第10話 移り気なインテルメッツォ

「あ、あの……本当にいいんですか? 学校でも、まずは探索者として成長することを推奨していると思いますが」


「はい。試しにちょっと変えてみるだけで、すぐに探索者に戻しますから」


「一応そういうこともできますけど、職業の変更は無料ではありませんよ?」


「ええ、ちゃんと料金は払います」


「……マスターしないで職業を変えても、ステータス強化はされませんよ?」


「はい。色々と試してみたいだけなので」


 役所の職業課の職員さんは、なにもいじわるで俺の職業変更を止めているのではない。

 無意味だと何度も念を押してくれているのだ。


 職業はレベル100で完全に習得した扱いとなり、いわゆるマスターした状態となる。

 その状態で別の職業に変更したときに、ステータスに補正がかかる。

 職員さんは俺がそのことを勘違いして、マスターしていないのに職業を転々と変えて、補正を得ようとしているアホの子だと危惧しているのかもしれない。

 そんな無意味な職業変更で、金銭を浪費すべきではないと忠告してくれているのだ。


「……では、手続きのとおり剣士に変更します」


 根負けしたように、職員さんは俺の職業変更手続きを進めてくれた。

 カードに記載された職業にはしっかりと、剣士の二文字が刻まれている。

 そして、昨晩習得した【環境適応力:ダンジョン】もしっかりと残っている。


 やっぱり、スキルは習得さえしてしまえば、永久的に残り続けるんだ。

 職業をマスターしないで別の職業になったとしても、前の職業スキルも併用できる。

 これは、俺にとっては重要な情報なんじゃないか?


 なかなか痛い出費ではある。

 一度の職業変更で一日分のバイト代を失うのだから。

 だけど、それ以上に得るものがあったと思いたいな。


    ◇


「うふふ」


「なんだ、どうした?」


 紫杏がご機嫌ですと言わんばかりに、俺の顔を見て嬉しそうに笑っていた。


「善が嬉しいなら私も嬉しい!」


「そ、そうか……」


 これを本音で言ってくるのだから、たまにこちらのほうが恥ずかしくなりそうだ。


「おっ、惚れ直したか~?」


「うっさい。今日もスライムを倒すぞ」


 初日から毎日通っている初心者ダンジョン。

 職員さんもすでに慣れたもので、俺たちの入場手続きをすんなりと終わらせてくれた。


「善はスライム好きだね~」


「倒しやすくて、事故も起こりにくくて、検証するだけなら十分だからな」


「私とどっちが好き?」


「だからスライムと張り合うなって……」


 冗談なのか本気の嫉妬なのか、たまにわからなくなるんだよな。


「あ、浮気相手だ」


「人聞きが悪いって!」


 いつものように現れたスライムに斬りかかる。

 やっぱり一度では倒せなかったけど、今日はレベル1の状態なのに二度の攻撃で倒せた。


「よし、スキルはちゃんと発動している。このまま、レベル5までがんばるか」


「はいはい。浮気が終わったらちゃんと正妻の相手もしてよ?」


「まだ妻ではない」


 というかスライムが浮気相手とか嫌だ。

 そんな俺たちの会話を知ってか知らずか、スライムは定期的に俺たちへと襲いかかってきた。

 そして、ついにその時がやってくる。


「よし! 今のはレベルが上がった感覚だろ」


 たしかな手ごたえを感じ、カードを確認すると俺のレベルは5になっていた。


「スキルは……【剣術:初級】か。そういえば、ユニークスキルでも剣術ってあったよな。字面からすると、こっちは劣化版って感じか」


 だとしても、剣での戦いに有利なスキルだということは想像できる。

 いいね。手探りでレベルが増減していたときと違って、たしかな前進をしている実感がわいてくる。


「ねえねえ、善」


「どうした? 紫杏」


「私いいこと思いついた」


 なんだろう。たしかに、ずっとスライム退治をしていた俺と違って、紫杏は考える時間はいくらでもあった。

 もしかして、俺が気づいていないような発見があったのかもしれない。


「スライムを倒した数だけ、私がその晩精気を吸っていくのはどうかな?」


「どうかなじゃないが……」


「ええ~! 正妻より浮気相手のほうが多いのはずるいよ」


 ああ、それまだ続いていたのか。

 相手はスライムだし、そもそも倒した数と精気を吸う数を比較するのもおかしいし……冗談だよな?


 しかし、俺はその日の晩思い知った。

 紫杏の提案は何一つ冗談なんかではないということを…・・・


    ◇


「だから、やめたほうがいいですって!」


「いえ、あと二つだけ! あと二つだけお願いします!」


 翌日再び役所を訪れると、俺の奇行を覚えていたのか昨日の職員さんが相手をしてくれた。

 そして、今度は魔法使いになりたいと言う俺を全力で止めようとしてくる。

 真面目だし親身になってくれる良い職員さんなんだけど、悪いが今はそれが逆効果だ。


「絶対に後から文句言ったりしませんから! なんなら誓約書とか書きますから!」


「……料金も昨日と同じなんですよ? こんな無駄な使い方するよりも、装備品を買ったりしたほうがいいですって……」


 最後の忠告をするも、俺の意思が変わらないのを見ると、職員さんは呆れながらも職務を全うしてくれる。

 いや、ほんとにすみません。変人の相手をさせてしまいまして……



「よし! 【魔術:初級】……? 大地の毒とか夢子の火みたいな属性はないのか」



「……あの、さっき職業変えたばかりですよね?」


「変えたばかりです」


「せめて、もう少し試してみましょうよ! 自分にあってるかどうかもこんな短時間じゃわかりませんって!」


「いえいえ、可もなく不可もなくでした。なので次は癒し手でお願いします」


「どんどん初心者が一人で挑むのに向いていない職業になってるじゃないですか!」


「いやあ、あはは……」


 【剣術:初級】のおかげか、もはやスライムを倒すのは完全な作業と化した。

 そのおかげで、昨日の半分ほどの時間で魔法使いのレベルを5にできたため、まだ受付中の役所で手続きを依頼する。

 さすがに、日に二度も職業を変えるなんて、多分今まで行った者がいないほどの奇行だろう。


 職員さんは、これまでで一番必死になって止めてくれた。

 すみません。それでも俺は職業を変えたいんです。

 探索者の常時強化、剣士の近接戦闘術、魔法使いの遠距離戦闘術。

 ここまで揃ったなら、回復スキルも欲しいじゃないか。


「……最近の若者って飽きっぽいんですかねえ」


「あ、明日は探索者に戻すから大丈夫です」


「だったら、この癒し手意味ないですよねえ!?」


 あるんだ。

 スキルは他人に公にすべきでないから言えないけど、俺にはとても大切な意味があるんだ。



「俺、あの役所の要注意人物のリストとかに乗ってるかもなあ」


 職業スキル【回復術:初級】。その入手と引き換えに、俺は信用を失ったような気がする。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る