第8話 この世界は愛の強さがモノを言う

 ピグマリオンは二体の亡者を相手に戦っていた。

 古代ギリシャらしい円盾と槍を持ったピグマリオンの戦闘スタイルは初対面の穏やかな印象とはかけ離れたものだった。

 縄のような筋肉で放たれる突きは一撃で亡者の命を奪い、シールドバッシュは亡者の振り下ろした短剣を粉々にするような衝撃だった。


「ふむ、霧島一葉きりしまかずは……か。無事だったか」


 ピグマリオンは槍に刺さった亡者を放り、亡者の山に新たな亡骸を追加した。

 心配して急いできた私と凪は思わず顔を見合わせてしまった。

 ピグマリオンの白い衣服は血で真っ赤に染まっていたが、よく見ると傷を負った様子はなく全て亡者の返り血だった。

 彫刻家として名を馳せたピグマリオンもやはり、神話に名を連ねる存在だったことを再認識した。


「ガラテアさんはどこですか?」

「あぁ、あそこにいる」


 私はピグマリオンが指をさした方向を見ると今にも亡者に襲われそうなガラテアの姿があった。

 無防備にもガラテアは亡者を観察しているように棒立ちだった。


「凪ッ行って」

「!」


 凪は助けに向かったが、亡者を殺すよりも前にガラテアに短剣は振り下ろされてしまった。

 だが、キーンと高い音を立てて亡者の持っていた短剣は真っ二つに折れていた。


「あんな鈍らで、わたしが斬れると思いましたか? 安心してください。わたしは、あの人に作られた作品なのですから」


 ガラテアは私を見て一瞬微笑むと、冷たい目に変わり亡者を見据えた。

 そしてガラテアは拳を握りこみ、正拳突きを亡者の胸に叩きつけ吹き飛ばした。

 亡者はものすごい勢いで凪の横をかすめていき、亡者の山に激突してをわずかに崩した。

 唖然とした私の隣には、ピグマリオンがいつのまにか立っていて、こちらを見た。


「愛する者の設定は皆、盛るものであろう?」


 ピグマリオンは見事なドヤ顔で私に微笑みかけた。

 わかる。すごくわかる。

 私だって凪の設定を盛りに盛っているから、創り手は皆そういうものなのかもしれない。


 ふと地響きを感じた。

 一歩ごとに体の奥に響くような重たい振動だった。

 そして、地響きを起こしていた巨大生物が姿を現した。


 三つ首の巨大な犬だった。

 大きさは自分の住んでいた二階建てのアパートくらいはある。


 間違いないケルベロスだ。


「あれは私が創った番犬だから、そう警戒しなくてもいいぞ」


 ピグマリオンはぼそっと、とんでもないことを言い出した。

 たしかにケルベロスはギリシャ神話の生き物だけども。

 三つ首の番犬は亡者の山を食べはじめ、神殿前はすっかり元通りになった。


「ドラゴンが襲ってこようとも、私の作った怪物たちが迎撃する。本物には及ばないが数だけは用意してある」


 ギリシャ神話の怪物たちはどれも恐ろしいものだがピグマリオンの命令を聞く護衛ならば心強い。


「ピグマリオン王は心配ないみたいですね。この世界は危険な世界に変わってしまいました」

「この世界に呼ばれるような人間は、軟弱な者などいないと断言しておこう。ほら、あれを見ろ。ダ・ヴィンチの飛行艇だ」


 ピグマリオンが指さす先には、いくつものプロペラがついた円盤の飛行艇がプカプカと浮いていた。ダ・ヴィンチの発明能力に感心したが、一気に私は血の気が引いてしまった。

 飛行艇に向かって一匹の竜が飛んでいったからだ。


 赤黒い体をしていて首が長く、とげとげとした甲殻が特徴的で西洋風の竜といった印象だ。

 飛行艇は遠く、しかも高度が高い。私も凪も手助けはできない。


「さぁ、始まるぞ。天才の発明披露会が!」


 ピグマリオンはまるで心配しておらず、ダ・ヴィンチを信頼しているようだった。

 すると、にょきっと円盤の飛行艇から棒状のものが出てきた。

 砲塔は無数にあり、円形の十五度ごとに一門の合計二十四門が確認できた。


(まさか、大砲……?)


 竜をぎりぎりまで引き付けると私の想像通り轟音とともに砲撃が行われた。

 砲撃が直撃した竜は大きく吹き飛ばされたが、持ち直して再び飛行艇に向かっていった。

 だが円盤の飛行艇は回転しながら無数にある砲塔から次々と砲弾を放ち、ついには竜を撃墜して見せた。


「あの人ほんとに、五百年前の人なんですかね……」


 私は思わず、ずり落ちた丸眼鏡を押し上げた。

 大砲の再装填の遅さを数で補い連射性能すら獲得している。

 ダ・ヴィンチに近代兵器の話など切り出してみたら質問攻めにされてしまうことが容易に想像ができた。


「言ったろう……この世界に呼ばれるような人間は、軟弱な者などいないと。どんな世界になろうとも自らの想像力で事態を解決できる者ばかりだ」


 竜が飛び交う危険な世界になったのだとしても、ダ・ヴィンチとしては発明品を実験する機会が訪れたぐらいにしか思っていないのかもしれない。

 しかし、ダ・ヴィンチの飛行艇もそうだが、ピグマリオンの神殿もプロンプトの影響を受けていないように思えた。


「そういえば、ピグマリオン王の神殿は、そのままの姿なのですね。私の家は新しい世界に則した形に変化してしまい困っていたのです」

「君の家はもしかして、この世界に来る前に作ったものではないか?」

「そうです。それが何か関係があるのですか?」

「この世界はアフロディーテ様が作った愛の強さがモノを言う世界だ。新しく来た住人ジョン・スミスは世界を愛する者。生前に作ったものを再利用しようなどという愛の足りない物体はジョンの愛に負けたということだ」


 「愛の強さがモノを言う世界」という説明を聞いて納得できた。

 私と凪の服装が変化していないことにも説明がつく。

 私たちの着物はこの世界に来てから作ったものだ。


「なら、これから新しく作る物はジョンの影響を受けない、ということでしょうか?」

「その通りだ」


 人を襲う理性のない亡者、空を飛ぶ竜。

 この何もなかったこの世界は、すっかり危険な世界になってしまった。

 それならば、武器が必要だ。


「凪! 私たちには武器が必要だわ。流殲牙りゅうせんがを作るよ」


 「そうか」と凪は冷静に呟いたけど、一瞬の目の輝きを私は見逃さなかった。


(やっぱり凪も男の子ね。自分の武器あると嬉しいよね)


「家がなくなったと言っていたな。せめて武器を作るまでは空いている部屋を使ってくれて構わない。ガラテア、案内を頼む」

「ありがとうございます」


 私はピグマリオンに頭を下げるとガラテアが側に来て「こちらへ」と案内をしてくれた。

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