第6話 凪の完成
私と
「ダ・ヴィンチさんのアドバイスでね……凪の内蔵を作らないといけないことに気付いたの。たぶん今のぎこちない動きも骨だけの動きだからだと思う。筋肉を伴った動きになればきっと、凪も自然な動きになると思う。私の力不足でごめんね。でも、必ずだから。必ず、あなたに完全な形で命を吹き込んでみせるから」
凪は私の肩に手をあてて、大きく頷いて激励してくれているようだった。
「ーーーー」
相変わらず、凪の声は音にはならなかったが「がんばれ」と言われたのはわかった。
「ヨシッ! やるわ」
思い立って、ダ・ヴィンチからもらった資料に目を通し始めるた。
凪も一緒になって隣で覗き込んでいた。
しかし、あまりの精巧さに驚いた。
現代の図鑑に匹敵する精度で臓器の一つ一つが描かれていた。
五百年も前に、この領域に達していることはまさに万能の天才の名は伊達ではないと冷や汗をかいた。
私は最初に声帯の作成に取り掛かった。
形状に関しては簡単なものだった。だが、声帯の左右のヒダの動き、振動の仕方を設定することには手間取ってしまい声帯だけで、一日を使ってしまった。
そして、夜に完成した声帯を凪に実装して話しかけてみた。
「凪、喋れるようになった?」
「ーーー」
しかし、相も変わらず凪の声は音にならなかった。
凪はしょんぼりとして表情を曇らせてしまった。
しょんぼりとした凪には申し訳なかったが、私は凪の身体を透過して、声帯の動きを観察していて音にならなかった理由がわかった。
私が設定した声帯の動きが凪の体内で動作していないのだった。
一つの仮説が頭によぎり、私は思わず横になり和室の天井を見つめてため息をついてしまった。
「はぁ……ごめん、凪……あなたを喋れるようにするには、時間がかかりそうだわ……。おそらく、あなたの中身を全て作りきらないとだめみたい」
脳から声帯を動かすという命令が必要なのだと察してしまったからだ。
だからこそ、ダ・ヴィンチはすべての臓器を描いていたのだろう。
神経を繋げ、血管を張り巡らせることすら必要なのかもしれない。
(これが本当の人体モデリングってこと? 途方もなくて笑えない)
そんな大仕事を覚悟して、私は大きくため息をついてしまった。
すると、凪は私の右手を握ると隣に寝ころんだ。喋ることができない凪は、急かすような印象を与えずにまるで「待ってる」と静かに主張しているような気がした。
その日は一つの布団で私と凪は眠りについた。
内蔵を作っては凪の体に実装をしての日々繰り返し、時にはダ・ヴィンチに見せに行き意見をもらいながら一年の年月が経過した。
一年をこの世界で過ごしてみて、四季すらもこの世界にはないことに気付いた。
寒くもなく、暑くもなく長袖のパーカーで丁度良いと感じる気候が一定に続くのみだった。
鳥の鳴き声もしない。虫の鳴き声もしない、何の変化もない朝が今日もきた。
庭に立つ凪は、見た目こそ変わらないが内蔵、骨格、筋肉ほぼ全て作り終えた状態だった。
今日は残りひとつである最後の部位、脳を実装するのだった。
記念すべきこの日を前についに私は自分の着物を制作していた。
赤色の三角が並ぶ鱗文様という柄の一張羅を身にまとい、私の見た目も整えた。
そして、脳を凪の頭に移動して神経を繋ぎ、血管を繋いだ。
その瞬間、凪に命が吹き込まれた手ごたえがあった。
私の設定した骨だけによる動きから、作った筋肉を伴った動きに変わった。
表情筋が動いてる。
自然なまばたきをしている
ついに……ついにここまで来れた。
私は出来たんだ……。
凪は私が過労死した瞬間に見せた慈愛に満ちた笑みを見せた。
「凪……お待たせ。喋れる?」
「か……ず……は」
「なぎー」
「かずは!」
「なぎ!」
「一葉っ!」
私と凪は嬉しさのあまり抱き合って嬉しさを爆発させた。
凪の声はザ・主人公といった明るい声ではなく、クールなライバルキャラの冷静な声質で、私の思い描いていた通りの声だった。
重低音とまではいかないが、それなりに低めの声。
正直言って、かなりかっこいい。
「ずっと言いたかった……一葉、俺を創ってくれてありがとう。つま先から髪の毛の一本にいたるまで、全部一葉の愛で出来てる。俺はその愛に報いることが出来るかどうか……」
「大丈夫! 一緒にいてくれる、それだけで私は満足。でも……、一年も時間をかけてしまってごめんなさい」
「構わない。むしろよく一年で完成させたな。感心するくらいだ。俺は全ての苦労を見ていた。血管を張り巡らせるのは大変だったな」
「あぁーほんとに! 血管はまじで大変だったわ。凪がジェスチャーで励ましてくれたから最後までできたよ」
血管に関しては一番時間のかかったところだった。
あまりにも細かく全身に張り巡らされた小さな管は、作る覚悟をすることから始めないといけないほどの難関だった。
「神経繋ぐのも苦労してたな。よく作ってくれたよ」
「ダ・ヴィンチさんの資料のおかげだよね。ほんとに……。人体模型のお返しの件もあるし、明日になったら一緒にお礼を言いにいこうか。……今日は、ただ一緒にいて欲しいの」
私は凪の手を引いて、縁側に座ると肩を寄せ合った。
その時だった。
頭の中で直接、透き通るような女性の美声が響いた。
『我が名はアフロディーテ……。新たな住人をこの世界に招いた。彼の名はジョン・スミス。彼は世界を愛する者』
凪は上を気にしていたことから、凪にも聞こえていたのだろう。
私が来た時もこうして、住人に周知がされたのだろうか。
「ジョン・スミスなんてありふれた名前ね。日本でいう田中太郎みたいな……」
私が言いかけた瞬間、視界が暗転した。
驚いて目を瞑ってしまったが恐る恐る私は目を開けてみた。
すると世界は文字通り一変していた。
いつだって晴れていた空は、分厚い暗雲に包まれて周囲は朝だというのに暗くなっていた。
私が拠点にしていた平屋は、大きさをそのままに中世ヨーロッパ風のぼろ屋敷になり朽ちていたのだった。
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