第二十八話: 見上げてごらん、高く遠く

「――確かに伝えたぞ」

「神々の従僕たるこの司祭アドニス、しか拝承はいしょういたしました。星の神よ、御身おんみに栄光あれ」


 その言葉を受け、星の神はかすかに首肯しゅこうしたようだった。


『今の話にそんな神妙さはいらないだろう! こっそり僕にだけ聞かせてくれたらいいものを』


 神の姿を直視せぬよう深くこうべを垂れる者、それとは逆に、目に焼き付けようと注視し続ける者、涙を流しながら両手を組んで祈りを捧げる者、わけも分からずきょろきょろ周りを見回す者……それらを前にして役目を終えた星神は全身から光を放ち始める。


 そして、激しい閃光!


 思わず目を閉じた人々が再び目を開くと、現れたとき同様……いや、真逆に、もはや光り輝く姿は地上になく、遙か天空の彼方かなたに飛び去っていく一筋の流れ星があるだけだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あの後は大変だったよ。地上に神が現れるのは有史以来、初めてだとか何とかアドニス司祭は大興奮だし、村のみんなも大はしゃぎで次の日の夜まで祭りが延長しちゃうし……」


 隣町へと向かう羽車ばしゃの旅、野営の焚火を前にして数日前の出来事を思う。

 星祭りの場へ降臨した本物の星の神と、それによってもたらされた神託のことを。


言伝ことづてはすべて日本語・・・だったから、この異世界の人にとっては意味不明な呪文に過ぎないんだが、最後に『ショーゴさん』なんて名前を呼んでくれたもんで、ごまかすのが一苦労だったな」


 そう、実はあのとき伝えられた【神の言葉】は前世地球の日本語で話されていた。

 よって、僕以外の誰にも言葉の意味は伝わらなかったものの、それがメッセージである以上、あの場にいた誰へ向けたものであったのかという疑問が残ってしまう。


 内容はあくまで個人的な話に過ぎず、話せば大事になりそうだ……というわけで知らんぷりを決め込ませてもらったけれども。


「あれ、女神の声だよね? こっちはもう転生して九年も経ったのに、どれだけマイペースなの」


『神ちゃん、僕らを着の身着のまま雪山へ放り出したことなんて気付いてもなさそうだ……』


 前世地球から僕たちを拾い上げ、この異世界ニルヴィシアへ送り込んだ自称女神――おそらく創造神レエンパエマと呼ばれる存在――が、あのメッセージの送り主であろう。


 あれこれ長々と喋っていた割りに重要な情報はほとんどなかった。


 ただ一つを除いては。


『赤い糸? 僕と同様、もしも彼女が転生生まれ変わりしているのなら、近くに行けば自然と出逢えるだって?』


「逆に言うと、一ヶ所に留まっていたら会いにくいってことになるのかもね」


 立場上、あまり勝手な行動はできまいと、これまでれる気持ちを必死に抑えてきた僕だ……が、そんな話を聞いてしまえば、いつまでもじっとしてなどいられるものか!


 今回、僕がこうして旅の空の下にあるのは、要するにそういう事情によるものだ。

 我ながら大人げなく楽天家をせっついてしまった。まったく反省はしていないけどな。


「白ぼっちゃん!」


 と、一人、物思いにふけっていた僕の隣へ飛び込んできたのは、例によってファルーラだった。

 地面に腹を着けて休んでいるイーソーの翼の裏にぐいぐい潜り込み、目をキラキラさせながら真っ直ぐこちらを見上げ、もう夜だというのに興奮気味な様子で話しかけてくる。


「町! 明日のお昼前に着くんだって。楽しみねー」

「あ、ああ、うん……でも、ファルは人がたくさんいるところは苦手だろ? 大丈夫そう?」

「へーき! 耳、隠しておくから」


 シュッと尖った笹穂槍ささほやりのような長耳を揺らし、ふんす!と自信ありげな顔を見せた。

 そんなこんな、二人で温かいスープをすすったりしていれば、ゆるゆると夜は更けゆく。


『何はともあれ、村の外へ出掛ける許可が下りてよかった……本当に長かったよ』


 ふと、夜空を見上げれば、真っ黒な夜空に溶け込みそうなか細いヽヽヽ三日月が浮かんでいた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 明けて、翌日の朝【山ノ三刻(午前七時頃)】。


「ほら、ぼん……シェガロ様、見えてきましたぜ」


 隣で御者としてモントリー二羽立ての羽車ばしゃを駆るノブロゴ翁が、不意に声を掛けてきた。

 野営地を出立してしばし、草木がまばらになってきた草原を抜け、ゆるやかな丘のみちを登り始めたところでのことである。


「あれがティノ・オギャリイの町か。思ってたよりも小さそうだね」

「広さだけで見りゃ、うちと大して変わんないですぜ。畑が少ない分、建物は多いですがね」


 遠く見上げた先、丘の頂辺りに左右へ続く石壁が立ち並んでいる。

 高さは大人の背丈と比べて二倍ほどだろうか、向こう側の建物が屋根だけしか見えていない。


 しかし、更に奥の方、丘の頂上には一段と高い別の壁で囲まれた区画も見えた。

 その中に建つのは石造りの大きな楼閣ろうかく……あれこそが、オギャリイ城爵の住まう城なのだろう。


『スペインのベルモンテ城を思い出すよ。修学旅行の引率で訪れたくらいの記憶しかないけれど』


 一際高くなった中央にそびえる城に、いわゆるシンデレラ城のような幻想感メルヘンはまったくない。

 高さ二十メートルはありそうな丸みを帯びた主塔を中心にえ、城塞じょうさいと呼ぶべきたたずまいである。


 多種多様な魔獣だけに留まらず、蛮族からも絶えず攻め込まれるおそれがある王国南方の開拓地、その最前線を防衛する拠点が、このオギャリイ城爵の領都――城郭都市モットスなのだ。

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