第十九話: 身構える一行と鬼の使者

――入れてやれ。……そやつらは異世界人だ。


「「日本語!?」」


 どこからともなく突如として響いてきた怪音波……いや、声は、僕たちの頭の中で反響した後、明らかに意味を持つ日本語の音となって消えていった。


「待ってくれ! 貴方あなたは何者なんだ! どうして僕たちのことを――」

「普通の音ではありませんでした。どこか別の場所から直接頭の中へ伝わってきたような……」

「月子にも聞こえたんだな? あの電子音じみた日本語の声が」

「はい、初めはケオニの鳴き声でしたけれど」

「ああ、僕も同じだ」


 あまりの衝撃に、僕のみならず月子まで、自分たちが敵地の入り口にいることを忘れていた。

 だが、幸いなことに僕らには頼りになる仲間たちがいる。

 変わった事態にすかさず警鐘を鳴らしてくれたのはチビどもだった。


「みにゃあ!」

「ばうっふ!」


 いきなり僕と月子を守れる位置に踏み出した二頭の力強い鳴き声に気を取り直す。

 回廊――先の方がどうなっているか不明なので廊下と言うべきか? まぁ、良いだろう――の奥へ目を向ければ、左右に並んだいくつもの扉が開かれ、中から続々と、数十人のケオニたちが通路へ出てきている様子が見えた。


 この回廊は、高さと幅、共にかなりの余裕があり、ベア吉を真ん中にして左右に僕と月子とが並んで反復横跳びをできるくらいには広い。

 流石さすがにカーゴを乗り入れたら身動きが取れないだろうと、こうして降りてやって来たわけだが、その気になれば乗って入れそうなくらいには広い。


 そんな回廊がみっしり埋め尽くされつつある。

 多数のケオニによってだ。


「一時撤退もやむなしか」


 と、退却を決めかけるが、いつまで経ってもケオニ集団はこちらへ攻めてこようとはしない。

 いつものようにギャーギャーわめくでもなく、ザワザワという控えめな喧騒けんそうで遠巻きにしている連中の様子が変わったのは、増員が落ち着き、更に数分が経過した頃だった。


 人混みの中から三人のケオニが進み出てきた。


 武具をまとった巨体の戦士ケオニとも、やや小柄でシャープな印象だった弓ケオニとも、いや、奥に見えている他のどのケオニとも異なる姿をした三人のケオニである。


 身体からだを覆う長い体毛、ゴツゴツとした質感の地肌は蒼い色、鼻が大きく前へ突き出している。そうしたケオニ族に共通する特徴も、どこか他の奴らとは受ける印象が違う。

 布地が多い衣服をまとって身綺麗にしている。また、特徴的な長い毛が手入れされているため、ボサボサではなく、その顔があらわになって見映みばえ良く見えた。いや、そういう人種と言われれば実際に通りそうなくらい人間に近い顔立ちをしており、獣っぽさがあまり感じられないのだ。


「……と言うか、三人とも女性じゃないか?」

「間違いありません。女性のケオニたちですね」


 よく見れば、長い毛に覆われているのは頭と四肢だけのようだ。

 衣服の脇からチラチラと見えている豊かな胸と腰にかけてのラインが女性らしさを主張する。

 いや、いかん……。じろじろと観察していい場所じゃあないな。


「先ほどの声を受けての対応とは思いますけれど、どういったおつもりなのでしょう」

「そう言えば、さっきの声は僕らに向けてのものではなさそうだったな。確か『入れてやれ』と言っていたが」

「ええ、先頭の赤い髪をした方が特別な地位にある貴人きじんなのではありませんか?」

「案内でもしてくれるのかな」


 確かに、ゆっくりとこちらへ向かってくる三人の中でも、先頭の一人は異彩を放っていた。

 同行する二人も含めた他のケオニがすべて緑がかった灰色の毛であるのに対し、明るい緋色の体毛を生やしており、非常に整った顔立ち、飾りの付いた衣装……これで只者ただもののはずはなかろう。


 三人の女性ケオニは僕たちの前方五六ごろくメートルほどの地点で歩みを止めた。

 そこから数歩、赤毛ケオニだけが前へ進み出ると、おもむろに口を開く。

 紡ぎ出される声は、ややハスキーながら女性らしい高さで――。


「ギギイ、ギーイ」


「……っ!」

「日本語ではないのですね」


 うん、僕も同じこと思ったよ。

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