第十六話: ちょっと引かれるクマ

 精霊術の炎をまとったスコップは、思いの外、軽い手応えで戦士ケオニAの首をった。

 いくらなんでも首を落とされて復活するとは思わないが、断面を焼くために炎までまとわせる徹底ぶりだ。うめき声一つ上げることなく首はごろりと地面へ転がり、既にほとんど動かなかった瀕死の身体からだは、小さな痙攣けいれんと切断面から流れ出す少量の血を除き、完全にその動きを止めた。


 が、そこで、まるで予想だにしていなかった怪現象が起こる。


――ビキッ! ビキビキィッ! ……ゴトリ。


「なんだ、これは!? こいつらは一体……」


 ち切られた戦士Aの頭と胴体が、突如として石になって崩れたのだ。

 確かに、元よりゴツゴツとした石のような肌をしているなとは思っていたが、それでも本物の岩石とは質感がまったく異なっていた。まして、首の断面、口中、眼球、体毛……そのすべてが一斉に灰一色となって硬化したのである。見れば、地面に溜まっていた血液もセメントのように固まっている。

 身に着けていた衣服が、そのまま石塊いしくれを覆っており、事態の不気味な印象を更に助長していた。


「死ぬと同時に化石へ変わる生き物……ということなのでしょうか?」

「ここは異世界……ここは異世界……ここは異世界……。ああ、そうだな」


 ちらりと生き埋めになっている弓ケオニをうかがうと、この現象に驚いた様子は見られない。

 やはり、連中にとっては別段おかしなことではないわけか。


「わっふ」


 完全に毒気どくけを抜かれてしばし、僕と月子がケオニだった石塊を眺めていると、背後に停めてあるカーゴの中からベアきちの声が掛かった。


「ん? どうした、ベア吉? トイレの時間か?」

「きっとおなかが空いたのでしょう。そういう声でした」

「わっふ、わう」

「メシの方っぽいが、なんだ?」

「にゃっ」


 僕たちの中で唯一、ベア吉の言葉?を理解できるヒヨスが一声鳴いてすっくと立ち上がる。

 そして、すいすいとケオニの遺骸の近くまで歩いてゆき、その欠片かけらを一つくわえ上げると、再びカーゴのそばへと戻っていった。

 住居スペースのサイドドアは全開放されており、ベアきちはそこから黒い鼻面をのぞかせていたが、ヒヨスが石片を運んでくると首を持ち上げ、久しぶりに聞く元気な声で「わっふぅ!」と吠える。


「おい……いや、まさかと思うんだが……お前……それ……」


 いやーな予感を覚えて声を震わせる僕の、その予感は当たった。


――バキバキボキ……ゴリッ、ゴリッ。


 拳大の石片にかぶりつき、煎餅せんべいでも食っているかのようにバリボリと噛み砕いていくベア吉を止めることも忘れ、思わず生き埋めケオニたちの顔色をうかがってしまう。

 顔一面にびっしょりと汗を浮かべてドン引きしたような表情で僕を見上げる二人と目が合った。


「ち、ちがう……。これは……」


 これは、どうなんだ? 一応は人の死体……なんだよな? いくら野生動物のすることでも。


「いけません、ベア吉! 人の味を覚えたクマは殺処分ですよ!」

「いや、月子、こいつらの味が人と同じかどうかは……待て、それは関係ない……落ち着け、僕」


 だが、あえて僕たちが止めるまでもなく、ベア吉とヒヨスは最初の一欠片以外、残った遺骸に手をつける気はなさそうだった。

 そう言えば、どこか他とは様子が異なる欠片に見えたな。

 特別な内臓だったとでも言うのだろうか、なんとなく形が整っていたような気もするが――。


「「あ!」」

「にゃあ」


 あることに気付き、声を上げた僕らに対し、『そうだよ』と言わんばかりにヒヨスが応じる。

 次の瞬間、カーゴの中でせったままでいたベア吉がのっそりと身体からだを起こし、サイドドアをくぐり抜け、ゆっくり一歩一歩を踏みしめるようにして表へ出てきた。


 前後四本の脚でしっかり立つ姿には、もう病床の弱々しさはどこからも感じられない。


「わっふぅっ!」


 なるほど、そういうことか……と納得すると共に、僕たちは快復したベア吉を抱き締めるため、大きく足を踏み出していった。

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