような反応はせずに、そのサキュバスとやらの話を聞くんだ。


「ここ数日の話なんですが、探索者が……それも最近探索者になった者だけが、休息をとっても逆に疲労が増したりと、不可解な現象が起きているみたいなんです」


 なんだ、そんなことならサキュバスがどうとかは、面白がって話に尾びれがついただけみたいだな。


「それは、単に寝つきが悪かったとかじゃないんですか?」


 寝てるのに疲れがとれないってだけだろ?


「最初はそう思っていたのですが、あまりにも体調が悪かった探索者の一人が回復術師に診てもらったんです」


 なんか、俺が紫杏に生命力を吸われたときに似ているな。


「そうしたら、生命力が失われていることが確認できまして……」


 心臓が高鳴る。もしかして、ばれているんじゃないかと不安になってしまう。

 紫杏が疑われている? いや、紫杏がサキュバスだということは、信用できる者しか知らないはずだ。


「そういえば……初心者ダンジョンの仲間から聞きましたが、烏丸さんも……同じようなことを経験したんですよね?」


 俺は今、平静を装えているだろうか。


 紫杏じゃない。絶対に違うと断言できる。

 だって、こいつは俺以外の男が苦手なんだ。

 付き合いの長い大地でさえ、紫杏は接触をしないようにしている。

 そんな紫杏が、俺以外の男から生命力を奪えるはずがない。


「ええ、でもそれは無理をしすぎちゃったせいですし、あれ以来は同じヘマをしていないので大丈夫ですよ?」


 嘘は言っていない。

 紫杏が無理をして俺の精気を吸いすぎたせいだし、そうならないようにレベルだけを吸うようにしたので、あの日以来生命力を吸われたことはない。


「そうでしたか、それならよかったです。実は烏丸さんがすでに噂のサキュバスの被害にあっていたら大変ですし、なにかご存じでしたら情報をいただこうとも思いましたが……無関係だったんですね」


「そもそも、本当にサキュバスの仕業なんですか?」


「あくまでも面白がってそんな噂として広まってるだけだと思いますよ。初心者の中で有望な者だけが精気を奪われるということで、サキュバスが暗躍しているって言われてますけど、吸血鬼だとか魔王だとかも言われています」


 なんだか無責任な噂話だなあ……紫杏が疑われているのかと焦って損した。


「ですが、不可解な生命力の減少は、たしかに発生しています。お二人も有望な初心者……いえ、今は【初級】探索者ですので、くれぐれもお気をつけくださいね?」


「はい、ありがとうございます」


「……」


    ◇


 結局は、善意からの忠告兼世間話に近いものだったようだ。

 しかし、生命力の減少か……一度体験した身からすると他人ごとではないな。

 あれ、結構怖いんだよなあ。直前まで意識がはっきりとしているのに、急に電源が落ちたかのようにその後の意識が途絶える。

 できれば、もう味わいたくない出来事でもある。


「そういえば、紫杏途中から大人しかったな?」


 飽きたんだろうか。受付さんの話。


「……ねえ、善。私がどうしようもなく悪いサキュバスだったらどうする?」


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