第三話: 乾期に芽吹く不和の種
「さて……と、固い話で疲れちゃったね。お待たせ」
「あたまさわって?」
「かばでぃ! かばでぃ! かば……白ぼっちゃん、もう終わったの?」
つまらない
幸い、ここは食事処だし、お茶でも飲んで休憩するとしようか――。
「いたいた!
肩を
現在のエルキル家は、ノブロゴを筆頭に六人の従士――家臣を雇うことができている。
彼はその中の一人、かつての
村の元気な連中を集めた自警団のリーダーを務め、毎日、朝から晩まで領内を見回っている。
「
「あー、うん……言われた……かなぁ?」
「言いましたよ! 確かに
「いや、えっと……あ! ほら、今日は司祭殿がいたから一人じゃなかったし?」
視線を泳がせていると、相変わらず
従士の
「フッ……私を頭数に入れられては困りますよ、シェガロ様。『祈る者は戦う者にあらず』です」
「でも、アドニス司祭、神聖術で
「あのまま目の前で暴れられてはカフェが台無しでしたからねえ」
「……そうですか」
この世界の聖職者は、彼のような俗世に対し一本しっかりと線を引いている者が少なくない。
なにせ神が実在し、神聖術という形で明らかな奇跡を起こすことさえできるため、布教活動を
神殿を維持管理して訪れる人々を
まぁ、うちの場合は領主の直轄地であり、母トゥーニヤという司祭相当の先任神官までいる。
考えてみれば、
「女神レエンパエマはこう仰っています。『不要に手を差し伸べることなかれ。なし得ることは自身にさせよ。成長フラグ折るべからず』と。物事の最善手が常に同じだとは限りませんよ」
「ああ、『天は自ら助くる者を助く』とか言うしねぇ」
「ほほぉ、いつもながら上手く要点をまとめられますね、シェガロ様。……やはり面白い!」
その美貌に喜色を浮かべ、席から立ち上がるやいなやアドニス司祭が
「きゅ、急に迫ってこないでもらえます、司祭殿?」
『近い! 近い! いくら綺麗でも男の顔はアップで見たくない』
顔の前で両手を広げながら、僕は斜めに背を
そんな間抜けな光景をファルーラは「なかよしだねー」などと言って笑いながら眺めていた。
従士はと言えば、ゆるい空気に
気が付けば、しばらくテーブルを囲んでわいわいと騒いでしまっていたらしい。
もう暴徒たちはそれぞれ処分を下されたのだろう、近くには縛り上げられた数名を残すのみだ。
自警団の団員たちは各々が乗ってきた
「親父!」
と、一人の青年が、
「大丈夫だったかよ?」
「あ、ああ、すまねえなぁ。またオラのせいで巻き込んじまってよぉ」
「謝んなって。親父は別に悪くなかっただろうが」
先ほどの騒動、絡まれていた側である三人の農奴たちは軽微な罰で
青年は
確かに二人の外見はよく似ており、言われずとも容易に
元からこの辺りの土地に暮らす異民族の出であることを如実に表している黒髪に黒褐色の肌、スマートでありながら筋肉質のアスリート体型も共通している。
しかし、青年には、それ以上に明らかな特徴も見て取れた。
頭から被った
無傷の左半面と比べるまでもなく、顔立ちは彫りの深いハンサムであるだけに一層痛々しい。
更に言えば、父親の首回りに刻まれている奴隷の証【隷属紋】が彼には無いということも一つ。
そう、青年自身は奴隷に
「ユゼク……」
思わず漏れた僕の小さな声に反応し、彼はこちらへ顔を向ける。
だが、すぐさま険しく眉をひそめたかと思えば目を
『相変わらず嫌われてるなぁ』
「うん、無理もないとは思うけど」
「白ぼっちゃん、ジック
「そうなんだ。ジックとは、前にちょっと……いろいろあってね」
「ふーん、仲直りできるといいねえ」
ユゼクというのは、あの青年の名前だ。
愛称のジックで呼んでいることからお察しの通り、僕とファルーラは彼を知っている。
三人共、この開拓村の最初期メンバーのため、幼い頃はよく面倒を見てもらったものだ……が。
「フ……そろそろ一服しては
「そう言えば、そうしようと思ってたんでした。ファルもこっちおいで」
「やったー! 白ぼっちゃんのおごりだー!」
ナイコーンさまの背に
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