第十五話: 壊滅、絶体絶命の二人

 軽のワゴン車にも匹敵するサイズ・重量を誇るカーゴビートルが宙を高く舞っていた。

 軽く意識を失っていたのか、何が起こったのか咄嗟とっさに理解できないものの、加速度すら感じられる強烈な速度に対し、反射的に僕は願う。


風の精霊に我は請うデザイアエアー、全力をもって僕らを受け止めろ!」


 視界の端に、カーゴと共に吹き飛ばされているベアきちの姿をとらえ、まとめて受け止めるよう、風の精霊術【大気の壁エアバッグ】を一切手加減なしで請願せいがんする。


「うぅ……で、水の精霊に我は請うデザイアウォーター――」


 やや遅れて、すぐ隣から月子の請願が響く。

 僕の声に応じて発生した凄まじい上昇気流と実体的にさえ感じられる大気の壁により、速度が大幅に弱められ、吹き飛びながら空中で体勢を立て直していくカーゴ。更に、周囲を覆っていた【泡の壁バブルシェル】が行く手の先へ集まって分厚い水の壁となった。

 その水の塊を突き抜け、しかし、そこまでしてなお激しすぎる勢いを維持したまま、カーゴとベア吉は硬い岩だらけの荒れ果てた地面に激突してしまう。


 幾度もバウンドし、その度に大量の水と岩を巻き上げ、どこまでも吹っ飛んでいく僕ら。

 車内に散乱するだけでなく、割れた何ヶ所ものガラス窓から飛び出していく荷物。


 当然、カーゴの中に乗っている僕と月子も無事では済まない。

 身体からだは座席に固定されているものの、シートベルトやエアバッグといった気のいた設備など搭載されてはおらず、前後左右に身を揺さぶられ、手脚と頭をあちこちに激しくぶつけまくる。

 先ほどの請願により、月子が【泡の壁バブルシェル】の流水と同時に操作していたのだろう、いつの間にか生身の僕ら自身もクッションのような柔らかい水の壁で覆われており、致命的なダメージだけはまぬがれている……が、流石さすがにノーダメージとはいかなかった。


 しばらくし、横倒しになってようやく停止するカーゴ。

 どうにか受け身を取ろうと地面に叩きつけられていた六本脚は、そのほとんどが砕けてしまい、幾本かに至っては根元から完全に失われていた。

 車体前方のくびきへと繋がっていた二本の長柄ながえ――真っ直ぐ前へ伸びるカブトムシの頭角もしくはクワガタのハサミめいたパーツ――も中ほどでボッキリ折れており、拘束から解かれたベア吉が、かなり離れた場所まで飛ばされてしまっている。

 倒れたままピクリとも動かない様子が気になって仕方がない、が……。


地の精霊に我は請うデザイアアース――」

地の精霊に我は請うデザイアアース、石壁となって連なり立て!」


 追撃の大火球を確認した僕たちは、すかさず防御陣シェルターを構築していく。

 外れてしまっている肩を治すヒマも、口元から流れる血をぬぐうヒマもない……。

 隣では、側頭部から血を流し、顔や手にアザを浮かべた月子が、同じように痛みをえている。


 飛んできた大火球が岩の大盾によって防がれ、ゴオウ!という怖気おぞけを呼ぶ音を立てた。

 ……が、まぁ、これでひとまずは安心か。


 しかし、防御陣シェルターもって守りを固めようと、やらなければならないことはいくらでもある。

 気を抜くにはまだまだ早すぎるだろう。


 僕たちは自身の傷を手当てするのも後へと回し、カーゴの状態確認、可能であれば応急処置をするため、それぞれの席を立つ。

 できることなら、月子はいつでも動けるよう運転席に座ったままでいてほしいが、どう見てもカーゴの受けたダメージは彼女にしか直せないレベルに達している。

 ヌッペラウオどもが瀕死の僕らに対して行動を変えてくる可能性は否定できない。だとしても、このままでは迎撃も、防御も、逃走さえも不可能なのだ。

 ならば、たとえわずかな時間でも、今のうちに最低限できることはしておきたい。


 無惨に散らばる荷物やガラスの破片などを片付けたり、金属製の骨格フレーム部分や氷樹ひょうじゅ製のフロア部分を補強したりしつつ、僕は思考の端で現状について整理していく。


 言うまでもなく、僕と月子のダメージは今すぐ行動に支障が出るほどではない。

 せいぜい鈍い激痛が絶え間なく襲ってきているくらいのものだ。

 とりあえずは気にしなくても良いだろう。


 一方、カーゴのダメージは非常に深刻で、ハッキリ言えば移動さえも困難である。

 月子が必死に修理をしているものの、どこまで直せるか。

 窓ガラスが何ヶ所も割れ、フロアなどにあちこち隙間ができてしまったにもかかわわらず、今のところ、さしたる問題なく車内の【環境維持(車内用)カーエアコン】が維持されているのは不幸中の幸いか。


 そして、やはり気になるのはベアきちの状態だ。

 カーゴの後方数メートル地点で倒れたまま、未だ動き出す気配を見せない。

 風の精霊に頼み、安否をうかがう声を届けてもらったのだが、まったく反応を見せなかった。

 考えたくもない、嫌な想像が頭に浮かび上がってくる――。


「ベア吉……無事だよな……」

松悟しょうごさん、大丈夫です。地の精霊によれば生きているようです」

「分かるのか!?」

「はい、ベア吉も地の精霊に好かれていますから」

「……そうか」


 生きているとしても、無事だとは限らない。

 そんなことは分かっているが、そばへ駆け寄っていくことも叶わぬ現状、つとめて不安を追い払い、心を落ち着けていくより他はないのだ。


 ヌッペラウオは相変わらず大火球を連発しているだけ、変わった動きに出る気配はなさそうだ。

 岩の盾に大火球が効かないことくらい、とっくに理解しているだろうに、あくまで遊んでいるつもりなのか、むきになっているのか、ある程度以上の距離では他の行動を取らないらしい。

 ここで先の“光の玉”がもう一発飛んできたら、間違いなく一巻の終わりだった。


 ああ、まずはそれだったな。

 あの光の玉による攻撃は、一体なんだったのか?

 先ほどまでいたはずの方向へ目を向けてみれば、遠くの地面に、夜目の遠目でも分かるほどの大穴を確認することができた。もちろん、そんなものが最初からあったはずはない。

 特大威力の小型爆弾……とでも考えるべきか? そう言えば、奴らが地面から出てくるとき、毎回、大爆発によって巨大な大穴クレーターを作り出しているが、なるほど、この攻撃を使っていたのかも知れない。


 しかし、あんな強力な攻撃があるのに、最初から使わなかった理由が気になる。

 発射まで相当な時間が掛かるようではあった。また、必要なエネルギーや弾数制限があるとも考えられるな。いや、射程距離か? 弾速も遅く、近距離かつ初見でなければかわせただろう。

 ふむ、あの凄まじい威力は脅威だが、それなりに欠点はありそうだ。


 先ほど、防御陣シェルターを構築する直前に見えた限りでは、現在地から奴らの大穴クレーターまでの距離はざっと三十メートルほどに感じられた。

 あれだけ思いっきり吹き飛ばされたにしては、思いの外、距離が開いていない。

 飛んで、転がって、ざっと十メートルは飛ばされた気もするが、せいぜい五六ごろくメートル程度で済んだとは……、奴らに対して真後ろではなく、水平に近い方向へ吹っ飛んできたのかね。

 まぁ、それは良いか。


 状況的にはかなり厳しいが、その十メートル、ここからどうにかして詰めるぞ!

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