第十三話: 乱戦、終わりなき攻防

 大柄な戦士ケオニAの全身を丸ごと飲み込んだ猛烈な火柱は、ほんの数秒ほどで消え去った。

 後に残されたのは、四肢を投げ出して地面へ倒れ伏す戦士Aだ。

 猛火にかれた割りに、衣服や体毛も含めて外見的な損傷はさほど目立たないものの、皮膚は元の灰色ではなく赤く染まっており、高熱を保ったまま白い煙まで立ち上らせている。

 立ち上がるどころか、動きだす気配すらない生死不明の重体である。


 ……いや、これはいくらなんでもやりすぎだ。僕も頭に血が上りすぎていたかも知れない。

 全身に大火傷おおやけどを負った姿に、以前のベアきちを重ねてしまい、余計に罪悪感がいてくる。

 なにせ、生きたまま火炙ひあぶりと言えば、歴史的に見ても最もむごい死に方の一つとされるからなぁ。


 ともあれ、もはや戦士Aに戦う力がないことは疑いようもない。

 僕はどうにか思考を切り換え、戦士ケオニ隊の最後の一人である戦士Cの方へと向き直る。


 先ほど片腕を斬り飛ばしたはずの戦士Cは、駆けつけてきた月子と既に交戦していた。

 いつの間にか腕が元通りにくっついているが、まぁ、今更それくらいのことでは驚くまい。


 と、気付けば、ヒヨスが食い止めていたはずの元弓ケオニ隊の三人も随分ずいぶんと近くまで来ており、位置関係としては戦士Cと月子を巻き込んだ乱戦のていを成しつつある。


「くっ、このままでは月子が挟み撃ちか」


 ひとまず彼女の背を守れる位置へ向かわなければ。


 始めに見ていた限りでは、ヒヨスに蹂躙じゅうりんされるだけだろうと思えた元弓ケオニたちだが、得意武器の弓を失い、小さな棍棒に持ち替えてもなお意外な難敵であったようだ。

 透明迷彩カムフラージュによって姿を消したヒヨスの攻撃を、どうやらからくもしのぎきっていたらしく、戦士と同様に不死身であろうことを差し引いても、その身に目立ったダメージあとは見つけられない。


 改めて見てみれば、奴らが手にした棍棒は、戦士ケオニが持つものよりも遙かに短いものの、硬く軽そうなの先端だけをこぶ状に大きくふくらませた、より洗練された形状をしていた。

 金属製甲冑が発達した中世において、衝撃をもって防具の上からでも着用者を倒すことができる対抗武器として活躍した鎚矛メイスである。


――ドゴォ!


「ギギィ! ギーッ!」


 死角から撃ち込まれてくるヒヨスの尻尾に反応し、元弓ケオニは鎚矛メイスを振って防御していた。

 毎回確実に受けきれるわけではなさそうだが、攻撃を受ける頻度が減れば奴らの肉体はすぐにダメージを回復でき、衝撃で吹き飛ばされる距離が減れば陣形はいつまでも崩されない。

 結果、攻防に優れた正三角の陣形シェイプを維持したまま、奴らはとうとう僕らのもとまで辿り着く。


 その進路を塞ぐようにして割り込み、両手でスコップを構えて相対した。


 背後には月子の背があり、全体の大まかな位置関係は、透明化したヒヨス、三人の元弓ケオニ、僕、月子、戦士ケオニCと縦一列に連なったように見える。


 左右一対の短刀ダガーを振るい、戦士ケオニCの岩石棒をかわしざま斬りつけていく月子に不安はない。

 強力な精霊術を請願せいがんするほどの余裕はまだなさそうだが、任せておいても、すぐに片を付けてくれることだろう。

 背中で感じる「ゲッハァ!」という昂奮しきったわめき声、対照的に冷えきった月子の雰囲気。


 ……ああ、あいつもダルマの刑かな。


 ともかく、それならば僕はヒヨスと共に数の多い元弓ケオニたちを減らしていくとしようか。


 ちょうど良く、見えざるヒヨスの尻尾による横殴りを受け止めそこね、僕の方へ向かって身体からだを泳がせてくる元弓ケオニAを視界にとらえ、背に担ぐように構えていたスコップを振り下ろす。


「ギイィヤッ!」


 だが、体勢を崩しているにもかかわらず、元弓Aは鎚矛メイスを振り上げてスコップを受け止めた。

 いや、ただ受けるだけに留まらず、そのままスコップを斜めに流し、僕の体勢を崩しにくる。


 まずいっ! 膂力りょりょくだけじゃない! こいつら、やはり技量も相当なものだ!


「ぐうっ!」


 一瞬の攻防でがら空きになった僕の胴体へ、元弓Aは軽やかな振りで鎚矛メイスを叩き込んできた。

 幸いにも、僕が防寒具の下に装備している胴鎧は、コルクのような軽く柔軟性のある木材――氷樹ひょうじゅで作られており、皮革かわや金属の鎧と比べれば打撃武器にも多少の耐性を備える。

 けっこうな痛みをもらいはしたが、動きに支障が出るほどの怪我けがやダメージは受けずに済んだ。


松悟しょうごさんっ!? お怪我けがを――」

「ごほっ……大丈夫だ! 何も問題はないっ!」


 が、僕を案じる月子との短いやり取りを遮ろうというのか、元弓Aの更なる攻撃が襲い来る。

 斜め下から脇腹を狙ってくる振り上げをかろうじてスコップの柄で受ける……も、打撃武器スマッシュウエポン長柄武器ポールウエポンで止めようというのはいささ無理筋むりすじではなかろうか。

 スコップの柄が曲がってしまいそうな予感を覚え、咄嗟とっさに後ろへ飛び退くと、おそらく判断は正しかった。瞬間的にスコップがの字を描くほど威力に大きく吹き飛ばされてしまいはしたが、身体からだにも武器にもダメージを受けずに済む。


 あっぶな! 振りは小さくとも威力はでかい! これ以上、おいそれと貰うわけにいかないな。


 やや間合いが開く。


 僕に一撃加えた元弓Aは、BとCのもとへ戻って元通りの正三角の陣形シェイプを組んだ。

 無理な追撃はせず、仲間との連携を重要視しているようだ。陣形が崩れた隙を狙ったヒヨスの攻撃もこれまで通りに危なげなくしのぎきってしまう。やはり堅い。

 安定感のある動きは、適当に暴れていた戦士ケオニより明らかに一枚も二枚も上手うわてである。


 ……まずはその陣形を崩すのが手っ取り早いか。


 自分の中にある手札を再確認しつつ、僕はこの戦いに幕を引くシナリオを練り上げていく。

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