トーク履歴が消えた。思い出が欲しくなった。

第1話 機種変は慎重にやるべきだ

ラインのトーク履歴がすべて消えた。大学を合格した時の母との会話も、高校時代にあんなに話したグループラインの履歴も全部消えた。

僕の名前はサイトウ(名字だけで許してくれ)大学4年生になったばかりだ。

今日5年使ったiPhone8をiPhone11Proに変えた。

機種変なんて久しぶりだったからデータ移行も雑にやってしまった。LINEを見ると5日前からのトーク履歴しか見えないことに気が付いた。これはまずいとガチャガチャやっていると完璧にデータが飛んでしまったのだ。

その時はなんとも思わなかったが徐々に空虚感がうまれてきた。なんだか透明人間になったような気分だった。自分は誰ともつながりがなくて過去の思い出も消えている、ひとり社会の孤島になってしまったようだ。

僕はあまり思い出がない、楽しかったことがないというわけはない。自分が何組だったか担任の名前はなんだったのか、なんてことを覚えないたちなのだ。

何も思い出なく死んでいくと思うととても悲しくなった。

そんな気持ちを抱えていたある日地下鉄に乗っていると小学校から高校までよく遊んでいた友人(ウメキ）とたまたま会った。

ウメキは今も中学の友人グループとよく遊ぶらしい、僕も中学時代はそのグループの一員で一緒に遊んだものだった。サイトウもこないかと誘われ今度飲み会についていくことになった。

楽しかった。僕が実は二人の女の子に好かれていたことを知った。新歓以来のビールはあのころと違ってしっかり苦い味がして頭が鈍った。あの頃の話は覚えてなかったが自分もそこにいたんだと少し現実で自分の比重が増したような気がした。もう数えることができないぐらい通った都会で何度も視界に入った居酒屋を本当の意味で初めて知ったような気がした。

最後に写真を撮って一緒に帰った。あの頃の面影と新しい面影が重なったような気がした。