第六話: 消えた少女と追う教師

 職員室に到着した僕と辻ヶ谷つじがや先生を出迎えたのは、ひっきりなしに響いている電話の着信音と複数人の叫ぶような大声だった。


「――他に何か分かったことはありますか? ええ、ええ……」

「あれだけ目立つ生徒が参加していれば誰かしらの記憶にまらないはずがないでしょう。よくお聞き取りなさい!」

「十二時半頃、講堂のラウンジにいたという話ですが、それは――」

「寮に外泊届けが出ている? シズマユキコ? 違います、別人です。他には?」

「――今日明日のご予定の確認だけに留めてください。まだ事を大きくしないように」


 幾人もの先生方が、内線で学園のあちこちとやり取りしているようだ。

 この場を取り仕切って指示を出している様子の教頭先生が、入り口で立ちすくむ僕らに気付き、声を掛けてくる。


「辻ヶ谷先生、白埜しらの先生。戻りましたか」

「あの、何があったんでしょうか?」

「聞いておりませんか? 先ほど、白埜先生への連絡と呼び出しをお願いしたところなのですが、そのご様子では入れ違いになってしまったようですね。先生、お宅のクラスの美須磨月子みすま つきこさんの所在は把握していらっしゃいますか? 何かお心当たりがおありでしたら教えてくださいませ」


 僕は辻ヶ谷先生と顔を見合わせ、お互いに首をかしげる。


「いえ、特には何も。終業式の後は見ていませんね。まさか――」

「ミスマの行方ゆくえが分からなくなっているんですか?」


 僕らの言葉を聞いた教頭先生は、はぁ~っヽヽヽヽと落胆の溜息をいた後、眼鏡の位置擦れを直し、眉間に指を当て、軽く左右に首を振りながらゆっくりと話し出す。


「前々より伝えられていた大事な席に、予定の時刻を大幅に過ぎても現れていないとのことです。先ほどから学園各所に確認しつつ足取りを追い、先生方には手分けして学園内を捜してもらっておりますが……。まもなく全校放送も入ることでしょう」


 なるほど、それは確かに結構な大事おおごとだろう。

 話を聞くうちに一つ思い当たり、僕は軽く手を挙げながら「教頭先生」と呼びかける。


「十五時頃のことだったのですが、美須磨みすまと親しくしている阿知波碧あちわ みどりたちと舞踏会ボールで会いまして、直前まで一緒に過ごしていたというような話を耳にしました」


藪柑子やぶこうじ先生! 三年生の阿知波碧さんに至急連絡して話を聞いてください」


 とりあえず、美須磨の個人端末に連絡を入れてみるが……うん、まったく繋がらない。

 学級委員や情報通の生徒にメールし、クラスの連絡網へも情報提供を呼びかけるが……結果はあまりかんばしくないな。確かに、人目をく彼女にしてはありえないことである。

 何か気付いたことがあれば随時、副担任まで伝えてほしいと皆には言っておく。


 うーん、この場で僕ができることはあまりなさそうだ。他の先生方に任せて足を使うか。


 と、横に目を向ければ、辻ヶ谷つじがや先生もどうやら同意見らしく、先ほどまで着用していなかった厚手のパーカーを羽織り、手袋を取り出している。


「「僕らも捜索に加わります」」


 教頭先生に一声掛け、僕たちは揃って職員室を飛び出すのだった。



「それじゃ、どっから回りましょうか」

「イベント会場とか生徒が集まっている場所はもうどなたか当たってるでしょうし、手分けして屋外を潰していきましょう」

「うへぇ、この寒い中。損な役っすねー」

「ぼやかないでくださいよ。なんだかますます寒くなってきそうで――」


「あぁ、白埜しらの先生。ちょうど良かった」


 職員室のある教職員棟から表に出たところで修道女シスターの恰好をした若い女性が声を掛けてきた。

 そのまま楚々そそとした足取りで僕のすぐそばまで近付いてくる。


 えっと、誰だったかな? 附属教会の人……とは縁がないしな。でも、顔には見覚えが。


「あー、確か、中等部の……」

「はい、高等部で所在が分からなくなっている生徒さんがいるとうかがい、こちらに参りました」


 良かった。合ってた。名前は思い出せないが中等部の新任の先生だ。

 シスターではなかったはずだが、教会の方でミサの手伝いでもしていたのだろうか。


「何か心当たりが? 美須磨月子みすま つきこという、とても目をく生徒なのですが」

「これくらいの背丈で『ザ・美少女』という印象の女の子ですよ?」

「ひっ、あ、あの……、その生徒さんかどうかははっきりヽヽヽヽしていないのですけれど、中等部寮に戻ってきた子たちより、どうもおかしなお話がのぼっておりまして」

「おかしな?」

「『高等部からの帰途かえりみち、いつの間にやら共にいて、寮に着いたら消えていた、まるで此世このよのものとも思えないあのうるわしのお方は、一体どこのどなただったのかしら』というような怪談が――」

「「美須磨だ!」」


 本学園のキャンパスは、大学、高等部、中等部、小等部、幼稚舎で完全に敷地が分かれており、それぞれ壁で隔てられ、グラウンド、体育館、クラブ棟、教職員棟、学生寮といった主要施設も各校がその敷地内に専用で持っている。

 とは言え、隣接する学部の敷地は通用門と専用通路で繋げられ、教師や学生であればID付き身分証を提示するだけで自由に行き来が可能だ。

 特に、全校合同行事パーティーが行われている本日は、そのチェックもかなり緩くなっていたはず。

 小集団に紛れて行動していれば、内から外に行くのなら素通りできたかも知れない。


「撤収する中学生に紛れてたんすね。なかなか見つからんわけっすわ」

「彼女は中等部の方でも有名だとは思いますけど、ちゃんと顔までは知られてないでしょうし。この宵闇に、祭りの混乱。中等部寮の外門を出ていった可能性もありますね」

「ま、ガードが堅い高等部の門をわざわざけたんだとしたら狙いはソレですかね」

「あの……」

「あ、すいません、シスター? 貴女あなたはこのことを職員室の捜索本部まで伝えてもらえますか。それから、僕……辻ヶ谷つじがや白埜しらのが校外へ捜索に行きました、と」

「よろしくお願いします。急ぎましょう、辻ヶ谷先生」


――美須磨、何があったのかは分からないが、早まった真似はしないでいてくれよ。

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