第9話 妖刀ー流殲牙

 ガラテアが案内してくれた神殿の奥の部屋には物語の王様や貴族が寝るような嘘みたいに大きなベッドがあり、暖炉も完備されていた。


 歓談用の椅子と机には獅子の細工が施された精巧なもので、ピグマリオンの造形能力の高さが伺える。

 白い大理石で囲まれた丈夫そうな部屋で戸締りもしっかりできる。亡者程度なら全く心配しなくてもよさそうだ。


 ドラゴンが襲ってきたら流石に神殿が倒壊するかもしれないが、ピグマリオンの配下の神話生物が護衛しているなら安全性には申し分ない。

 そんな私の状況把握をよそになぎはそわそわと歩き回っていた。


「よしっ! 作るか!」


 私が気合を入れると、凪は私の後ろから作る様子を見始めた。


「ついに流殲牙りゅうせんがを作ってくれるのか。その一振りがあればドラゴン相手でも一太刀で切り捨てる自信はある。どんな敵からも一葉を守れる」


 流殲牙とは生前に作った凪のフィギュアが帯刀していた愛刀の銘だ。

 亡者が徘徊する危険な世界になった今、武器の必要性は増している。


「刀身だけはすぐにできるけど……」


 私は立方体を出現させると、縦につぶして薄くして横に伸ばして棒状になった。

 そして、割りを増やして刀身をなだらかに反らせていき、切っ先を滑らかにして刀身の造形はあっという間に完成した。


「問題はここからだね。色設定テクスチャと太刀の形状を見えないところまで作らないと流殲牙は真価を発揮しない、ただの太刀になっちゃうと思う……」


 波を思わせる丁字刃の刃文、鍔には東洋の龍を意匠にした細工、目貫には犬の細工、鞘は黒漆に金箔を使い波の意匠を刀身の半分あたりまで……作ることはまだまだある。

 生前に模造刀を一本買って分解して構造を理解したことが、この状況で活きることになったのは嬉しいことだ。


 そして三日かけて、流殲牙を私は完成させた。


「ふぅ……できた」


 凪は太刀を受け取ると静かに腰に佩き、意識を集中して抜刀した。

 私が生前に作ったフィギュアと同じ姿で刀を抜く姿は見ていて胸が熱くなった。

 凪は両手で握り力を込めると、刀身に水流が渦を巻くように纏われた。

 力を緩めると霧のように水流は消えてなくなった。


「ありがとう、一葉。これは本物の流殲牙だ。ジョンのプロンプトに浸食されないことが何よりの証拠だろう」


 納刀の様は時間がゆるやかに流れているかのような、無駄のない流麗な動きだ。

 古武術の師範代がSNSにアップしていた動画を参考に作成したモーションを踏襲しているのがわかる。


(スローにしたり、コマ送りにしたりして徹底的に研究したっけ……)


 今後も凪を見ていたらこんな発見がありそうだ。


「……なんか楽しそうだな一葉」

「そ、そう? 流殲牙もできたことだしピグマリオン王に挨拶をして、新しい家を作りにいこう」


 私は凪の手を握り、意気揚々と大広間にいるピグマリオンのもとへ向かった。


「ほう、流殲牙とは刀のことだったか……美しい。だが、鍔の龍の造形はもう少し細かいところまで表現したほうがいいかもしれないな」


 ピグマリオンは流殲牙を手に取り、様々な角度から観察していた。

 しかし流石は彫刻家。痛いところをついてくる。


「家ができたらもう一度伺います。その時までには作り直しておきます。造形については次回に批評いただけたら幸いです」


 ピグマリオンの目が一瞬輝いたのを私は見逃さなかった。

 やっぱり、自分の好きな分野で誰かと語りたいよね。

 だが忘れてはいけない。

 この世界で私はおそらく誰よりも未熟だ。

 歴史に名を残した偉人たちからは、学ぶ姿勢を常に持っていなければ。


「私からすると細い刀は強度の心配があるのだが、どうなのかね?」

「強度は心配ありません。よほどのことがないと折れないでしょう。これから自分の家を作りに行ってきます」

「そうか、気を付けるのだぞ」


 ピグマリオンから流殲牙を返してもらい、凪は腰に佩いた。

 ガラテアも見送りに来てくれたようだった。

 ピグマリオンとガラテアは並んで私たちを見送ってくれた。

 私は手を振ってそれに応え、凪は不愛想にもすぐに背を向けてすたすたと歩いていってしまった。


「ちょっと……凪! せっかく泊めてくれたのに失礼じゃない?」

「そうだろうな。だが『私以外には不愛想』と俺を設定したのは一葉だろう」


 凪は反省する様子はない。

 しかし私は反論もできない。確かに独占欲からそう性格設定したことに覚えがあったからだ。

 ぐぬぬ……と正論に怯みながらも、私の中で少しの罪悪感が芽生えた気がする。

 凪のことを私は自分に都合がいいように歪めてしまっているのではないか。

 そんな懸念が生まれてしまった。


 しばらく歩いて、自分の家があった辺りの廃墟が並ぶ区画まで戻ってきた。

 そうして、仮の住まいとして使えそうな家屋を探し始めた。


 数分探し回ると丁度よさそうな廃墟を見つけて、仮の住まいにすることにした。

 扉が壊れていたり物が散乱しているが、建物としての形状は留めているので数日くらいだったら使えそうだ。


 私と凪は中の掃除を始めた。

 散乱している木片などを外へ捨てて最低限、足元は綺麗にした。


「凪、壊れかけの扉を完全に取っちゃって」


 バキバキと音を立てながら凪は壊れかけの扉を完全に剥がして家の外へと捨てた。


「見ててよ凪」


 私は剥がされた扉に新しく作品集アセットブラウザから扉の3Dオブジェクトを生成した。

 生成したそばから形や色が変わっていく。ここまでは想定通り。

 だが、丁番いによるネジ止めがされた。


「なるほど、命令文プロンプトによる改変を利用するわけか」


 設置しただけでは意味を成さない扉のオブジェクトも命令文プロンプトにより、扉として機能するように改変された。


 やはり扉の見た目は荒廃したこの世界に相応しい見た目になってしまうが、先ほどの壊れかけの扉よりはマシに見えた。

 作品集アセットブラウザから生成するものは命令文プロンプトによって改変を受けてしまうが決して無駄にはならなかった。


「よし、こんなもんでいいか」

「あぁ、こんな世界で十分すぎるほどだな」


 朽ちた木片、小石、埃、汚れ、気になるものを一日使って取り除き、掃除を終えた廃屋は仮住まいとしては十分なモノに思えた。

 ギシギシと音を立てる木製の椅子に座り、ガタガタと不安定なテーブルを私と凪は向かい合った。


「凪はどんな世界が欲しい?」


 私たちは世界を変える議論を始めた。

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